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いい歳こいて『フラグタイム』にマジ照れしたのでおまえらを道連れにしたい

 たびたびnoteでは公言しているが、おれも「早く結婚しろ」という圧が強まってきた年頃で、そのことに焦ったりヒトリノ夜の孤独にむせび泣いたりしているが、人がたくさん死ぬ映画や暴力系コンテンツに活力を貰いながらなんとか生き永らえている。要は、他人の恋を応援している場合ではないのだ。だというのに、観ちゃったんだよな、『フラグタイム』をよ…。

 まずは、おれの百合遍歴をさらけ出してみたい。実を言うと「百合」なるジャンルを自ら漁った経験はなく、twitterで誰かがRTした百合漫画を眺めて「ほう…」てなったり、『アデル、ブルーは熱い色』を観て少しドキドキした経験がある程度で、そういった恋のカタチに偏見はない(と思い込んでいる)し、抵抗なく読み進めて行ける、くらいの履修度だ。そういえば以前どこからか流れてきた「社会人百合」の漫画にひどく鼓動がざわめいた経験があったが、タイトルを忘れてしまった。あれが単行本になっていたら誰にもバレないよう電子書籍を買っただろうか。その程度だ。

 『フラグタイム』を観たきっかけは、「3分間時間をとめられるなら、あなたは何をしますか?」というキャッチコピーだった。3分間といえばご存じの通りウルトラマンの活動時間だ。コヤツら、怪獣一体分の時間で愛を深めようってのか、銀色の巨人が頑張って闘っている間にイチャイチャするつもりかコラ。まぁそういった風にネタにできればな、くらいの失礼極まりない程度で男二人で観に行って…終映後はポーカーフェイスを装ってはいたものの、ひどく動揺していた。完全におれはこの映画をナメていたし、猛省している。『フラグタイム』は自分一人では立てなくなった女の子が、もう一度他者や世界と向き合う話であり、旧エヴァンゲリオンだったからだ。

 『フラグタイム』は、まぁ百合だから当たり前だろうが、二人の女の子が主人公だ。3分間だけ時間を止められる特殊な力を持つ森谷美鈴と、クラス一の美少女にして人気者の村上遥。森谷は人付き合いが苦手で、誰かに話しかけられるとその能力を使ってトンズラするのが癖になっていて、自分の殻に閉じこもっている。が、何を思ったか森谷は村上のスカートをめくるという童貞ボンクラ中学生マインドを発揮し、村上だけが止まった時間の中で動き回れることを知る。村上は森谷の秘密を知り、止まった時間の中で二人過ごすようになる中で、森谷は村上に惹かれていくのだが、彼女のことを知ろうとするたびに村上はヒラリとかわし、突拍子もないような行動に出る。

 二人だけの秘密の共有、二人だけの時間、インモラルな行いへの共犯関係。もうこれだけでドキドキの要素が揃っていて、序盤から揺さぶられる。仮に森谷が自分(♂)だったらとして、クラス一の美少女と二人だけの時間を過ごせるとしたら、それはもう夢のようだし、カワイイ女の子とカワイイ女の子がそれをやっていても実際滾った。森谷は村上との時間が楽しくなっていく自分に気づき、彼女への興味がどんどん次のステージに移っていくのを自覚する。他者を避けるために能力を使っていた森谷が、誰かと時間を共有するために時間を止めるようになる。この構図が非常に鮮やかだった。

 だが、村上はこの3分間何をするかと言えば、突然机に立って服を脱いだり、森谷を性的な意味で誘うような言動を取る。一体何をしたいのかわからない村上だが、村上自身もそれに悩まされていた。クラスの誰からも愛される美少女は、森谷からすれば美貌・学力・人望といった全てを持っているような村上遥は、「自分の時間」を持たない女の子になっていた。ネタバレになるのでここでは伏せるが、村上は村上なりに努力して精一杯やり遂げた結果、彼女にしかわからない孤独と虚無に支配されてしまっている。村上にとっての止まった3分間はやりたいことをするための時間ではなく、やりたいことを探すための3分間だった。同じ3分を共有しながら、その意味合いが決定的にズレているのだ

 分かり合い、繋がり合っていると思っていた相手が、結局のところ赤の他人だった。集団が形成されれば、必然産まれる現象だ。学校という狭い社会であればとくにそうだ。親友だと思っていた相手が自分に対してはそう思っていなかったり、上辺だけの付き合いで実は校外では話したことも遊んだこともなかったり。これらは集団活動を円滑に回すための処世術というやつだが、心がピュアすぎる森谷はそのことが嫌で能力に目覚めるし、村上はそれに長けすぎていたがために自分を失っている。だからこそ本作は、「時間を共有する」ということの本当の意味と尊さを、他者(=世界)と向き合うことの厳しさ難しさと同時に学んでいく物語といえる。他人と接するのは体力がいるし、時に摩擦が起きて傷つくこともある。そんな衝突を怖がっていた二人の少女は、そうした幼さを脱ぎ捨て誰かと共に生きていかなければならない現実に適応していく。ATフィールドが他人を傷つけるかもしれないけれど、それを受け止めて誰かと生きることを選択する。これってまさしくエヴァンゲリオン(新劇場版じゃないほう)だなぁと、思わずにはいられない。

 こうして、二人だけの秘密の3分間は無くなっていくのだけれど、二人が過ごしたあの時間は確かに存在していたし、これからも変わらない。時間を、いや世界を止められなくても、森谷と村上、「二人だけの時間」は確かにそこにあって、誰も知らない秘密の時間なのだ。ラスト数分で一気に感情が爆発し、二人だけの関係が花開く。これが「百合」なんですね…。もう、あの、はい、ごちそうさまです…。

 実はこの作品、森谷と村上はわかりやすくイチャイチャベタベタはしないし、安易な馴れ合いや関係性に陥らないよう丁寧に作られていることがわかる。その分クライマックスにストレート剛速球を放っておれたちの情緒を崩壊させるとだけは言っておくし、まさかのエンディングがELTで思わず「渋い…」となるが、あの森谷と村上が歌うのがよりによって「fragile」とくれば「あ”あ”あ”あ”あ”あ”~”~”~”~”~”~”~”~”!!!!!!」ってなるでしょあいのり世代は。というわけで、劇場にて声も発せぬ状況で悶え苦しみ、泣いてないと強がりながら劇場を後にするクソエモ鑑賞スタイルがオススメである。おまえらも百合の波動を喰らってマジ照れしろ。ご清聴ありがとうございました。

【fragile】
壊れやすい、もろい、虚弱な、かよわい、はかない

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