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波打つ書類~パワハラ~(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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「あ!危ない!」

のり子が水を飲もうとタンブラーに左手を伸ばした時、服の袖が左に置いてあった書類に引っかかり、その書類がずれて、つい先ほどたっぷりな水を入れてきたばかりのステンレス製のタンブラーが傾いた。

書斎の床はあっという間に水浸しになった。
机の引き出しから床へポタポタと水がしたたる。
机の上に置いていた書類が水にぬれて波立ってしまった。

ピンクの付箋は触れたところだけ色が濃い。
靴下にも少しついて足が冷たい。


雑巾を持って来て床や引き出しを拭く。
想像以上に濡れてしまった。
大事なデータが入ったSSDには水がかからなかったのは不幸中の幸いだった。


気を付けよう。

床を拭きながらのり子はふと、20年前の美智子さんのことを思い出していた。





当時、勤めていた会社には女性4人、男性1人が勤務していた。

のり子たち女性4人はとても仲が良かった。
その中でちょっとふくよかで、ころころと笑う美智子さんがいた。

彼女はのり子より2年遅くその会社に転職してきた。
明るい性格の彼女はすぐに職場の雰囲気に慣れていった。




ある日、彼女はトイレに頻繁に行っていた。
お腹が弱いのり子は美智子さんのことを案じた。

「そういう日もあるよね。」

そう思っていた。


しかし、何度目かのトイレから戻った彼女に社長は
「トイレは〇回までにしてください。」
と苦々しい顔でおっしゃった。

私たち女性は耳を疑った。
人間だもの、体調が思わしくない日もあるでしょう。
特に女性は毎月、体調の変化があるのに。

社長の心無い言葉に私たちはがっかりした。



その後、なぜか社長は美智子さんに事あるごとに小言を言うようになった。

それは私たちからするとどうでもいいようなことが多かった。


鼻をかむ時はもっと静かに。
付箋の貼り方が雑。
あまり笑わないように。


こんな、どうでもいいことを社長は美智子さんに何度も言っていた。


社長だったら何を言っても許されるのか。




あの頃、男性社員が一人いた。
女性陣からみると、彼こそ社長から注意を受けるべき人物だと思う。

彼は居眠りの常習犯だ。
あなたは一般的な事務椅子の背もたれが、45度近く右に曲がったのを見たことがあるだろうか。


彼は背もたれによりかかりいつも居眠りをしていた。
巨体の彼を支えていた背もたれは、身体をねじって寝ているためにどんどん曲がって行って、どうしたらそうなるのかと思うほど、椅子の背もたれは45度近く右に曲がってしまったのだ。


普通の人だったら彼を注意してあたり前と思う。
女性社員の鼻をかむ音を注意する、こそくな社長はどうしたか。


「最近飲んでいる薬に、眠くなるものが入っていると言っていたなぁ。」
と誰に言うでもなく、私たちに聞こえるようにつぶやき、そして胸に差していた櫛を出して寝ている彼の後ろに立ち、寝ぐせで絡まっている彼の髪をすいた。


のり子たちはそんな社長と息子を心から軽蔑していた。
当時、女性社員だけで近くの喫茶店に行き、いつも社長や息子へのうっぷんを晴らしていた。




ある日、美智子さんがPCの近くに置いていた飲み物を倒し、PCを交換しなければならなくなった。
誰にでも起こりえる事故である。
美智子さんは平謝りしたが社長は美智子さんを強く叱責した。


(あんたの息子はどうなのよ。)

のり子たちの心の中は真っ暗だった。


その後、美智子さんは社長からの執拗な言葉に耐えられなくなり辞めていった。

その後、一人、また一人と辞めて行き、のり子が最後に辞めてその事務所のメンバーは一新された。





その後、仲良し4人が集まって近況を報告しあった。
美智子さんは出逢った当時と同じくコロコロと笑う素敵な女性に戻っていた。





テーブルの脇には水で濡れて凸凹になった用紙がたくさんある。
また印刷し直せば済むこと。


美智子さんたち、どうしているかな?
また会いたいな。


乾ききっていない波打つ用紙を眺めながら
のり子は美智子さんたちと過ごした日々を思い出していた。







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波打つ書類~パワハラ~(ショートショート)

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