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生権力について考えるための読書

何か経験したことのない恐ろしいことが起こりそうな予感がして、以前読んだ『ペスト』を再読したのが2月の中頃のことだった。武漢のロックダウンと医療崩壊の壮絶なニュースを信じがたい想いで見つめてはいたものの、まだ遠いところで起きていることだと思っていた。それが、ダイアモンドプリンセスの乗客の感染、国内でのクラスター発生と、またたく間に、自分もその渦中にあることを知り慄然とした。

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『パンデミックとたたかう』押谷 仁/瀬名秀明

明日にも学校の臨時休校が要請されそうだという2月の終わりに、このままだとヨーロッパのように公共図書館の閉鎖も時間の問題ではないかと考えた、近くの図書館に足を運ぶと、すでに感染症をめぐる図書のコーナーが設置してあり、手に取った一冊が押谷仁氏の『パンデミックとたたかう』である。

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押谷氏の名前は、感染拡大の早い時期から東北大学のHPで、情報発信されているのを目にしていた。

【新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(押谷仁教授メッセージ)2020.2.4】
https://www.med.tohoku.ac.jp/feature/pages/topics_214.html

長く公衆衛生の最前線にいた押谷氏が考えるのは、感染の連鎖の先にある弱い人々のことである。感染者の多くは軽症ですむとしても、他の人に感染させることで感染の拡大が始まるかもしれない。近くでは、自分の家族や同級生、自分のすぐ隣にいる人は、家に帰れば高齢者の介護をしているかもしれない。障害者施設で働いているかもしれない。そして、もっと遠くでは、医療が脆弱な途上国にもつながっているかもしれない。そういう想像力が大切だということが書かれていて、私はとても感銘を受けた。その後たくさんの情報が飛び交うことになり、専門家会議への批判も目にしたが、この本で書かれている公衆衛生が目指すところに、貴重な視点を与えられたと思う。

公衆衛生の考え方に感銘を受けると同時に、私の中である不安が生まれた。公衆衛生は全体の利益のために個人の自由を制限しがちであり、それは過去の歴史を振り返ったとき、全体主義の悲劇につながりかねない危険がある。長らく積ん読にしているミッシェル・フーコーの『監獄の歴史』に書かれている生権力・生政治に私は取り込まれようとしているのだろうか。

『「病」のスペクタクル―生権力の政治学』美馬達哉

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そんなときに目にした記事があった。

【新型コロナ緊急事態宣言の課題は 識者「同調圧力強まる懸念」「知事要請の監視を」2020年4月9日 京都新聞】

二つ目の懸念は、「感染を防ぐためには何でもするべき」という同調圧力が強まり、地方自治体などが政府以上の制限に踏み切ることだ。…(略)
 日本の現状を見ても、市民らの心配に過剰に配慮するあまり、自治体や会社、大学といった各組織がより強力に個人の行動を制限しようとする可能性がある。
 その場合に大切なのが「合理的な理由に裏付けられ、代替手段がないのか」という視点から感染対策を検討することだ。緊急事態宣言に伴って一定程度、個人の権利を制限するのはやむを得ない。しかし民主主義国家である以上、個人へのより少ない強制を模索する試みは常に必要となる。

感染拡大を防ぐために個人の自由が制限されることは、医療従事者や高齢者を守るためには優先的されて仕方がないと思っていた。しかし、医療社会学が専門の立命館大学 美馬達哉教授は、国や地方自治体が過剰に個人の行動に介入してくることに警鐘を鳴らしている。はっとさせられた。その後そういう社会の権力を内面化した人々の同調圧力や感染者差別が感染拡大とは別の大きな問題になってきたわけである。

『生権力の思想 ──事件から読み解く現代社会の転換 』大澤真幸

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感染拡大も落ち着き緊急事態宣言も解除された。第2波への警戒と備えが話題になっている。ここ数ヶ月で学んだことは、感染症のパンデミックに心を奪われて、その間に大切なものを失うことへの懸念である。フーコーが提起した生かすための権力(生権力)は今まさに私たちを大きくとらえようとしているのではないだろうか。

現代はフーコーの提起した規律型の権力から、情報機器やコンピューターネットワークなどのテクノロジーを駆使した管理型の権力へと急速に変化しているという。第2波に備えて感染者との接触を個人の携帯に知らせるアプリが利用されはじめているが、まさに個人の行動も健康情報もテクノロジーによって管理される社会が到来している。少し前なら映画の世界のことのように思われていた世界の中に、気がついたときには生きることになっていた。それをも人々は受け入れるものなのだ、という事実にも驚いている。新しい生活様式だという、これからの世界がどういう方向に向かっていくのか、まだまだ警戒しながらみていきたいた思う。

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