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忌憚のない意見とは何?(ショートショート)【音声と文章】

山田ゆり
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「これを3日後までに提出してください。」

アキ子に所長から社内アンケートが渡された。

それは会社をもっと良くしたいから皆さんの意見を聞きたい。忌憚のない意見を記入し、それを直接社長へ提出するように、という内容だった。

見ると、「今の給料に満足しているか。」「年収どのくらい欲しいか。」「その金額を達成するために自分は何をするのか。また会社はどうすれば良いのか。」「休日の日数はどうか。」など、3枚の用紙にビッシリ書かれている。

アキ子は一瞥し、それを脇に置き作業を続けた。



アキ子は入社間もない頃を思い出していた。
アキ子はいろいろな会社を転々としていた。

例えばA社は求人票では休日は「土日祝」なのに、「業務に慣れるまでは日曜日のみ休み」となっていた。

B社は、代表者が納品の場に立ち会って、必ず納品されたものに対して罵声を浴びせて苦情を言い、無理な値下げを強要する場面にアキ子は遭遇した。
隣の席の人に聞いたらそれは日常茶飯事のことだと言われた。

また、C社は入社したての頃、産廃法違反でその会社が摘発され多額の罰金を納めることになり、最終的には廃業した。

真剣に就職活動をしているのに、会社の本当の姿は求人票からは垣間見ることができない。
実際、入ってみないと分からないというところだ。


アキ子は今の会社に就職できた時嬉しかった。

地元では名の知れた会社であり何よりもアキ子がやりたい職種に就けたからである。


小学生の頃からアキ子は絵を描くのが好きだった。
その延長線上で高校はデザイン科を選んだ。
学校の授業はとても面白かった。

地元の商店街のポスターを制作したり警察署のマスコットデザインの募集に応募し、見事大賞に選ばれ、アキ子が考案したデザインのマスコットが町中のあちらこちらで見ることができた。


その後、都内のデザインの専門学校に進学し更に知識と技術を磨いた。

地元に就職するためにアキ子は就職先を探した。
しかし、アキ子が求める職種の募集はほとんど皆無だった。
きらびやかな都会で暮らしてきたアキ子にとって地元は時間がゆっくりと進んでいると感じた。

令和の時代なのに地元はまだ昭和の雰囲気が漂っていた。

アキ子は何度も就職活動をしたのちに、不本意だったが「一般事務」として入社していた。


今の会社は冬の時期、会社の前の広い駐車場の雪かきは女性社員の仕事だった。
ひざのあたりまで積もった時はさすがに男性社員もスノーダンプで除雪をするが、普段は男性社員はしない。

また、雪国の家庭では家に大きな灯油のホームタンクがあり、そこから各ストーブへと配管されているのが一般てきなのだが、今の会社は全て持ち運びができるストーブばかりで、つまり、イチイチ灯油をいれなければならない。そのストーブの数は5~6台だった。


重いポリ缶を持ちフラフラしながらストーブの近くに持って行って給油をするのも女子社員の仕事だった。
その間、男性社員は何をしているか。
男性社員はPCに向かって見積書を作成していたり雑談をしている。

男性に頼りすぎるのはいけないが、しかし、小柄な女子社員がふらつきながら重いポリ缶を持っていても男性陣は助けようとはしないその光景がアキ子には信じられなかった。

更に、朝の清掃は「みんなでする」のが当たり前と思っていたが、この会社は女子社員だけしかしない。
アキ子はこれまでの会社でモップを持った男性社員、雑巾で窓を拭く男性社員を見てきた。男女平等で掃除をしていたのである。

この会社の男性社員は掃除の時間、PCに向かっていたり、コーヒーを飲んでいたりしている。


これらはどうしてそうなっているかと言うと、この営業所の所長が決めたルールだった。

ある入社したばかりの男性社員が、灯油のポリ缶を重そうに持っていた女性社員を見て代わりに持ってあげた時があった。
すると、奥の机でPCを打っていた所長が
「A君、それは女子社員の仕事だから、君は自分の仕事をしたまえ」と言われた。


つまり、雑用は全て女性がするべきものだということだ。それがたとえ重いものでも。


アキ子はガッカリした。
しかし、やっと入った会社だ。我慢しよう。


一週間が過ぎた頃、にこやかに微笑む所長にアキ子は聞かれた。
「君も入って一週間が過ぎたが、どうだね、ウチの会社は。忌憚ない感想を聞きたい。」とおっしゃった。


世間知らずだったアキ子は
「はい、この会社は男尊女卑の会社だと思います。」とお答えした。


その後、アキ子は社長に呼ばれた。
社長室でアキ子は
「君はウチの会社が男尊女卑だといったそうだが、本当かね?」

大きなお腹をさすりながら社長はアキ子に聞いてきた。

これはまずい。
本音を言ってはいけない会社なのだ。
アキ子は瞬間的にたくさんの思いが頭の中で巡った。


転職ばかりで親には心配を掛けてきた。
そしてやっと、世間的には良い会社に入れて親も喜んでいる。
もう少し我慢しよう。


アキ子は自分の言葉を撤回した。
社長に謝りその後も仕事を続ける事ができている。


あれから十数年が経った。
相変わらず掃除も灯油の補充も女性社員の仕事になっている。


そして今、「会社を良くするためのアンケート」が配られた。


忌憚ないご意見をお願いします。


その言葉はアキ子には関係のないことだった。








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忌憚のない意見とは何?(ショートショート)

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