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『オオカミ狩り』映画史に残る出血量、映画史に残る顔の良さ、そして……。

 改めて、映画館で映画を観るという行為は、ギャンブル性の強い行いだと思う。服を着てよそ行きの化粧をして、車ないし交通機関などで劇場へ行き、2,000円近い鑑賞料金を払う。パンフレットやグッズを買うならさらに財布は薄くなるし、そこまで気合を入れていざ本編!と意気込んでも、自分の好みと当てはまらないだとか期待と違ったなどで、ガッカリすることもあるだろう。

 そうした「損をしたくない」「コスパ重視」という気持ちに応えるように、映画のタイトルで検索すれば熱のこもった感想文よりも上位に、結末までを書き記した解説(そもそもそれは解説ですらないだろ)だとかファスト映画の動画がヒットする時代だ。私も人間なので、わざわざお金を払ってまで嫌な気持ちになりたくないのはわかる。わかるが、映画を楽しむためのコストを他人に託し過ぎではないだろうか。知らないもの、全く未知の体験を求めて、スマートフォンやPCから隔絶された状況で、映画の世界に2時間浸るのがそもそもの「鑑賞体験」の基礎ではないのか。映画館は事前知識との答え合わせをする場所ではない。映画を“観る”場所であるべきだ

 ……という長ったらしい話をしたのは理由があって、今回の『オオカミ狩り』をどのように褒め褒めするべきか、迷っているのだ。映画を鑑賞済みの方ならばこの苦悩がおわかりかと存じ上げますが、『オオカミ狩り』という映画はそもそも、何一つ事前知識がない方が楽しめる作品であり、私がこのnoteを書く価値は一切ないと言っていい。唯一できるのは「めっちゃグロいけど大丈夫?欠損とか凄いよ??」と軽いゾーニングをしてあげる程度で、暴力表現に抵抗がなく、かつ「面白い映画が観たい」という方がいれば、ここから先は読まずに席を予約したほうが良い。どうせ配信されるし、なとど言うやつはもう知らん。本作は劇場で観られるのなら、観るべき映画だ。その理由はまだ書けないけれど、映画ファンがこうして言葉に詰まっている時は、信用していい。臆することなく、お化粧をして車とかに乗って、劇場に向かうといい。めちゃくちゃ顔のいい男が出てくるぞ、気をつけろ

というわけで、ここからは完全にネタバレしかない。
注意することだ。

 『オオカミ狩り』は、映画を映画館で観る喜びを再び味わわせてくれた。地上波では絶対にお目にかかれないバイオレンス、手に汗握るチェイス、そして映画のジャンルそのものが大胆に飛躍する特大級のサプライズ。その全てを全くの無知で、ノーガードで浴びた私は、おそらく世界で一番の幸せ者だ。面白い、面白すぎる。これはゴア版の『トップガン マーヴェリック』だ。トムの兄貴も本作を観ればきっと「大暴力、大出血、素晴らしかった」とイーサン・スマイルをキメてくれるはずだ。

 本作、なんといっても、暴力が凄い。舞台となる巨大貨物線にはフィリピンから移送される韓国の大犯罪者オールスターが集結し、見張りの刑事も「おれは人権なんぞ知らん」とコンプラ教育ガン無視の暴力っぷりを冒頭から見せつけ、陸の上ではパワハラ上司が衛生で船を見張っている。手足に手錠をかけられ、冷凍食品と思わしき焼きおにぎりとハエのたかるバナナだけを与えられトイレも自由にいけない犯罪者たちはフラストレーションを貯めていき、そしてついに爆発する。

 犯罪者集団を束ねるリーダーは、10数人を殺害・強姦したという超残忍な男ジョンドゥ。私は彼を演じるソ・インググのご尊顔を観た瞬間に「おッ❤」と電流が走りこうして劇場に駆けつけたわけだが、彼は韓国のオーディション番組で勝ち上がり有名になったミュージシャンで、その甘いマスクに違わぬ優しい歌声を聴いた時は「この顔で犯罪者役はムリでしょw」と思っていたが、完全に杞憂だった。ジョンドゥは人を人とも思わぬシリアスキラーで、一度ナイフを握れば彼は回避不能の理不尽な暴力装置に様変わりする。自分をいびっていた警官の心臓にナイフを「ゆっくりと」突き刺し痛みを長引かせて殺し、遺体に小便をかけて去っていくジョンドゥは、あまりに鮮烈すぎた。体全身に入れ墨を刻み尻をさらけ出すこともいとわなかったソ・インググの俳優魂に、おれはこの場で「ナメててすみませんでした」と言いたい

 おれは常々、『HiGW&LOW』シリーズのいいところは、出し惜しみがないところだと語ってきた。本作『オオカミ狩り』も、そのHI-AXイズムを受け継いでいるらしい。本作の人殺しは、とにかく即物的で血の量がエグい。銃ももちろん使うが、基本はナイフや拳、レンチなどの打撃系武器がほとんどで、闘う力のないものは軒並み血を吹き出す噴水と化す有様だ。首を切られれば血を吹き出し、頭を殴られれば血が吹き出す。人間とは元来そういうスプリンクラーなのか?と思うくらいに血を撒き散らし、狭い貨物船の壁をどんどん汚していく。韓国映画のゴア描写は容赦がなく世界でもトップクラスだと思ってはいたが、出血量だけ取り出せば本作がダントツなのではないだろうか。

 本作、殺人に関してはあまりにテンポが良すぎて、今回の囚人移送には精鋭だらけのベテラン刑事が集められたと冒頭に解説があったはずが、中盤にはメインのキャラクター以外ほぼ全滅してしまう。あまりにハイスピードで死体が増えていくせいで、殺された刑事が雑に冷凍庫に積み上げられている様子のあんまりさに、劇場で笑ってしまった。人って酷すぎる光景を観ると、引くとか言うより笑ってしまうんですね。そうした血みどろ囚人脱走劇は、囚人側の圧勝。生き残った警官と医者と殺しに加担しなかった犯罪者のおっさんチームは、万事休すの事態に。こうして全員がソ・インググのご尊顔を目に焼き付けて死ぬのか!?と思ったところで、この映画は急な方向転換をキメてしまったのだ。鮮やかに、そして強引に

まだ引き返せる。
ウソをついて映画を観ていないのにここまで読んでしまった奴へ。
怒らないから、今すぐブラウザバックして映画館へ行け。

 機関室でジョンドゥ率いる犯罪者集団と、生き残った警察官チームとが膠着状態になったその時、口の中でウジが湧いていた寝たきりの大男がなんと緊急参戦。ここから本作はジョンドゥら凶悪犯罪者も漏らすくらいの一大ホラーへと急転換。

 旧日本軍の改造実験によって、狼の獰猛性を与えられた怪人アルファ。ヤツはプレデターのように体温で人を認識し、人並み外れた肉体を駆使し一人また一人と目の前の人間を殺していく。ヤツには善悪の境目などなく、犯罪とは一切関わりのないであろう乗り合わせた看護師の女性も無惨に殺害。その後も生き残りを求めては貨物船内を歩き回り、見つかったら即ゲームオーバー。背筋が凍るほど恐ろしかったはずのジョンドゥもヤツには敵わず、恐怖をより大きな恐怖で上書きする本作、面白さがどんどん増していく。

 このアルファの存在は、「もしも一作目のターミネーターがR-18のゴア映画だったら」というifを思わせる。どこからともなく現れては、ドスドスと重低音の足音を鳴らしてこちらに迫り、頭を手でかち割って人を殺していく。シュワルツェネッガー義体のアンドロイドならまだ愛嬌はあるが、こちとら目を塞がれた筋肉モリモリの大男。コミュニケーションなどもっての外で、見つかったら生存はほぼ不可能。そんな男が、海上の船の中にいて自分を探し回っていると思うと、気が狂いそうになる。エレベーターに乗ってさぁ安心、と思いきやアルファが上から降ってきてエレベーターごと落とされた時など、劇場で観客から声が漏れたほどだ。密室で「死」そのものが徘徊しているという意味では、リドリー・スコットの『エイリアン』とも言える。要は、映画史における新たな名モンスターの誕生、というわけだ。

 そんな恐ろしい殺人怪人を演じたのはチェ・グィファさん。みんな大好き『犯罪都市』シリーズでマ・ドンソクの上司であるチョン・イルマン班長を演じている、憎めないあの人だ。正直、鑑賞後にその事実を知った時が一番ホラーだった。あんなひょうきんなおじさんが……グロすぎターミネーター役……???

4月7日(金)公開 『オオカミ狩り』|メイキング映像|プロジェクト名“アルファ”

 この映画はまだスピードを緩めない。アンブレラめいた製薬会社有する怪人薬兵士が船に乗り込んでくるが、ぶっちゃけ言えば彼らは殺しすぎて殺す相手が足らなくなったので数合わせに用意されたに過ぎず、またしてもアルファにぐちゃぐちゃ(比喩ではありません)にされる。その兵士を率いているのはあのパワハラ上司で、彼も改造人間の一人。そして、乗り合わせていた犯罪者の中で積極的に殺しをせず、ジョンドゥが10年ぶりに会ったのに「老けないな」と言われていたドイルもまた、改造人間。ドイルは妻を殺され息子を失った悲しき過去があり、パワハラ上司はその下手人。つまり、本作は脱獄モノから始まり、殺人ターミネーターに追い回されるホラーを経由して、復讐モノへと三段階変身を遂げるのだ!

 韓国、前々から思っていたがエンタメ映画を作る手腕がすごすぎる。最近だと『奈落のマイホーム』『非常宣言も素晴らしかったけれど、ここへきてもう一段階ギアの上がった作品が舞い込んできた。暴力も出血量もとにかくエクストリームなのに、物語だったりキャラ造形だったりは慣れ親しんだ大好きな味がして、それらが混ざり合って「未体験なのに知っている」という稀有な映画体験を与えてくれる。推しのアイドルがこんなスプラッタ映画で首チョンパされてしまうファンダムの皆様の心境たるや想像を絶するが、少なくともソ・インググさんのお顔に釣られた結果、年間ベスト確定のサイコー映画に出会えたので、氏の顔の良さはめちゃくちゃ感謝していますとだけ付け加えておきたい。

 クライマックスはダークヒーローのビギンズとしてももう一度変体を遂げる本作、続編があるのなら改造人間バトルロイヤルが観たいし、改造人間の大首領はもちろんマ・ドンソクであってほしい。日本でリメイクするのならアルファはAKIRAさんがいい。HIROさん、俺、ずっと待ってますから……いつまでも待ってますから……。

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