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装甲が軋み、エンジンが唸る!『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』を観ろ。

 ガルパンおじさんに目覚めて4年になるが、おれはどうやら感覚がマヒしていたらしい。戦車は本来女子高生が乗るものではないし、あんな鉄と砲弾の箱が快適な空間であるはずがない。だが、それが戦争の道具とわかっていても、「戦車」とはロマンであり、憧れである。大きな車体を振り回し、狙いを定めて一発必中。そんなもん、問答無用でカッコイイに決まっている。そして、おそらく同じ志を持つ同士が創り上げた最高の映画が、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』である。

第二次大戦下、ソ連の新米士官イヴシュキンは初の実戦で華々しい戦果を挙げるも、独戦車隊将校であるイェーガーとの一騎打ちに敗れ、ドイツ軍の捕虜となってしまう。イェーガーは自軍を強化するため、イヴシュキンを戦車戦演習の指揮官に任命。イヴシュキンは、同じく捕虜になった仲間たちと隊を組み、演習への準備期間が与えられる。しかし、その演習では弾を装備することは許されず、ひたすらナチスの戦車軍から逃げ惑うことしかできない。確実に死が迫る演習を前に、イヴシュキンらはドイツ軍が見落とした6発の砲弾を見つけ、自由を取り戻すために脱出計画を立案するのだが―。

戦車とは、強さの証である。

 T-34とは、第二次世界大戦から冷戦時代にかけてソビエト連邦を中心に使用された中戦車である。当時の全てのドイツ戦車を一撃で撃破できる強力な76.2mm砲、砲弾を跳ね返す傾斜装甲、高出力なディーゼルエンジンによる最高時速55kmを誇る最強の戦車。後に85mm砲型を有する新型も量産され、ソ連の侵攻作戦の要となった車両として、90年代まで使用されていたという(※非売品プレスより引用)。 

 本作に登場するT-34はすべて本物の車両で、役者自らが操縦している。そのこだわり抜かれた製作体制によって、戦車に搭乗することの困難さ、パワフルな存在感が浮き彫りになっていくのが本作の醍醐味である。

 エンジンの熱が逃げないのか、車内は常に蒸し風呂状態で不衛生。そうした環境に耐えながら、隊員は逃げ場も無い狭い車両の中で死への恐怖に襲われる。しかも、破裂した装甲が車内に飛び散り、乗員の身体に刺さることもあるという。固い装甲に守られているという先入観ゆえに忘れがちだが、戦車の車内は最も危険な場所の一つである。装甲が破れなかったとしても、砲弾が着弾すれば車内の衝撃は凄まじく、隊員は脳震盪で気絶したり、死亡する場合もあるという。まるで走る棺桶のようではないか。

 それなのに、本作を観れば誰だって「戦車」という乗り物に心を奪われるに違いない。エンジンの重低音が絶え間なく劇場を揺らし、どんな障害物も物ともせず走り抜け、主砲を放てばズドンとお腹に響く爆発音。パワーの象徴としての戦車がグリグリ動き回り、全てをなぎ倒す。これが快感なのだ。

 本作は戦争映画にありがちなシリアスさやイデオロギーは極力廃されており、カッコイイ戦車を思う存分堪能することができる、エンタメ志向に仕上がっているのが嬉しい。戦車の戦いとその魅力にフォーカスした見せ場の構築で最後まで飽きさせず、テンポも良くコスパも高い。四の五の言わず、戦車や特殊車両萌えなら間違いなく観に行った方がいい。たとえ乗っているのは女子高生ではなくても、だ。

戦車とは、絆である。

 戦車とは、一人で操縦するものではない。車長、装填手、砲手、操縦士。必ず複数の者が乗り合わせ、それぞれが息を合わせない限り戦車は思い通りに動かないもの。そこで試されるのは、極限状態で育まれる連係である。

 車長を務めるイヴシュキンは、実戦経験こそ少ないものの、持前の度胸と敵の動きを読む天才的なセンスで、一気に戦車隊の信頼を勝ち取るエースである。だからこそ、戦車隊の面々は無謀とさえ思える脱走作戦に加担するのだ。天才的な操縦技術を持つステパン、少し間の抜けたところのあるが命知らずの砲手ヴォルチョク、装填手のイオノフ、一台の戦車に6発の砲弾、たったそれだけでドイツ軍から逃げ切れるのか。ジリジリと息を吞むような緊張感が張り付くこの映画において、イヴシュキンはソ連チームの精神的支柱を務め、結束力が次第に高まっていく様子が観客を夢中にさせていく。

 本作は緊張と緩和の緩急が巧みで、緊迫感のある戦車シーンの合間に挟まれる一時の休息シーンも楽しい。軽口を叩きあったり、作戦が上手くいけばみんなで喜びを分かち合う。彼らが真に生き延びたことを喜ぶ様子が描かれるからこそ、一体感の醸成に説得力が生まれ、それが戦車戦における強さに結びつく。互いへの信頼と結託こそが死地を潜り抜ける最大の武器であることを、本作はしつこいくらいに何度も描き、エモーショナルの高まりはメーター振り切れんばかりだ。

 一瞬の判断が生死を分ける状況下での熾烈な戦車戦、自由をもとめもがく男たちの絆のドラマ。加えて、通訳を担う捕虜の女性アーニャの物語が重なり、この逃走劇の重みが極に達したところで、最大の見せ場がやってくる。3台のパンター(ドイツ戦車)に囲まれ絶体絶命、そしてライバル車との一騎打ち。最後までエンジンを緩めず、映像と音響の迫力、人間ドラマの積み重ねでこちらの感情移入を誘う展開には舌を巻く。戦車の重厚感と、政治・倫理的な視点よりもエンタメ方向に振り切ったストーリーの観やすさが不思議にもマッチした、これぞ良作。履帯の震動を肌で感じられる劇場でこそ映える一本だ。

【T-34を観るべきファンの一覧】
『Uボート』『クリムゾン・タイド』『ガールズ&パンツァー』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『バーフバリ』『ハンターキラー』

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