テレビの向こうにあった世界
雪が降る地域へ越してきて初めての冬が来た。
朝目が覚めて、窓の外が本当に銀世界になっていた時のちょっとした衝撃は忘れられない。窓に張り付いて「ニュースで見た世界や…」と目を見開く私はきっと小学生のような顔をしていただろう。
今日も雪で世界は白く冷たくなっていたが、どうしても銀行の窓口に行かなければならなかった。
これまでの人生で数えるほどしか乗ったことのない「バス」に乗るべく、最寄りのバス停へと向かう。
雪はふわふわと落ちてくるのに、傘に当たる音は雨とあまり変わらないのだな。なんて些細な発見をしながら、ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる。
スキー場でしか味わったことの無い独特な感触だ。
なんとなく自分の足跡が続いているか確認したくなってフッと振り返ってみた。
「あ、かかとを擦りながら歩いてる」
足跡で自分の姿勢の悪さに気づけるとは。
バス停に着くと屋根があったので傘を畳む。しかし、雪は雨と違ってなぜか身体に向かって進んでくる。もう一度傘を指そうかと考えたが、私につられて傘を畳んだ女性への裏切りになるような気がしたのでやめた。
そうこうするうちにバスが到着した。
馴染みのない乗り物に乗って、馴染みのない真っ白な世界を進んでいく。
まるでいきなり異国に迷い込んでしまったような気分だ。
「ああ、私はとんでもない世界に来たぞ」
…と今更になって小さな絶望を噛み締める私の気持ちなど、雪は気にもとめていないようだった。
しかし不思議なもんで、雪が落ちていく様子はよく見えるのに、地面にいつ着地しているのかよく見えない。
地面をスっと通り抜けて、誰も知らない地下の世界にも雪が舞い降りてたりして。ケーキみたいにカットして横から見たら面白いだろうな。
1人でウロウロしてみてわかったが、どうやらこの場所が私にとっての故郷になるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ちなみに銀行では手続きがうまく行かず、また後日訪問しなければならなくなった。一歩進んで二歩下がる、とはまさしくこのことか。
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