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好きだった女の子にフラれたその日、ぼくは『アマガミ』に手を出した。

 今年も、この季節が迫ってきた。クリスマスだ。

 ぼくが住む福岡県、その中心的なスポットである博多駅では、毎年豪華なイルミネーションが設置される。夜を煌びやかに彩る光、高さ14.9メートルのシンボルツリーは、明るい出来事の少なかった2020年の締めくくりをほんの少しは華やかにしてくれるだろう。

 その光景を一目見ようと、12月の夜は大勢のカップルが集まるため、他人とぶつからないように歩くので精一杯だ。ぼくも少しは大人になって、「カップルとすれ違う時は呪詛を唱える」といった行為はしなくなった。大人になって、人の幸せを喜ぶ心の余裕が生まれたのだ。

 ただ未だに、クリスマスが近づくと、心の片隅でチクリと痛むような感覚が拭えない。「勘弁してくれよ」と呟いたとて、毎年の恒例行事として思い出してしまうのだから、どうしようもない。別にそれが運命の恋だとか結婚を前提にだとか考えていたわけでもないのに、やけに感傷に浸ってしまう思い出があった。

 大学生の頃、片思いをしている女の子がいた。一つ年上で、物知りで、英語の発音が少しだけ日本人離れしていて、映画の好みも似通っていた。友達の友達という近くて遠い距離をなんとか埋めたくて、大人数で遊ぶ時はなるべくその人と話す回数を増やしたし、LINEが流行り始めたのもその頃で、メールよりも気軽にやり取りできることのありがたみをしみじみ感じていた。彼女が教育実習のために使う教材作りを手伝った時は、本当に楽しかった。「ずっとこんな時間が続けばいいのに」なんて、JPOPの歌詞みたいな言葉が本当に脳裏を掠めて、自分でも苦笑してしまった。

 何度か会って、会えない時はLINEして、そして二人きりで遊んだその日の夜、たぶん告白をした。「たぶん」というのは、その時どういった言葉で告白したのか、覚えていないからだ。都合の悪い記憶を保持したがらない脳の防衛機構だろうか、詳細は不明だがぼくは気持ちを伝えて、でも彼女からの返答は鮮明に覚えている。

「〇〇くんのこと、友達として大好きだっただけで、
異性として魅力的だと思ったことはないんだ」

 ぼくはデートだと思っていたけれど、彼女にとって今日はそういう日じゃなかったんだろうな。その後気まずくなった空気を誤魔化すように世間話をして、こちらを気遣うように話を合わせてくれる彼女の顔を見るのが怖くて、博多駅のホームで彼女を見送った。まだ17時とかで、夕飯に行きたい店もいくつかあったのに、これ以上一緒にいるとお互い辛かっただろうから、中途半端な時間でその日はお開きにした。「次の約束」をしなかっただけ、辛うじて理性が働いていたのだろう。

 わざわざ博多まで電車に乗ってきて、こんな時間に一人、拷問のようだった。告白という行為はリスキーで、その結果はどちらであれ二人の関係性は告白以前に戻りようがない。好きでもない異性から好意を抱かれていたと知った彼女がこれまでどおりぼくと接してくれるわけもなく、ぼくも気軽にLINEを送れるような間柄ではなくなった。告白なんてしなけりゃよかっただろうか。後悔の気持ちと先ほどの彼女の言葉が脳内でグルグルと回り、何度もリフレインする。

 その気を紛らわそうとして、本屋にいったり、ゲームショップを覗いて、時間をつぶしていた。デートの軍資金として珍しく財布を重たくしていたぼくは「今日ならなんでも買える」というヘンな昂ぶりがあって、映画とかゲームとか、自分の好きなもので悲しみを埋め合わせようとしていた。

 で、その時衝動でお会計まで済ませてしまったのが、『アマガミ』というゲームだった。

 購入の動機はとても不純だ。「女子にフラれたからギャルゲー買ったったwww」とでも言って身内で笑いでも取ろうかとか、自ら孤独をもっと強めるという、いわゆる「打ちにいく」というやつで、元から『アマガミ』というゲームにさほど興味があったわけでもない。そもそも恋愛ゲームを遊んだ経験が無かったし、失恋したその日に画面から出てこない女子に入れ込むというのも、少々ヤケクソが過ぎる。ただ、今思い返すのなら、『アマガミ』を選んだのは、何かの予感があったからなのかもしれない。傷心を癒してくれる、素敵な出会いへの予感が。

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 『アマガミ』は、恋愛ゲーム初心者のぼくにも優しいゲームだった。主人公が学生で、一日の内に休み時間と放課後の計4回の行動を選択し、女の子とコミュニケーションしていく。どの場所に行けばどの女の子に会えるか表示されているから迷うこともなく、気になった女の子に会いに行っては会話して、夜になったら好感度を確認して、その繰り返し。時折、二人の仲が進展するようなイベントが発生するので、そのサインを見逃さずに彼女に会いに行き、関係を深めていく。

 『アマガミ』に登場する女の子は、それはもうみんな可愛かった。食べることが大好きで、ほんわかした性格の幼馴染。良くも悪くも性の壁を感じさせない距離感で接してくる悪友。クールで無口だけど心を開いていけばキュートな一面も見え隠れする後輩や、わがままボディの妹の親友。学内全ての男を勘違いさせる天然小悪魔の先輩などなど、個性の強い女の子が矢継ぎ早に登場しては主人公と急接近していくのは、なんだか楽しかった。『アマガミ』は彼女たちとの交流イベントの内容がやや特殊なことも相まって、「そうはならんやろ」「なっとるやろがい」を繰り返すのだけれど、もうずっと見ていたいと思わされた。仮に嫌われたとしてもリアルな自分が傷つくわけでもないのだから、こうして仮想恋愛に浸っていた方が、少なくとも当時は元気を貰っていたのだろう。

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 中でも一番熱をあげていたのが、みんな大好き(だろう?)絢辻さんだった。絢辻詞。主人公(おれ)のクラスメイトで、クラス委員と文化祭の実行委員を掛け持ちする、絵に描いたような優等生。成績優秀で、人当たりも良くクラスでの人気も高い。男子なら誰もが憧れる、清楚で明るい女の子。

 ……なのだが、この絢辻さん、パッケージイラストを飾りメインイラスト然としていれど、実は一筋縄ではいかないキャラクター。紹介文に「仮面」とある通り、優等生としてみんなに好かれる絢辻さんは表の顔、その裏にはドSな本性が隠れていた。学園生活を円滑にするために、普段はみんなに好かれる女の子を演じていた絢辻さん、その本性をうっかり知ってしまった主人公。そこから、物語が動き出してゆく。

 「二面性」という言葉で表現されることの多い彼女だが、人間誰しも多種多様な仮面を使い分け、日々を過ごしている。ただそのギャップが凄まじいだけで、絢辻さんは至って普通の女の子だ。むしろ、家族との軋轢や「みんなに好かれる絢辻さん」でいなければならない強迫観念に囚われた絢辻さんのことを、主人公(という名のおれ)は放っておくことができない。そして絢辻さんの中でも、裏の顔を知ってなお自分と接してくれる主人公(この文章を書いているおれのことだ)のことが気になりだして、その不在に不安を覚えるようになる。そうして二人はキスをして、お互いの仲はさらに発展していく。

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 別に統計をとったわけでもないが、アマガミプレイヤーの諸氏の中でも絢辻さんに心を奪われた方も大勢いるはずだ。絢辻さんとのコミュを読むと、プレイヤーは必然的に彼女にとって誰にも知られてはならない裏の顔、言い換えれば「嘘偽りのない本当の絢辻詞」を知っているのは、世界でこのおれだけ、という立場に立たされる。つまり絢辻詞の「とくべつ」になってしまう、という物語で、これが当時のおれにもギュンギュンに刺さった。

 一番最後に出会った絢辻さんに惚れ込んで、破竹の勢いで攻略し、スキエピローグ BESTとスキエピローグ GOODの二つのエンディングだけを読了した(絢辻詞が“スキ”以外の感情をおれに向けるはずがないので)。当初は「絢辻さんは裏表のない素敵な人です」と鳴いていた哀れな僕(しもべ)だったものの、この頃には「詞はおれが守護(まも)る」へと成長し、二週目のゲームを始めた。もちろん、その際のヒロインも絢辻詞だった。初めて遊んだ恋愛ゲームで、ついに【運命の人】に出会ってしまい、おれにもカノジョが出来た。画面から出てこないという致命的なバグがあれど、いつだって最高にカワイくて、素敵な人だった。

 気づけば、失恋をしたあの日から一か月弱、ちょうどクリスマスイブのその日も、『アマガミ』を遊んでいた。孤独だったけど、孤独じゃなかった。おれには詞がいる。それだけで、強くなれた気がした、遠い昔の思い出ー。










 久しぶりの集まりで、例の女の子が結婚するらしい、と聞いた。お相手は自衛官。写真を見せてもらったが、逆立ちしたって勝てないくらい精悍な顔立ちをした好青年。これで一つ年下だというから、つくづく自分磨きをしてこなかった己の情けなさが身に染みる。

 別に恨みつらみもなく、招待状が届いたら喜んで式には参列するし、寄せ書きやビデオメッセージだって引き受けるのもやぶさかではない。とはいえ、それはぼく自身が何かを清算した気になるだけで、彼女にとってはぼくの気持ちなど何の意味も持たないだろう。二人の関係はあの日の博多駅で終わって、二人別々の道を歩き出した。彼女は夢を叶え教師になり、ぼくは会社員。別々の土地で、別々の恋をして、彼女が先に伴侶を見つけた。きっと幸せな家庭を築くだろう。

 だから、あの恋の話はこれでおしまい。『アマガミ』をプレイしたPS Vitaも遊ばなくなって知人にあげてしまったのだけれど、この季節になると絢辻さんのことを思い出し、それから歳を重ね数々の恋愛の失敗を酒のツマミにして消化するようになり、それを「大人になる」と呼んでいいのだろうかと考えながら、一人博多の夜を歩いた。

※本noteは、お題企画の投稿記事です。
※本文中の画像は全て「アマガミ 公式サイト」様より。

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