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さようなら、タイムアタック・アレルギー。『Neon White』

 子どもの頃、クラッシュ・バンディクーが大好きだった。タスマニアからやってきた陽気でリンゴが大好物の不思議な生き物を操り、悪い博士の野望を打ち砕かんといろんな世界を旅した。時にレーシング、時にカーニバルに興じて、初代プレイステーションで発売されていたタイトルはあらかた遊んだ覚えがある。

 と言いつつも、自分はたった一つのタイトルでさえ、100%クリアを成し遂げることはできなかった。クラッシュは元々ちょっぴり意地悪で難しいゲームではあるのだが、パーフェクトクリアへの関門として意図的に諦めた項目がある。「タイムアタック」だ。

 一つのコースを、規定のタイムより早くゴールする。言葉にすれば容易いが、実際に挑戦するとなれば難しく、幼子がコントローラーを投げ出すには十分な理由になるものなのだ。最適な道をノーミスで走り切ったり、時には大胆なショートカットを試したり。試行錯誤する間は楽しいが、思い通りのタイムを出すには知識だけでなく巧みな操作テクニックが要求されるものになると、途端に具合が悪くなる。そんなこんなを繰り返す内に、次第にタイムアタックそのものを遠ざける子どもになってしまい、自分の根性の無さを痛感する他なかった。

 タイムアタックとは、タイムを設定したクリエイターからの挑戦状であり、作り手とユーザーの勝負でもある。そして私は、この闘いに敗れ続けた。敗北に次ぐ敗北の内、タイムアタックがあると意図的に避けるようになっていった。ビデオゲームを楽しいものであると認識するために、あえて苦行から目を背けたわけである。

 ところが、どうしたことか。今の私はタイムアタックが主題のゲームを、かれこれ10時間以上遊んでいる。誰に頼まれたわけでもなく、親を人質に取られたわけでもない。自ら進んで、自分の速さの限界に挑み続けている。一度プレイを始めればコントローラーを置くことも出来ず、友人との待ち合わせに遅刻したことすらあるくらいに、このゲームにのめりこんでいる。

 それほどに恐ろしく、楽しいゲームなのだ。『Neon White』とは。

 『Neon White』とは、乱暴な要約をすれば「一人称視点のマリオ」であり、もう少し詳しくするのなら「FPSとプラットフォーマーとタイムアタックを融合させたハイスピードアクションゲーム」になるだろう。物知り顔でジャンルを列挙したところで余計伝わりにくくなってしまったが、実際このゲームは触れて会得するものという感触が強く、まだ遊んだことのない方に楽しさを説明するのがとても難しい。体験版が配信されていたら、と思わずにはいられない。

 それでも言語化を試みるとしよう。『Neon White』とは、天界をFPS視点で駆け巡り、コース内の全ての敵を倒して奥に待つゴールを目指すゲームである。自機であるネオン・ホワイトはふわりと落下するジャンプと、敵一体を倒すにも時間のかかるなまくらの刀が特徴の男だが、道中には「ソウルカード」と呼ばれる銃火器が配置されており、それらを取得して敵を撃ち(FPS)、ゴールを目指して足場を跳んで渡る(プラットフォーマー)。ゴールまでのタイムによってブロンズ/シルバー/ゴールド/エースのランク付けと「インサイト」と呼ばれるポイントが手に入り、インサイトが一定値を超えると次のミッションとして10のステージとストーリーが解放され、プレイヤーはより早くステージを踏破して高ランクを目指すことになる。

 ソウルカードは武器としての役割の他にもう一つ、「廃棄することで特殊なアクションを発動する」という特性を持っている。ピストルのカードを破り捨てればその場で二段ジャンプを、ライフルのカードなら真正面にダッシュする、というように、カードごとに専用のアクションが振り分けられ、それらがカードを消費する「回数制」であるところが、本作のミソと言うべき部分だ。

 では、タイムアタックを忌み嫌う私がなぜこのゲームに魅了され、可処分時間を奪われ続けていったのかを紐解いていきたい。

 いきなり結論めいた点に触れるのなら、本作はリトライの負荷が限りなく低い、これに尽きると思う。

 タイムアタックの舞台となるコースは、そのほとんどが1分未満で走り切れる短さで構成されており、先程例に挙げたクラッシュ・バンディクーシリーズと比べてもこれは格段に短い。故に「精密なプレイを要求され続ける」というタイムアタック特有の圧迫感を廃し、遊ぶハードルを限界まで引き下げている点だけで苦手意識はかなり薄まった。

 たとえコーナリングをミスしても、リトライはいつでもワンボタンで可能で、何度もメニュー画面を開いてリトライを選択、といった鈍重さもない。その上ロードも1秒ほどと爆速であり、ミスしたところを即座に再挑戦できるため詰まりにくい。リトライを重ねれば次第に操作が、コースの構成が、敵とソウルカードの配置が、脳と身体に叩き込まれる。そうなれば必然、積み重ねた失敗の数だけコースを「学習」した自分が出来上がり、その成果が「タイム」という形に表れる。

 本作は徹頭徹尾、学習→実践の繰り返しだが、「上達を実感しやすいゲームこそ傑作」という手前勝手な評価軸に乗せて語るのなら、本作も充分それに値する。似たような感触のゲームを挙げるとするのなら『グノーシア』だ。勉強もゲームも、反復練習すればいつかは“出来る”ようになる。それを促すメソッドを持つ者をいい教師、あるいはいいゲームと呼ぶのだろう。

 タイムアタックを楽しんでもらうために作り手が用意したものは、絶妙な難易度勾配と、魅力的なご褒美だ。本作は10ステージを1ミッションとし連続でプレイすることで一区切りとしているが、その中身は「新しいソウルカードの習得→応用→他のカードとの組み合わせ」というコンセプトに沿って構成されているように見受けられる。10ステージのうち序盤の3つがチュートリアルで、残り7つが実践編、というような段階を踏むことでプレイヤーの頭の中では自然とアクションの幅が増えていき、新しいステージでも物怖じせず最適なルートで走れるよう、実は巧みに誘導されているのだ。初見のステージでゴールドメダルが取得できるほどの腕前になったとき、それは本作の術中に最も心地よくハマった証拠と言えるだろう。

 それでも、最高位のエースランクを初見で取るのは楽ではない。どのコースにも必ず用意された「ショートカット」を見つけない限り、その栄光は掴めないよう絶妙な規定タイムが設定されているのだ。だが、コントローラーを置くのはまだ早い。本作ではなんと、ゴールドランクを取得したコースではショートカットへの入り口を示すヒント(目印)がコース上に突然表示される。

 ショートカットを自らの手で探したいコアユーザーには目障りな機能かもしれないが、これは任意でON/OFFが切り替えられるのでご安心いただきたい。むしろ評価すべきは「自力でゴールドまでたどり着く必要がある」ことでショートカットへの道が開けるという点で、タイムアタックが苦手だが最高評価が取れないと悔しい、などという私のようなワガママユーザーにとって、これほど嬉しい機能は初めてだった。

 つまり、公式が推奨する本作の遊び方はこうなるだろう。

  1. コースをクリアする

  2. さらなる高ランクを求めて同じコースを周回する

  3. コースへの理解が深まる→タイムが縮まる

  4. ゴールドランク取得

  5. ヒント機能に沿ってさらにタイムを縮め、エースランク取得

  6. (プレゼントを入手しサブクエストを進める)

 ゴールドランクまでは己の努力で達成して、ゲームからヒントを受けてエースランクに到達する。プレイヤーの努力を促進しつつ、その達成感を奪うことなく、むしろその喜びを一段階上に引き上げてくれるこの機能は、タイムアタックが玄人だけの遊びであるという前提を氷解させる、実に画期的なシステムだ。たとえショートカットの入り口を案内されたとはいえ、その先のルートを走るのはこれまで培った経験とコース理解が備わった「自分」なのだから、解けないからとyoutubeで攻略動画を盗み見るような罪悪感も発生しない。エースランク取得をもって初めて「走りきった」という達成感を抱かせるための導線は、このゲームが病みつきになる最高の贈り物だった。

 それでも物足りないやりこみ派のプレイヤーには、ステージの各所に配置された「プレゼント」取得が待っている。このプレゼントは完全ノーヒントであり、エースランク取得以上のひらめきを要求されるが、ここでも問われるのはいつもの「積み重ね」だ。この遊びはパズルゲームの要素が強く、ソウルカードの配置や枚数が決まっている=カードを適切に使えば必ず正解できる、という大前提を元に試行錯誤を重ねていけば、当初不可能に思えたプレゼント取得も次第に夢物語では無くなっていく。また、プレゼントを渡すことで解禁されるサブクエストは、通常のコースに特殊なルールとコンセプトが加えられた高難易度ステージとなっており、プレイヤーの指と思考を悩ませてくれるはずだ。

 タイムアタックを万人に―。そんなコンセプトがあったかは定かではないが、本作を遊んでいて浮かんだのはそんなスローガンだった。

 1秒でも早くゴールする。ストイックな向き合い方と失敗にもめげない気持ちを要求されるアスリート的なゲームプレイは、憧れこそすれ、容易に真似できるものではなかった。RTA動画を観るのは好きだが、自分で走者になろうとは思わないように、タイムアタッカーは雲の上の存在である。

 だが、本作はそんな自分をベストタイムを狙うランナーへと変えた、大げさに言うなれば「革命」とも呼ぶべきタイトルになってしまった。タイムアタックが楽しいという、今まで感じたことのないゲーム体験を味わわせてくれただけでも、本作には感謝しきれない。クラッシュを諦めた幼子が大人になって、エースメダルで埋め尽くされたタイムレコードを見て悦に浸る日が訪れるとは、まるで思いもしなかった。

 本作はswitchやsteamで遊べる他、PSハードでの発売もアナウンスされたばかりだ。タイムアタックを好む全てのゲーマーと、タイムアタックを諦めた過去を持つ全てのゲーマーへ、天国の門は幅広く開かれている。新たな走者となる方のために、購入リンクを貼って、今回は終わるとしよう。天国よいとこ一度はおいで。


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