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歩くダイヤモンド(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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※note毎日連続投稿1700日をコミット中! 1630日目。
※聴くだけ・読むだけ・聴きながら読む、
どちらでも数分で楽しめます。




おはようございます。
山田ゆりです。

今回は
歩くダイヤモンド(ショートショート)
をお伝えいたします。




「すみません。仕事の関係で15分ほど遅れます。」
エリは相手にラインを送った。

「分かりました。大丈夫です。」

顧問先からの電話が長引き、エリは会社を10分位遅く出た。
今日は週末。

一緒にお食事をするだけの相手を見つけるアプリで
今日は初対面のその人とお食事をすることになっていた。
目的はあくまでも食事をするだけ。
それ以上のことはお互い求めないことを約束している。


信号機が青になった。エリは横断歩道を駆け足で渡ろうとした。
ふと、杖をついたおばあちゃんがのんびり歩いているのが見えた。
その歩き方だときっと信号は赤になってしまう。

白髪で背中が少し丸くなって歩くその姿は、2年前に亡くなった祖母を思い出させた。


「お荷物、お持ちしましょうか?」
エリはとっさにその方に近寄り声を掛けた。
「ありがとう。」
おばあちゃんは顔を上げ、しわ皺の顔を更にくしゃくしゃにして微笑んだ。

エリはおばあちゃんが手に持っていた荷物を右手で受け取り、左手をおばあちゃんの背中のあたりにあてて周りを見渡しながら一緒に歩いた。

おんぶしてあげたかったがエリはそこまで体力がない。
しかも今日はおめかしをしていて、ハイヒールだった。
信号機は青が点滅しだした。たぶん、間に合わないだろう。
でも、赤の横断歩道をおばあちゃんが一人で渡るよりは、大人の私が一緒なら少しは車を運転する人からは目立つかもしれない。

と、思っていたら、突然、後ろから声がした。

「お手伝いしますよ。」
そう言って、その人はおばあちゃんを軽々抱え上げ小走りに走り出した。
エリも彼につられて走り出した。

そして信号を渡りきった彼はおばあちゃんを静かに下ろした。
「良かったですね間に合って。」

歯並びの良い白い歯が、ニーッと笑った大きな口から見えた。
彼はそう言うと何事も無かったように去っていった。
引き締まった上向きのお尻が印象的だった。


一言二言、言葉を交わしたエリはおばあちゃんと別れ、待ち合わせの場所に着いた。
10分位遅れると予想して15分遅くなると相手に伝えていたが、
それより5分遅刻し、結局、最初の約束より20分遅れてしまった。


エリはあたりを見回したがそれらしき人はいなかった。
ラインを送ったら
「約束の時間に遅れるなんて、君、ほんとは僕と会う気がなかったんじゃない?期待させておきながらドタキャンするタイプか君は。そんな人はごめんだ。」

なんと断られてしまった。

エリは言い訳はせず、丁寧に謝り、ラインを閉じた。

「ふん、たかが20分遅れたからって何よ!そんな人、こちらから払い下げよ!」

足早にエリは歩いていった。
いつもなら時間通りに上がれるのに今日に限って、顧問先様の電話が長引いてしまった。
今日は美味しいお食事が食べられると思っていたのに。
今日は運が悪い。帰ろう。

でも、最初から会う気もなかったと勘違いされて、無性に腹が立った。

エリは怖い顔でさっそうと足早に歩いて行った。

するとエリを呼び止める声がした。
「何?ナンパなら他の人にして。私、今、とても腹が立っているんだから。」

その男性は
「どうしたの?何があったんだい?良かったら僕が話を聞いてあげるよ。」

「いえ、要らないです。今、虫の居所が悪いので、人に気を使っている余裕がありませんから。」
世の中の男と言う男どもとはおさらばしたい心境だった。


「僕で良かったら話を聞くよ」
30代中ごろのその男性はエリに歩調を合わせながら語った。

エリはお腹が空いてきた。
「私、お金払いませんよ。まずかったら食べません。それでもいいですか?」
相手はにっこり微笑み、すらりとしたその男性とエリは近くのレストランへ入った。
席に着き彼が聞いてきた。
「何をそんなに怒っているんだね?」


エリは今日のことを話し始めた。
彼は両手の指と指の間を広げて、胸の前で全ての指先をつけるような動作をし
時々大きく頷いてエリの話をじっと聞いていた。


なんて大きな指なんだろう。
エリは彼の指が気になりながら話を続けた。


エリは一通り話をしたら気が済んだ。
お腹もいっぱいになった。


「どうして私に声を掛けたんですか?」
「こんな寒空で、ダイヤモンドが歩いている!と感じたんだ」


何てへんな人なんだろう。
ま、私の美しさは今日始まったことではないから、分かるけど。
お腹もいっぱいになったことだし
さぁ、帰ろう。


食事代は全部彼が払ってくれた。
そういう約束だったからとエリは自分に言い聞かせた。
一度築いた二人の距離は、そのままにしておきたかった。
ご馳走していただいたからといって、こちらから歩み寄りたくはなかったから。


女王様の気分でエリは分かれた。
別れ際、彼は「車代だから」と言って、小さく折りたたんだ紙幣をひと差し指と中指に忍ばせてエリにさりげなく渡した。

そして彼はタクシーを止め、エリひとり乗って走り出した。
彼はタクシーを見送っていた。


彼が見えなくなってエリは前を向いた。
不思議な人である。
怒って歩いている女性に声を掛け、食事をご馳走しながらただ話を聞いて
そして車代まで出してくれた人。

エリはこれまでそんな人に会ったことが無かった。
不思議な一日だった。



***
その日はエリのプレゼンの日だった。
数週間かけて作った資料は部長にチェックしていただき
その後、社内のミーティングで公開され、いくつか手直しをして
最善のものができた。

エリはお取引先のA社へ一人で向かった。
今日はくるぶしがちょっと見える丈のビジネススーツに身を包み
決め靴であるヒールの高いパンプスを履いていた。

カツカツと颯爽と歩くエリは、まさしく道を歩くダイヤモンドのようだった。

アポイントメントの5分前にA社の受付の方に名を名乗り
エリは指定された12階のフロアへ上がった。

エレベーターのドアが開いた。廊下は厚い絨毯が敷かれていて
この階が特別な階であることを証明していた。


エリは商談室1222のドアをノックした。
秘書の方が出迎え、奥の部屋へ通された。
数人の方が既に席についていた。

「株式会社〇〇の吉澤と申します。本日は△△のご提案にお伺いいたしました。」
エリは明るく挨拶をした。

一面ガラス張りの窓を見ていたその男性がこちらに振り向いた。

エリはハッとした。
あの時、エリを歩くダイヤモンドと言った人だった。
そして座っている方々を見てエリは更に驚いた。

あの時の横断歩道のおばあちゃんが白髪をきれいに束ね、上品な服装で着席していた。
その隣には、おばあちゃんを担いだあのお尻の美しい男性も座っていた。


「やぁ、またお会いしましたね。」
彼は椅子に座り、両手の指と指の間を広げて、胸の前で全ての指先をつけるような動作をしながらエリのプレゼンを静かに聞き始めた。







今回は
歩くダイヤモンド(ショートショート)
をお伝えいたしました。

本日も、最後までお聴きくださり
ありがとうございました。 

ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日をお過ごし下さい。

山田ゆりでした。








◆◆ アファメーション ◆◆
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