見出し画像

食事をすることとセックスは似てる

(上のショートストーリーもよかったら・・・)

恋愛対象に何を求めるかと言われれば、迷わず「食の好み」と答える。肥満なのか、鍛えているか、薄毛なのか、フサフサなのか、この年になるとそんなことはどうでもいい。ルックスなんて、眼と鼻と口がついていれば、大差ないとさえ思ってしまう。そんなことで条件をつけるぐらいなら、私が見たいのは、生きてきた人生と価値観だ。

 20代そこそこは、価値観だってジェットコースターのように変化する年頃で、影響されることも影響を与えることもできる。でも、人生の後半に差し掛かる40代以上はちがう。すでに生きてきた人生が、表情筋に埋め込まれ、会話をするたびにその人の生きてきた日々がうっすらと漂ってくる。この表情筋に合わせるように、もう変更の効かない価値観がずっしりと体内にプログラムされていて、人生と価値観は合わさって、口から目から体臭から溢れてくる。

 「食の好み」は年輪にも似ている。取り繕っても、ボロが出る。グルメを気取ってたって、無駄だ。予約の取れない高い鮨屋に連れて行かれても、握りを見つめる視線や、口に運ぶ動作、噛み締める顔に人生が出る。絶妙な包丁の入ったまぐろの切り身の最後の瞬間を思いながら、気持ちが萎えてしまうことだって、今までも多々あった。

 初めてのデートで、到着した店は、ドアに白いレースがついたカジュアルなイタリアンだった。カウンターとガラス越しに見える調理場は、すっきりと整理され、てきぱきと動く姿から、ここは美味しい料理を出すお店だと感じ取ることができる。

カウンターの席に座り、店内を見渡していると彼から「ワイン何飲みたいい?」と唐突に尋ねられた。料理も決まってないのに、不躾な質問だと思いながら、「うーん。普通に飲むならピノノワールとか、でも今日は何がいいでしょうね。」と屈託のない笑顔で返したものの、40代の小賢しさが見え隠れしたのではないかと、慌てて、紙に書かれた本日のメニューに目を落とした。彼は どんな風にメニューを選択するのだろう。

ひと呼吸おいて、「わかる。まずは料理が決まらないと何が飲みたいかは決まらないよね。」そう答えが返ってきた瞬間に、単純にも「好きだ」と思ってしまった。女子は単純だ。自分と同じ思考回路を相手に見出した瞬間、すぐ好きになる。

その日のメニューの選択肢は、完璧だった。最初の乾杯の泡に合わせた軽い魚介とフルーツのサラダを食べながら、お互いの食欲を探った。
 食事の時に、「何でもいいよ」という人間は、セックスがド下手だと思う。メニューを見ながら想像をかき立て、自分の胃袋と食欲を確認する。次に、相手の食べたいメニューとひとつひとつ合わせながら、お互いが最高に満足できるオーダーを決めることは、お互いに満足できる心地いいセックスと似ている。

 丁寧にメニューを眺めながら、私たちは、半熟卵を使った温かい1品、イワシのソテー、メインの牛肉をチョイスした。あえてイワシを選ぶ好みも、メインを赤身のミネラル感の強い牛肉を選んだことも、いつの間にか、呼吸が合わさっているようで、それぞれの皿が届くたびにドキドキとする。
 途中フランスの華やかな赤ワインに切り替えながら、私たちの食欲は止まらない。気がつけば、レストランにきた時間から、2時間以上経過していた。メインの牛肉を食べ終え、ひととおりの会話が落ち着き、ふと彼と目が合って、おかしくなって笑ってしまった。
「グラッパも飲めるよね?」とお店の自慢のレモンチェッロを頼みながらこちらをむく、少し酔ったような彼の笑顔が可愛くて、おじさんと思ったことを反省した。

お店を出たら、さらに気温が下がっていた。「まだ時間あるなら、もう一軒よって行こうか?」そういう彼の言葉に、「うん」と元気よく答えた瞬間、いかにも当たり前のように手を繋がれて、びっくりして、思わず下を向いた。自分の態度にびっくりしながら、ふんわりと酔った頭で肉を咀嚼していた彼の髭の生えた口元を思い返していた。

言葉を紡ぐ励みになります。頂いたサポートは、本の購入に使わせていただきます。