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重なった偶然(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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『今日は何が食べられるかなぁ。
どんなところかな。楽しみ~。』


より子は歩く姿をショーウインドウでチラ見しながら足早に歩いた。

今日の為に美容院で髪の手入れをした。
ネイルも綺麗に施されている。

『今日も綺麗だね、私。』

心の中でつぶやく。



予定の時間まであと3分。
ふぅ~、間に合った。


『遅くなりました。今、約束の場所に着きました。グレーのバッグに紺色の傘をもっています。』
より子はラインを送り待ち合わせの銅像の前に立った。


『私はもう少しでそちらに着きます。』

すぐに相手から返事が届いた。
その返信の早さにより子は誠実さを感じた。



今日は『一緒にお食事をする』というアプリで知り合った人と昼食をとる約束になっていた。
お互い顔は知らない。
何度かのやり取りをしてなんとなく気が合いそうだったから今日、お会いすることになったのだ。


これまで数回のやりとりの中で、より子がどんな女性なのかを知らせていた。
身長は165㎝くらいで学生時代は運動部に所属していたから中肉中背、髪はロング。
20代前半。金融機関に勤めている。


一方、相手は30代前半、身長175㎝くらいの海上自衛隊員。


左の腕を内側にねじって腕時計を見る。
約束の時間になったが彼らしき人はまだ来ない。

より子は目にゴミが入ったようで目がゴロゴロしてきた。

公衆の面前で鏡を見ることははしたないので、より子はその銅像の後ろへ少しの間隠れることにした。

後へ移動する際、少し小太りの40代くらいの女性とすれ違った。




より子が銅像の陰で目のあたりを見ていると彼からラインが届いた。


『君がそんな嘘つきだとは思わなかった。今日のことはなかったことにしたい!さよなら』

えっ!
どういうこと?


より子は鏡をバッグに収め、銅像の陰から出てあたりを見回した。


あぁ、そうか。


より子は全てを把握した。


より子が銅像の前から移動した時にすれ違った40代くらいの小太りの女性が銅像の前に立っていた。


彼女の持っているバッグと傘の色が、より子と同じ色だったのだ。
より子と同色ではあったが、より子は無地のバッグでその女性はいかにもブランド品を主張するバッグだった。
ブランド品のバッグは残念ながら彼女の服装とうまく調和していなかった。

より子はブランド品にはこだわりはない。それよりも自分に合っているかを基準にしている。


その女性はただ髪が長ければいいというような感じで、手入れが行き届いていないロングヘアだった。


たまたま、似たような格好の女性二人の場所が入れ替わっただけ。

そんな彼女を遠目で見た相手が、顔が見えないアプリを悪用して、都合の良い嘘をこれまでより子がついていたと相手は勘違いしたのだろう。



ただ、いろいろな偶然が重なっただけ。
その女性がどんな格好をしていようがより子には関係のないことだった。





より子は一瞬、事の次第を話そうと思ったが
あえてそれをしなかった。



これはお互い縁がなかったこと。
追いかけるほどの縁ではないのだ。
それだけのこと。





「さぁ、何食べようかな。」


枯れ葉がより子の傘に飛んできた。
今の気持ちを暗示するようにより子はその葉を傘の先で振り払った。



先ほどまでのジトッとまとわりつくような空気はなくなり、サラリとした風が頬を撫でる。



ロングヘアの先が肩より後ろでなびきながら、より子は雨上がりの歩道を大股に歩き始めた。









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