新入生歓迎会で、新入社員による余興の中で、ナガオ君が歌った松山千春さんのギターの弾き語りはピカ一だった。


彼のギターが終わっても拍手が鳴りやまなかった。

当時は、松山千春さん、長渕剛さん、さだまさしさんなどのフォークソングが大流行していた。


ステージの脇で順番待ちをしていたのり子は初めて聴くナガオ君の弾き語りに心が打ち抜かれてしまった。

この余韻をそのまま持ち帰りたかった。

しかし次はのり子の番だった。


高卒で入社したてののり子はその頃まだお化粧をしたことはない。だから毎日素顔で出社していた。同期の女子たちはすぐにお化粧に慣れていったがのり子は「二十歳になったらお化粧をしよう」と心に決めていた。


そんなのり子がステージに出てきた。

黒い長髪をイメージした薄い黒色の布を頭に巻いていた。
普段素顔ののり子は眉、アイシャドー、ファンデーション、頬紅、口紅をしていた。

ノースリーブの白のシルクのロングドレスと白いパンプス。

このロングドレスとパンプスは高校時代に所属していた合唱団の定期演奏会用の衣装だった。

肩には白色の大きな薄い布が止めてあり、その布の端を両手で持っていた。


普段お化粧をしないのり子が、派手なお化粧をしてしかも白のロングドレスで現れたから、会場はドッと歓声が上がった。


のり子は恥ずかしかった。
あーぁ、こんなこと、申し込むんじゃなかったと気落ちした。


しかし、出ると言ってしまった手前、それを覆すのは不誠実だと思っていたから、とにかくこの場をやり過ごそうと観念した。




ジュディオングさんの「魅せられて」の曲が聴こえてきた。そこでまたドッと歓声が起きた。


♪南に向いてる窓を開け～♪
レコードから流れる歌に合わせてのり子は口パクをした。


最初、それがのり子の声だと勘違いした人たちから拍手が湧いた。


歌に合わせて振り付けをしていく。

そして
♪私の中でお眠りなさい♪
のところで、目の前に両手を持って来て両手でつかんでいた白い布をパッと放した。
その瞬間、会場からはまた大きな歓声があがった。


のり子は恥ずかしくて恥ずかしくてその場から立ち去りたかった。肝が据わっている人だったらそこで快感を得るだろうが、意気地なしののり子は逃げ出したい気持ちだけだった。

それでも最後まで引きつった笑顔でやり切った。自分では堂々とステージを退場したつもりだったが、恐らく、そそくさと逃げるような格好になっていたかもしれない。


とにかくミッションは終わった。

普段、化粧っ気もなくおとなしくて真面目な女の子が、突然ステージで「魅せられて」の物まねをしたのである。
化粧になれていないのり子はたぶん、とてもどぎつく変な顔をしていただろう。


なんか知らないけど会場はその後もザワザワしていた。


そして、全ての演目が終わり、良かった人たちに賞を下さることになった。
下の賞から発表があった。

のり子は絶対、「最優秀新人賞」はナガオ君だと思っていた。彼以外はいない。

すると第二位でナガオ君が呼ばれた。

「え？ナガオ君よりも良かった人っていたっけ？」

思い出そうと天井を見ていたら「最優秀新人賞」の時にのり子が呼ばれた。


えー！
私―！
ナガオ君の方がダントツだったじゃないー！
えーっ！


頭の中が混乱した。
しかし、やっぱりのり子が呼ばれていた。
あんなに素敵な弾き語りだったのに、ただのヤッツケの自分がナガオ君を差し置いて最優秀新人賞なんて、申し訳ない。


のり子は嬉しさよりもナガオ君に申し訳ないと思っていた。





その後、「あの子、なんか面白いヤツ」と思われるようになった。
全く面識のない売り場の男性社員から社食で声を掛けられたりした。


のり子はその後も相変わらず素顔で仕事を続けた。



のり子の会社には労働組合があり、各店舗にその執行委員がいた。
ある日、その労働組合から「事務を担当していた人が近々退職するから、山田さん、労働組合、やってみないか」とお声がかかり、そういうお声がけは嫌でもお受けするものだという常識だったのり子は労働組合の仲間に加えさせていただいた。


労働組合のメンバーは、普通の人と少し違っていた。
彼らは話すことが先進的で、一般の従業員よりも一次元上で考えている気がした。そんな方々のお話を聞いてのり子も少しずつ勉強になっていった。



長くなりましたので、続きは次回にいたします。



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～最優秀新人賞は誰の手に～
未来を知るためにネガティブな過去を洗い出す