【連載小説】私の明日はどっちだ?2-②
おばさん世代の転職活動はいばらの道。手持ちの駒もスカスカで、さあどうする!
今食べたいものじゃなくて…
「一番好きな食べ物を一つ」
これを、面接に持参しなければならない。
私が一番好きな食べ物って何だろう。
ホッカホカの白いご飯。旨味たっぷりの野菜スープ。
ちゃんと甘いあんこが入った大福、
カスタードクリームもバケツで食べたいほどだ。
さて、一番となると。
梅雨入りした昨日から、ジメジメ指数はぐんぐん上がっている。
なのに、肌寒いどころか今年に入ってベスト3に数えられるほど暑い。
頭に浮かぶのは、もはや好きというより「今欲しているもの」ばかりだ。
家じゃ食べられない、繊細なかき氷。
あまり安くない甘辛牛肉をのせた冷麺。
シャキーンと冷やしたキュウリにトマトもいい。
…だから違うって!
もう面接は明日に迫っていた。どうしようか考え始めた時、外ではまだ今日の暮らしのこえが聞こえていたのに、ふと気がつけば、通り過ぎる車の音がたまに聞こえてくるだけになっている。
TVをつけたら、利発そうな女性アナウンサーに「明日もいい一日になりますように」と励まされた。
マズい。夕ご飯食べるの忘れてた。
今から何か作る気力はない。お腹は空いていないけれど、頭を使ったせいかすごく疲れている。
「明日を頑張れるほど、元気の出るものが食べたいよ…」
そっと微笑むアナウンサーにつぶやく。言ってみたところで、誰かが作ってくれるわけでもない。画面の下には、制作スタッフの名前が流れていった。
「カレーでも作るか…」
ふりしぼれば、作れないことはない。ほどよく作った感があって、でも凝り過ぎていないバランスからして、この状況にはベストの選択なはずだ。
「もりもり食べて元気出そう」
私は、カレーのレシピカードをインプットされたマシンのように
何も考えずにザクザク野菜を切り始めた。
材料を火にかけてしばらくたった時、ハッと我に返った。結果からすると、そろそろルーでも入れるかという頃合いだった。ここまで誰がやったのだろう?私か。全く記憶がないけれど。火にかけたまま寝ないでよかった。
ルーを入れて馴染みのにおいが漂ってくると、何だかほっとした。
「ナイスチョイス!私」
控えめにガッツポーズをキメたつもりが、勢い余って後ろのスチールラックにヒジをぶつけてしまった。…息が…止まる…。
次の日のカレーもいいけれど、出来たてもなかなかだ。
そんなにお腹が空いていたつもりはなかったのに、なんだかおいしかった。
「めんどくさいから、このカレーお弁当箱に入れて持っていこうかな」
無責任なささやきが聞こえる。
仕事を得るため、これまで書類やマナーにあれほど気をつけてきたのに。
ここへ来てこんな投げ出し方をするとは、自分にがっかりだ。
そして、がっかりしながら、私はカレーを詰めた。
まるで明日のお弁当を詰めるように。
「明日の面接までに、持ってきた理由考えなくちゃ」という心の声は、
食べ終わった食器を洗いながら、泡と一緒にキレよく流れていった。
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