含んだ

「君、見知らぬ手紙が届いたらどうする」
「どうもしない。灰になって、さよならさ」
今夜の月は気紛れだった。顔を覗かせたり、隠したり。この手で雲に触れられるならば、横暴に雲をどかし僕は月を露にするだろう。
「では書いたのが僕だったら?」
「君だと断定出来なければ捨てるだろうね」
成程、声に出してみても納得感はなかった。言葉が体を巡るだけで。君の言葉が三周程した時、酷い虚無と吐き気が襲った。バレないように僕は唇を噛み締める。
「なんだか、変だ。もしや、手紙が届いたのか?」
吐き気から身を守る為に、僕は口を開かなかった。体を動かしもしなかった。唇を噛み締めて、吐き気に耐えていた。
「何故、黙るんだ?」
返事のない僕に声を投げかけ、それからまた、投げかける。
「何か、隠しているの?」
やはり僕は、喉元まで押し寄せる吐き気に耐えて、黙っていた。君は少し怒っていた。月は雲から出てきていた。僕らを鑑賞するみたいに。

夢の受け売りを期待して、ポストを覗いた。それは例えば、夏期講習、成人式の振袖、開店したカフェ、なんでもいい。とにかく、鬱陶しいものに枯渇していた。
一枚。ポストを開けると手紙が落ちた。拾い上げて、それから、ポストを再び覗く。
二枚、三枚、四枚、五枚……読めない字で書かれた手紙が押し込められるように何枚も入っている。
封筒に必ず、僕の名前が書かれている。読める字で。けれどそれ以外の字は全く読めない。拾い上げた手紙を破り、中身を取り出す。それもまた、読めない。
他の手紙も全てその場で開けた。読める字は何処を探しても、僕の名前だけだった。
誰が、何の為に。突き止める気は何故か沸き起こらない。それは、この手紙が怖いと感じなかったからかもしれない。調べる必要が、僕には見当たらなかったんだ。

君が怒って、黙ってから二十分が経った。ようやく僕も、吐き気が収まり、話の続きを始める。
「さっきの話だけど、手紙、あれね、届いたんだ」
へぇ。興味を持ったように君が視線を向け、ほんの少し口角を上げた。
「そういえば、君の答えを聞いていないよね」
「答え?」
視線をさまよわせ、君はいう。
「どうするの、君は?」
「箱に詰めて土に埋めようと思う」
タイムカプセルか、と君が懐かしそうに目を細める。君にしては珍しい表情をしていた。
「取り出す事は、ないだろうけど」
「なくたって、いいじゃないか」
答えを聞いた君はすっかり興味をなくした顔で、眠たげに背伸びをする。それから、あくび混じりに納得感の伴わない言葉を呟く。
「タイムカプセルは忘れるものだ」
空を見上げる。月は隠れていた。今度は濃い灰色の雲が覆い被さっていて、今夜はもう姿を現さない気がした。

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