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『バースデー・ワンダーランド』も観てください。

6人だった。

 何が、と言われれば、『バースデー・ワンダーランド』を鑑賞した際の観客数だ。私を入れて6人。朝一の回とはいえ、ゴールデンウィークの真っ只中の5月1日改元の日、ファーストデーで割引料金が適用されるというのに、サッカーチームにも満たない人数しか駆けつけていない。これはマズい。『アベンジャーズ』『名探偵コナン』『キングダム』に挟まれた不運な時期とはいえ、原恵一監督の企画が今後通りづらい世の中になってしまう。というわけで『バースデー・ワンダーランド』をどうぞよろしくお願いします。

内気な小学6年生の少女アカネは誕生日の前日、雑貨屋を営んでいるチィちゃんの家を訪れる。そこに現れたのは、謎の錬金術師ヒポクラテスと弟子のピポ。チィちゃんの家の地下室からつながるワンダーランドからやってきた二人はアカネを「救世主」と呼び、世界を救ってくれと頼みこむ。事情を呑み込めないままワンダーランドへやってきたアカネとチィちゃんは異国情緒溢れる美しい世界の虜になるのだが、その世界は色が消えてしまうという危険にさらされていた。

人生でたった一度きりの旅

 本作を誰にお薦めしたいかといえば、それこそ「万人に」である。不思議な動物や妖精、錬金術と魔法が同居し、建物は中世の趣を残す蒸気機関の世界。モフモフの羊に寝転んでみたり、夕食にはオシャレなお皿が並んでいたりと、訪れたワンダーランドのデザインは細部に至るまでカワイイに満ち満ちている。一歩街の外に出れば、虹色の砂漠や目を奪われるほど美しいオーロラが待ち構えている。岩山に掛けられた橋を渡ったり、水中を探索したりと、ワンダーランドの冒険はワクワクでいっぱいだ。原作の児童文学『地下室からのふしぎな旅』の映像化である本作は、まるで絵本の世界に入り込んだようなワクワクが常に味わえる。

 主人公のアカネは、すこし内気で引っ込み思案の小学6年生。学校で起きたあるいざこざに悩み、学校をズル休みしてしまう等身大の在り方は、誰でも共感できるはず。小学生にとって学校はそれこそ世界の全てであり、そこでの問題は彼女にとっては人生の一大事。そんな彼女が異世界を旅して世界の広さを知り、いつもの風景も少しだけ違って見えるようになる。ファンタジーにおける成長の王道を往くアカネの物語は、後ろ向きな人の背中を押してくれるに違いない。

王道ゆえの物足りなさ

 『バースデー・ワンダーランド』の弱点をあえてあげつらえるとすれば、王道すぎることだ。美しい映像で描かれるふしぎな世界、旅を通じて成長するキャラクター、そのどれもが優等生的にまとまっている。まとまりすぎて、強烈な作家性みたいなものさえ、雲隠れしてしまっているのだ。

 例えば、いきすぎたノスタルジーを極に詰め込んだ挙句大人世代を嗚咽に追い込んだ『オトナ帝国の逆襲』の終盤であったり、『カラフル』での母親に対する”イヤな気持ち”であったりというような、他作品では観られないような目線での描き込みは、本作では見受けられなかった。老若男女に安心して薦められる反面、尖った魅力に乏しいというハンデを本作は背負ってしまっている。

 ディズニーが時折盛り込んでくるブラックなユーモアやサイケデリックなイメージは眼中になく、あるいは細田守監督作ほどに賛否が巻き起こるメッセージ性が込められているわけでもない。SNS上で話題とならないのは、良くも悪くもこの「飲み込みやすさ」にあるのではないだろうか。カドが立たないので、話題にできない。

(以下ネタバレ注意)
少しずつ気になりだす「ほつれ」

 ここまで本作を「王道」「優等生」と称賛してきたものの、どうしても気になってしまう「ほつれ」を何個か見つけてしまった。それをもって駄作だとか言う気はないが、もう少しよくなったのに!と上から目線な物思いをしてしまうのである。

 例えば、異世界の悪者として登場するザン・グとアカネの交流について。ザン・グの正体は実は王子であり、「雫切り」と呼ばれる一族の儀式を怖れるあまり魔法で自分をザン・グの姿に変えさせ、井戸の破壊を目論んでいる。しかし、アカネは「前のめり」になることで勇気をもって一歩を踏み出すことを説き、王子を元の姿に戻すことに成功する。

 この場面は感動的だが、実はアカネの成長に至るプロセスは不透明で、「井戸を壊すとみんなが困るよ!」という主張がいつの間にか王子を勇気づける名演説にスムーズに移行してしまう。また、王子の動機や心情は己に科せられた重圧への恐怖や不安によるもので、アカネが抱える問題とは微妙にすれ違っている。アカネは他者(クラスメート)の不幸を見て見ぬふりしたことによる罪悪感が物語のきっかけであり、問題から逃げ出したと言う意味では似通っているものの、繋がりは弱い。アカネが王子の問題を自分事と重ねてしまうほどに近似であればこそ、その後の展開にも説得力が生まれたはずである。

 また、ワンダーランドは「水の巡りが悪くなり、色が失われていく」という問題を抱えていたはずである。しかし、スクリーンに映される世界は常に色鮮やかで、美麗なイメージに惚れ惚れするほどだ。世界の荒廃模様は花が枯れていたり(しかも一部だけ)、雪が少し汚れている程度。これでは、クライマックスで全てが解決した際の落差が乏しく、感動が損なわれてしまう。いかに世界が救われたのかを観客が実感できなければ、必死の旅もどこか拍子抜けである。

それでもいいから観て欲しい。

 映像の美しさも目を見張るものがあり、最初は心配された俳優キャスティングも上手くハマっている。だが、映画全体を貫く物語には驚きが少なく、未整理な余地が多い。それでも、幾分か心が洗われたような気がする、決して悪印象は抱きにくいタイプの作品である。何より、上述の小学6年生女子(12歳)のコメントが全てである。後ろ向きに生きるよりは前のめりの方がいい、というのは大人世代にこそ響くものがあるはずだ。

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