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わたしのはたらくを作る記録 06 | 社会的評価や成果を諦める

いつものように夫に活動の話を聞いてもらった。今回の話し合いをまとめるとこんな感じ。

❶なんでもやってみたらいいと思う。
ダメならやめればいいんだし、 
やりたいと思ったことを、もっと気楽に
なんでもやってみたらいいと思う。
❷ 社会的評価はもう…諦めよう。笑
❸君の暮らしの話はすごく面白いから、
もっとしたらいいのにって思ってる。


自分の中にある〝まったく新しい働き方〟で何らかの成果を出して、研究の根拠を太くしたい。この在り方でちゃあんと上手くいくって手応えを感じたい。そんな気持ちから社会的成果や評価が欲しくなる自分がいた。急いで成果が出て欲しいと思う自分がいた。

研究理論上それでは辻褄が合わないことは分かっているけど、この研究が始まってもう3年経つし、そろそろ何か手応えが欲しいと焦る気持ちから、ついついそちらに気持ちが寄ってしまっていた。



先日にも、ここは出てきていて、その時はそもそも〝まったく新しい働き方〟の〝入ってくるルート〟の内の95%くらいを自分で拒否していたことに気づいた。5%の、〝自分の力で、頑張ってお金を得る〟という…むしろ今の働き方だけで成果を出そうとしていたことに気づいたところだった。

この話はしていなかったけれど、夫も「社会的評価はもう諦めよう!」と言った。そういうものから降りよう。降りよう。としてきたつもりだったけれど、きっと、私はものすごく執着していたんだなぁ。

それは、社会でうまくやれなかった劣等感かもしれない。自分は何も成し遂げたことがないという無価値感や無能力感かもしれない。この研究でこの社会の役に立たねばという責任感かもしれない。色んな想いがあるとは思うけれど、丸っと全部手放せたらいいなと思う。



社会的成果や評価を欲しがる私がここにいる。その私は必要があって、私の中にいる大切な私の一部。内なるアベンジャーズのメンバーだ。この子がどんな役割りを担ってここにいるのかは、今はまだわからないけれど、ぎゅっと抱きしめて。この子も丸っと抱えて一緒に行こう。

この子も一緒に、この子と一緒に。私の中にある、求めてしまう、社会的成果や評価への未練(未完了)を終わらせていこう。





#わたしのはたらくを作る記録

/ 𝟤𝟢𝟤𝟦𝟢𝟪𝟤𝟫


ことごと紡ぐ、






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