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8年という時の流れを感じながら(国立西洋美術館にて)

とある秋晴れの日、私は国立西洋美術館に向かっていた。現在開催中のキュビズム展に行くためだ。ちょっとまだ紅葉には早いものの、ちょうどよい気候と少しだけ色付いた葉に秋の始まりを感じた。

いつかの秋晴れの日の新宿

今回のキュビズム展はパリのポンピドゥーセンターから50点以上が初来日しており、日本では50年ぶりとなる大キュビズム展だそう。

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ポンピドゥーセンターと聞いて思い出した展示がある。2016年に東京都美術館で開催されたポンピドゥーセンター傑作展だ。

恐らく、記憶が正しければ生まれて始めて一人で美術館に行った展示がこのポンピドゥーセンター傑作展だったと思う。

以前は、趣味や好きなことを聞かれても「アートが好き」「美術館に良く行く」とはっきりと言うことを少し躊躇っていた。理由はよく分からないけれど、20代前半の頃、自分の休日の過ごし方を初対面の人に話すと、「何だか難しそうだね」とか「若いんだからもっと外で遊べばいいのに」と言われることが多くて何だかあまり正直に自分が好きなことを言う気が失せてしまったのもあると思う。分かってくれる人だけ分かってくれればいいや、という気持ちだった。

30代を迎えて「美術館に一緒に行きたい」「おすすめの美術館を教えて欲しい」と言われることが増えてきて、何だか嬉しい。ああ、変わらず好きなことを大切にしてきて良かったと思う。

さて、東京都美術館のポンピドゥーセンター傑作展に行ったのは、恐らく社会人1年目の頃だ。私の生まれ育った地域には、ほとんど美術館というものがなく、それまで片手で数えるほどしか行ったことがなかった。

学生も終わりを迎える頃、友人から1枚のポストカードをもらった。ウィリアム・ターナーというイギリスの画家の風景画だった。海に1つの船がぽつんと浮かんでいる、とても綺麗な絵だった。「こないだこの展示に行ってきたからあげるね」とお土産にもらったのだ。

いつかの秋

それまでほとんど美術館に行ったことはなかったのだけれど、その1枚の絵をきっかけになんとなく美術館に行ってみたい、と思うようになった。今思えば、元々音楽をずっとやっていたので、何となく芸術の延長線上という感覚であまり抵抗はなかったし、テレビでゴッホやモネの特集を見ることも好きだった。

それから何度かその友人と美術館に行くようになり、そして学生の残りの期間、私は都内の博物館でアルバイトをした。チラシのラックには、これから開催される様々な美術館や博物館のチラシがあり、それらを眺めることも楽しみの1つだった。

今は休館中の三菱一号美術館、とても好き

そして、アルバイトをしているときに見つけたチラシが、東京都美術館でのポンピドゥーセンター傑作展のものだった。恐らく、アルバイトをしていた頃から半年以上は先の開催だったと思う。その頃は、半年先の自分が何をしているかなんて全く想像がつかなかった。しばらくしたら一人暮らしを始め、就職する予定だったからである。それでも、少し先に人生の楽しみがある、というのは何だかとても新鮮で嬉しかった。

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それからの日々は、めまぐるしく過ぎていった。一人暮らしを始め、配属先が決まり、春は瞬く間に過ぎていった。右も左も分からないまま、無我夢中で仕事をしているともうあたりは暗くなっていた。

懐かしのチラシたち

ようやく秋くらいにはなんとなく仕事にも慣れ、一人暮らしの生活にも慣れ、自分の心の余裕ができていた。

初めて1人で行ったポンピドゥーセンター傑作展は、その頃の私がまだ知らない画家ばかりで、夢中で最初から最後まで眺めた。今見ると、マティスやシャガール、ピカソ、ボナールなんかの作品が揃っており、さすがは傑作展という名がつくだけあるなぁという感じである。
特に気に入ったのは、ロベール・ドローネーの《エッフェル塔》という絵だった。柔らかな色合いに惹かれ、ついグッズも買ってしまった。

それから、私は休みの日の度に様々な美術館を回るようになった。東京には数え切れないほどの美術館があったし、友人と箱根や横浜の方の美術館まで足を伸ばしてみることもあった。はじめの頃はさっぱり分からなかった美術史がなんとなく、分かるようになってくるとより楽しくなってきた。

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もうあれから何年が経ったんだろう?展示室の中でロベール・ドローネーの《パリ市》を眺めながらぼんやりと考えた。そう、8年前に私が食い入るように見つめていた《エッフェル塔》の画家の作品だった。初来日で4メートルほどもある、この《パリ市》は実際に会場で見るとものすごい迫力だった。

ロベール・ドローネー《パリ市》

この8年で私は名前も住む場所も働く場所も変わった。もちろん、変わっていないものもたくさんある。変わらず付き合ってくれる友人たち、好きなもの、大切にしている気持ち。ゆるやかに変化していくもの、変わらずそこにあり続けるもの、そのどちらも愛おしい。

この絵は、100年以上経ってもなお、色褪せることなく残り続けている。

そして、もう1つ、今回はっとさせられた作品はソニア・ドローネーの《ル・バル・ビュリエ》だ。何だか聞いたことのある名前だなぁと思っていたら、ロベール・ドローネーのパートナーの方だった。夫妻も通ったモンパルナスのダンスホールで踊る人々。色鮮やかな色彩に惹かれてしばらくその絵の前に佇んでしまった。

ソニア・ドローネー《ル・バル・ビュリエ》
この絵全体の柔らかさと色鮮やかな雰囲気がとても好み

帰り道、8年前に見たロベール・ドローネーの《エッフェル塔》を思い出しながら、秋の上野公園を歩いた。今の私はあの頃思い描いていた私だろうか?それとも想像より遥か上なんだろうか?

あの頃は、全く思い描くことのできなかった30代が、ゆっくりと、確かに始まっている。




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