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【短編小説】復讐の激辛 (前編)


「ごぎがががっ、ほげー」
発出珠代はつでたまよが、苦悶の表情を浮かべる。これはもう限界だろう。
彼女はあまりの辛さに、口がきけなくなっている。
「珠代さん、ギブですか?」
司会者の問いかけに、うなずくのがやっとだ。
——よし
アホロートル田西たにしは心のなかでガッツポーズを取った。
田西自身も口の中に凄まじい辛さが残っている。だが、まだまだ頑張れる。
頑張れなくても、頑張らなければならない。
——初代サバイバーは俺だ。
残りはあとひとり。
田西はスタッフが用意してくれた冷水をグッとあおった。

〈激辛サバイバル〉に出てみないか。
 世話になっているプロデューサーからそう声をかけられたとき、これはチャンスだと思った。
 四人のチャレンジャーが激辛料理に挑戦し、最後まで残った者が〈サバイバー〉の栄冠を手にすることができる。優勝賞品は『なんでもひとつ望みを叶えてあげる』なのだ。出演に際してアンケートに答えたが、「優勝したら何を望むか」をあらかじめ回答させられた。
 ——冠番組をもちたい
 模範解答だと、田西は自負している。お笑い芸人としては充分知名度がある。それなりの結果も出してきた。〈冠番組〉はけっして不相応ではない。

 この日のチャレンジャーは、アイドル歌手と最近落ち目の女優、そして一般人。
 アイドル歌手は問題ではなかった。もともと最近発売になったアルバムの告知を兼ねての出演だったから、一回戦で脱落した。
——これはシナリオ通りだ。
二回戦は発出珠代という女優だった。昔は人気女優だったようだが、すっかり落ち目になり、再起をかけてのバラエティ出演。プライドが高いのが災いし、醜態をさらしての敗退。
——あんたの時代は終わった。
あとはあの一般人だけだが、こいつ普通じゃない。
〈激辛サバイバル〉は一般人の出演も可能だ。オーディションにパスすれば誰でも挑戦できる。とはいえ、応募してくるのはユーチューバーだったり、ブロガーだったり、それなりの下地があって、完全な素人は集まってこない。
ところが伊藤秀いとうひでというこの一般人は違った。検索してみたが全くヒットしない。ということは本当の意味で一般人だが、手強いことに激辛料理にまったく動じないのである。
 〈激辛サバイバル〉は、レベルが高い。有名な激辛料理専門店が協力しているため、出てくる料理が半端ではない。そんじょそこらの激辛とは比べものにならない料理を口にしなければならないのだ。いまだサバイバーが誕生しないのも、ここに理由がある。にもかかわらずこの一般人は今までのところ、モクモクとクリアを続けている。リアクションも「別に大丈夫です」としか答えない。
 顔色ひとつ変えずに、スパイスで真っ赤に染まった料理を平らげていく様は、もう立派なホラーだ。
——対策を考えねば
素人に負けてたまるか、田西は感情が高ぶっていくのを感じた。

発出珠代が敗退したタイミングで、収録はいったん中断、休憩タイムとなった。
スタッフが次の料理を準備しているなか、田西はプロデューサーに近づいていく。
「お疲れ様です」
「よう、お疲れ。どうよ、大丈夫」
「冠番組のためですから」
プロデューサーの笑顔は、否定なのか、肯定なのか。
「ところで、あの素人ですけど……」
伊藤はいま、搬入口の側でパイプ椅子に座っていた。
「あいつ、ほんとに素人なんすか?」
「うん。オーディションでさ、軽く料理食わしたんだけど、反応がさ。全然感情が入ってなくて、逆にそれが面白いから、採用した」
「ユーチューバー?」
「いや違う。普通の会社員。激辛もそんなに得意じゃないって」
「でもやっぱり、番組的には素人の優勝ってNGっすよね」
「どうかな、面白ければありだと思うよ」
 プロデューサーの態度は想定内だった。
 「まあ、面白くさせますよ。それじゃあ」
プロデューサーから離れると、田西は伊藤に近づいていった。
 「やあ、伊藤さん、だっけ。おたくすごいね」
 伊藤は立ち上がると、深々と頭を下げた。わざとらしい、と田西は感じた。
 「どう、勝つ自信ある?」
 「どうでしょうか。分かりません」
 相変わらずの無表情だった。
 気持ち悪い奴だと田西は不快になる。とっとと脅して話を終わらせよう。
「あのさ、分かってないみたいだから教えてあげるけど、素人……」
「わたし、アホロートルのライヴ見に行ったことあります。相方の古西さんがまだ生きていた頃の」
「えっ」
 不意を突かれて、田西は言葉に詰まる。
「古西さん、本当に残念でした。まさか自殺なんて」
アホロートルはもともとコンビだった。ところが田西がソロで売れるようになり、やむなく解散。その後相方だった古西こにしあきおは自殺してしまったのだった。
「ぼくはどちらかというと、古西さんの方が好きだった」
田中の言葉は、田西にとっていやな記憶をよみがえらせた。
「きみっ、失礼じゃないか、田西は自殺だ。自分だけ売れなくなってそれを苦に自殺したんだ」
「あの、何をムキになっているのですか? 私何も言っていませんけど」
田西の大声に、スタッフもこちらを見ていた。
「大声を出して悪かった。でも相方の死は未だに気持ちの整理がついていないことだから……」
「ああ、思い出した。確か、週刊誌に書かれてましたね。コンビとして人気が出ないのは古西さんのせいだと、あなたが罵倒したせいで不仲になり、解散。そして彼は自殺してしまった……」
田西の顔は怒りで、真っ赤に染まっている。
「あの記事、ほんとかどうか分かりませんが、あなたはいまはこうして人気者なんだから良かったじゃありませんか」
「おい、おまえ」
田西の声は震えていた。
「なんですか、大槻新太おおつきあらたさん?」
田西は息をのんだ、〈大槻新太〉は田西の本名なのだ。
伊藤は田西に顔を近づけると、囁いた。
「わたしはある人に頼まれて、あなたを潰しに来ました。どうぞ覚悟なさってください」
伊藤はそのまま離れていき、近くにいたスタッフに、トイレに行くと伝えて、スタジオを出て行った。
取り残された田西はただ立ち尽くすしかなかった。追いかけて、あの一般人を殴るという行動もできない。
なぜなら、週刊誌の記事はすべて事実だったからだ。

後編に続く

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