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『バーフバリ 王の凱旋<完全版>』前夜祭絶叫上映レポin新宿ピカデリー(5.31)

 ついに、この日がやってきた。娯楽映画の究極系にして現代にアップデートされた神話的英雄譚、『バーフバリ』二部作。その後編に当たる『王の凱旋』の完全版が、我が国に凱旋した。配給、劇場、そして根強く作品を称え続けた日本マヒシュマティ国民の熱意が巻き起こしたムーブメントの、その極致とも言うべき結願だ。テルグ語完全版が上映される国などそう多くはないのだから、これは誇るべき結果と言えよう。

 その完全版を一足先に、さらに絶叫上映スタイルで鑑賞する前夜祭があるとなれば、万難を排して劇場に集う。そんな意識高い系王国民が集う2018年5月31日の新宿ピカデリー、別名「謁見の間」には、これまでとはまた異なる空気が流れていたように思える。国外に遠征、あるいはソフトを輸入しなくては観られなかった完全版。これまで観てきた国際編集版(以下、国際版)に26分のシーンが追加された(復活した、と言うべきか)真の姿を前に、誰もが期待を寄せていたことは間違いないだろう。かくして、167分に及ぶ壮大な叙述詩と、我々の体力・声帯が向き合う聖戦が幕を切った。

 会場の様子を記す前に言及しておかねばならないのは、<完全版>によってより味わい深く描かれた愛すべきキャラクターたちのこと。今作の目玉である「かわいいクリシュナ神よ」のミュージカルシーンでは、クンタラ国の女性陣の華麗な舞いと、その中で一際輝く美しきデーヴァセーナの歌と踊りが目を惹いた。稲妻のような鋭い剣捌きで悪しきを薙ぎ払う女戦士の姿とのギャップはもちろんのこと、雄牛の試練でアマレンドラを負傷させた(と思い込んでいる)ことに罪の意識を抱く彼女なりの、神への懺悔。民を導く王族として相応しい慈悲深さ、優しさを感じさせる、素晴らしいシークエンスだった。

 他にも、完全版で追加されたシーンや台詞は随所に挙げられ、アクションパートでは秒単位でのシーンの復活、ドラマパートでは細かい台詞が復活することで、作品世界観に深く没入することが出来る。例えば、中盤のアマレンドラとデーヴァセーナの結婚を祝うお祭りにて、シヴァガミが訪れないことを心配する二人のやり取り、その後シヴァガミがアマレンドラを素通りする一瞬に彼の台詞が付け足されている。完全無欠の王の、人間らしい豊かさを示したシーンとして、一瞬なれど強烈に印象に残る。デーヴァセーナの誇りを守るべく母の教えに背いたことに、心の痛まないような息子ではないのだ。

 ビッジャラデーヴァはとくに追加された台詞が多く狡猾な一面がより強調され、クマラは当初の臆病さを象徴するエピソードが笑いを誘い、デーヴァセーナの裁判に慌てて駆けつけるシーンはさらに彼の人気を向上させるだろう。そして最も<完全版>の恩恵を受けたのは、終盤に用意されたカッタッパの忠義を示すとあるシーン。王族に仕える奴隷の一族として、常に使命と感情の狭間で迷い続けたであろう25年に渡る後悔。その全てを背負い、誰に仕え誰のために闘うのか。その想いを爆発させるこの宣言は、間違いなく『バーフバリ』二部作を見渡しても最もエモーショナルな格別の瞬間で、心震える名シーンだ。これを劇場で目にすることが出来て、本当に嬉しく思う。

ぜんぜん盛ってないのスゴない????

 このように、<完全版>は国際版を観慣れた観客でも、いや、むしろ根強い観客だからこそ細かい変化がより味わい深く沁み入り、『バーフバリ』という作品の偉大さがさらに際立つ映画体験になっている。キャラクターへの愛や作品そのものの評価を高めることは必然であり、各種メディアや文芸誌、SNSでの王国民による考察によって隅々まで咀嚼されてきたかに思えたこの神話的叙述詩に、さらに未開拓の要素があること。同じ『王の凱旋』を観たのに、どこか最新作を観たかのような興奮と感動を得られることは保証できる。

 その上で驚かされるのは、国際版がいかに丁寧に編集され、物語の大筋を伝えきるよう周到に練り上げられたものであるかを、<完全版>を観ることで実感できたことだ。音楽のタイミングやカットの切れ目、短い台詞など、それこそ秒単位で違いが見受けられる国際版と<完全版>は、ラージャマウリ監督の言葉を借りるならどちらも「息子と娘」のように、互いに優劣なく『バーフバリ』という伝説を伝播させる優れたメッセンジャーである。国際版のノンストップでテンポの良い語り口も、完全版でより深まるキャラクターの感情描写も、双方が同じくらい素晴らしい。<完全版>があるからとて国際版が亡きものになるのではなく、むしろ二つのバージョンで楽しめることは日本マヒシュマティ王国ならではの愉悦。シーンが削られたとて損なわれることのない魅力の強度を持ち合わせた奇跡の映画『バーフバリ』を、さらに称えたくなってしまう。

終電ギリギリも厭わない戦士の集まりだった。

 話を戻そう。5月31日の新宿ピカデリー。スクリーン開場前のロビー、上映前の劇場内では、もはや恒例となった王国民の交流が盛んに行われていた。サリーやキャラクターのコスプレに身を包んだ者もいれば、各々が持ち寄ったお菓子や創作物などを交換し合い、観たいシーンや完全版への期待を語り合っていた。鳴り物、光り物を準備しながら、隣席同士の会話も弾み、和やかなムードで開演を迎えられた。

 これまた恒例の前説では、有志の王国民によって結成された「マヒシュマティ風紀委員」の女性陣が、短い時間でこれまでの絶叫上映の歴史を振り返り、諸注意を行うなどの前フリの後、プレゼント抽選会が実施。本国でしか手に入らないグッズや監督&Pのサイン入りポスターが振る舞われたため開場は大盛況で、当選番号(席番号)が発表される度に「おめでとー!!」の大合唱が響いた。

 そして上映開始。まずは配給会社ツインのロゴ、そして<完全版>のタイトルが映ると、場内は割れんばかりの「ありがとー!!!!!」の大絶叫に包まれた。ところが、続いて流れたのはなんとプロダクトクレジット。多くの会社が係わっていることを示すと共に、その長さに王国民も困惑し、ようやく親しみのある「ネスレ」「マクドナルド」のロゴが映ると息を吹き返したかのように社名を叫ぶ。初っ端から本国インドの洗礼を受け、これが紛れもなく産地直送の本編であることを、その場にいた全員が思い知らされたに違いない。

 体感3分のクレジットを抜けると、あの「Oka Praanam」が流れ出し、王国民は一斉にタンバリンや鈴を鳴らし、歌唱する者もいた。未知の体験への不安と、慣れ親しんだ映像と音楽がもたらす安心感が一瞬にして移り変わる、稀有な体験をすることが出来た。

 そして最初の見せ場となるシヴァ寺院でのシーンなのだが、ここでも早速秒単位でのカットの追加があり、その度に「おぉ」という声が幾度となく漏れるのを感じた。それは自然と発せられた自分のものであり、周りの王国民のものでもあった。誰もが国際版を繰り返し観ていたため、少しの変化にも敏感で、つい反応してしまう。そんな王国民の練度に全幅の信頼を感じつつ、ついにアマレンドラがスクリーンに姿を現した。巨大な荷車を一人で動かすその様に観客は再び絶叫。もはや悲鳴に近いシャウトが5秒置きに続き、作中の王国民同様に手を合わせ王を拝む。そしてこれまた恒例となった「Saahore Baahubali」の大合唱が、場内を埋め尽くしていく。先だってカラオケ配信が決まったこの曲、邦題は「バーフバリ万歳」ということで、それに相応しい熱狂の歌声と歓声がボルテージを高めていく。

 続いて、シヴァガミやカッタッパ、バラーラデーヴァが映る度にサイリウムが大きく振られ、キャラクターへの賛辞が惜しみなく絶叫として放たれた。元よりバーフバリに匹敵する名悪役のバラーには熱量の強いファンも多く、女性客の黄色い声援がなによりもその証左となっている。この間にも数えきれないほどの追加カットや台詞があり、その度に観客の驚きの声が挙がる。「台詞増えてる!」と思わず声が漏れる事態も発生したが、それは驚きと喜びに満ちたものであり、決して咎められるようなものではなかった。皆、誰もが真剣に映画と向き合っている。

 カットが追加されているにも係わらず体感時間は据え置きなので、舞台は早くもクンタラ国へ。バーフ&バラーに負けない人気を誇るクマラ、デーヴァセーナにはまたしても歓声が轟き、そのコミカルな仕草に何度も笑いが起こる。特に、愚鈍な男に扮したアマレンドラとクマラによるとある追加シーンでは、そのあまりの腑抜け切った王の姿に「かわいーっ!!」と絶賛の嵐。その後は剣のレクチャー、猪狩りでは観客もペンライトを剣に見立てて振るったり、色を揃えてクマラを称えるクンタラ国民に扮したりと、過去の絶叫上映で培ってきた一体感が発揮され、自然と場内も温かい雰囲気に包まれる。

 そしてお待ちかねの「かわいいクリシュナ神よ」のシーンでは、その直前から予習済みの王国民による「おぉー?」の声が挙がり、いざ曲が流れると一斉にタンバリンがリズムを刻む。邦訳の歌詞にうっとりしていると、デーヴァセーナの滑らかな指使いや顔のアップでは「foooooo!!!」と声が挙がり、クンタラ王妃への予期せぬフィーチャーには拍手が鳴る。その舞いに見惚れるアマレンドラの甘い表情にも女性陣からの割れんばかりの声援が飛び、忙しなく絶叫と拍手とリズムを繰り返す王国民はここで大きく体力を消費しただろう。それでも、その甘美なミュージカルの締めは万雷の拍手に包まれ、バーフバリ絶叫上映に新たな楽しみ方が確立される歴史的瞬間が確かにそこにあった。

 その後も細かい追加カットを、驚きの声で自動的に通知してくれるアラームと化した我らが王国民だが、クンタラ国でのバトルに白鳥の舟、マヒシュマティ帰還のシーンでは一様に盛り上がり、そのテンションの高まりは止まりを見せることはなかった。やはり「首だ!」のシーンの盛り上がりは尋常ではなく、大きな声がバーフバリの豪胆さを称える。

 しかし、アマレンドラの死を看取る一連のシーンはやはり観客も口をつぐみ、悲運の死を悲しんだ。ただ騒ぐだけの上映ならず、観客が一同にその世界観に入り込み、固唾を飲んで見守る。どの絶叫上映でも訪れる、とても荘厳な時間。

 それを経てのマヘンドラの覚醒。こちらではマヘンドラが王国民の戦意を高揚させるカットが追加されており、「ジャイ、マヒシュマティ」の大号令が揃った時の喜びはやはり格別だ。そして始まるラストバトル、バーフバリとバラーラデーヴァの荒々しい感情のやり取りに、観客も声援と鳴り物でそれに応えていく。

 そしてこの回最大の盛り上がりを見せたのは、前述のカッタッパのシーン。ビッジャラデーヴァの魔の誘いには心配の声が挙がるも、それを振り切ったカッタッパの姿に、それまでのシーンの盛り上がりを凌駕する特大の歓声と拍手が鳴り響いた。しかも、それはカッタッパのある行動から最後の台詞まで途切れることなく、カットが切り替わるまでの間、観客は熱狂し続けた。かつて何度も絶叫上映に参加する機会があったが、こんなに長い時間人々が叫び、鈴を鳴らし、拍手をした瞬間など、前代未聞だった。まるで狂ったように盛り上がり続ける観客たち。そこには、カッタッパの下した選択への喜びと感動が滲み出ていたし、かく言う私も落涙を抑えられなかった。一連のシーンが終わったあと、場内には「これが観たかったんだよ!!」という声が響き、またしても場内は拍手に包まれた。バーフバリ絶叫上映最大の盛り上がりシーンが更新されていく様は、「圧巻」という言葉では言い表しきれない。

 誰もが目頭を熱くしたラストバトル、そしてマヘンドラの国王即位と命の河をもって、物語は幕を閉じる。その後は、国際版ではカットされていたエンドロールが流れ、画面いっぱいに写し出されるクレジットには、途方もない数の人間がこの歴史譚に関わっていることを示していた。終盤に映る「IMAX」のロゴに反応してしまうのも、観客の願いが現れた印象的な場面。そして場内が明るくなる頃には、この素晴らしき<完全版>を観た感動が「バーフバリ!」コールとして出力され、世紀の一夜が終わりを告げた。

 『王の凱旋』が国際版として日本公開されたのは17年末のこと。それから約半年を経て、ついに完全なる形でお目見えとなった歴史的瞬間。その節目に立ち会えたことに喜びを感じると共に、劇場・配給・ファンの熱意が織りなした奇跡の結願のありがたみを再度実感させられてしまう。この<完全版>は全国でも続々と上映館が追加され、絶叫上映も都内のみならず各地で広がりを見せている。そのムーブメントの真っ只中にいて、作品を盛り上げる一部になれることは、ファンにとってこの上ない幸福だ。この感謝と喜びに満ちた映画体験は、必ず一生のものになる。そのことを体感するべく、今すぐ劇場へ駆けつけてほしい。そして次の「結願」に向けて、王を称えよ!さらに称えよ!!


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