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選択:届けない

「届けなくていいんじゃない」

あっけらかんと、ひかりがそう言った。
特に、届けて大騒ぎになるからとか、そういったような理由ではなさそうだった。

「だってさ、こんなミステリー、自分で解くチャンスなんてそうそうないよ! 一緒に何が入ってるか調べようよ!!」

全くこの子は、まさかこの状況を楽しんでいるとは。

自分が心配しすぎていたことを少しばかり反省しながら、わたしは彼女に同意することにした。

「そうね。もう少し調べてからでもいいかもしれないわね」

もし実際に身の危険が迫ったとしても、一応はストーカー対策として警察の保護を受けているわけだから、なにかあったらすぐに駆け付けてもらえるというお守り付だ。

ひかりが恐怖ではなく興味をもっているのならば、そこは尊重してもいいだろう。

わたしも正直、ここに引っ越してきたことでストーカー被害が再発している謎を、そのままにしていたくはなかった。

「じゃあ、届け出ないかわりに、ひとつだけ約束してくれる?」
「なに?」
「危ないと思ったら、すぐに110番通報すること」

わかった、とひかりは深くうなずいた。
手に持っていたスマホを、きゅっと握りしめた。

ひかりとふたり、再度2階の問題の部屋に訪れた。
相変わらず押入れに近寄るずんだを押しのけ、昨日封印したスーツケースを改めて出してみる。

ずしりと重い感触。
一週間くらいの荷物がはいりそうな黒のスーツケース。

表面にはたくさんの傷がついている。
色んな地を旅してきたときについたのだろうか。
いや、それとも。

わたしが変な妄想をしそうになっていると、ひかりはスーツケースの細部を手で触って確かめていた。

「6桁の数字…なんかヒントないかなあ」

6桁の数字の組み合わせは、単純計算で100万通りだ。
ひとつひとつ試して開くという可能性はまあないだろう。

とりあえず、電子的なものではないため、何度か失敗したとてロックがかかるものではない。
ひかりもそう考えたのか、とりあえず簡単な「123456」や「111111」などをダメ元で試していた。

「これ、なんか貼っていた跡があるね」
「貼っていた跡?」

ひかりがスーツケースの表面を指さしている。

たしかに、よく見ると何かを貼ってはがしたような跡があった。
形は長方形。触ってみるとたしかにぺたぺたしているような、粘着質なものが残っている気がした。

「ステッカー? いや、どちらかというと配送伝票かしら」
「旅行の帰りに送ったのかな」

確かに、スーツケースならあり得る話だ。
旅先で重たくなった荷物を、帰りだけ輸送するなどはよく聞く話だ。

ちなみに、特に異臭などはしない。

なにかヒントになるものはないか、と周囲を見渡した。
相変わらず目を引くのは、ミステリー小説の数々。
わたしも文章を書く仕事柄、小説はよく手にするのだが、ここまでハードカバーで揃えてあるのは少し特殊だ。

作者もあまりこだわりがないように思える。

(好きな作者が偏っていれば、そこに出てくる謎解き手法とかで開けれそうなものだけど)

なんとなく、意味のない数字の羅列とは思えなかった。
何か、意味がある数字のような、そんな気がする。

昔、健太と一緒に、車のナンバープレートを決めた時のことを思い出す。
あの時は、語呂合わせとか、数字と文字を変換したりして相談したっけ。

しかし、何か手がかりがないことには、6桁もの数字を導き出すことはできそうにない。

「鍵でもあれば早いのになあ」

ひかりは書斎の机あたりを物色している。

と、その時だった。

ガシャン、と一階で何かが割れる音がした。

「いまのなに?!」

目を真ん丸にして、ひかり。
とっさにずんだに目をやるが、おとなしく押入れのそばでうずくまっている。彼の仕業ではなさそうだ。

片付けていない段ボールが崩れ落ちた音か。
だがさっきのは、何か割れるような音。

「降りてみるしかなさそうね」
「わたしもいく」

わたしは腹を決めて、階段を下りる。
そのすぐ後ろを、ひかりがついてくる。

階段を降りてすぐのキッチン。
異常なし。

廊下を渡り、寝室の扉をあけて、体が止まった。

窓が、割られている。

明らかに外からだ。
内側にガラスの破片が散乱している。
これは、一体、何。

何か投げ入れられたわけではなさそうだ。
ただ、割られただけに見える。

「なにこれ、ひどい…」

唖然として、わたしは寝室の中に入る。
破片を踏まないように気を付けて、窓の外を見る。
家の敷地内、誰かがここにきたのだろうか。

そしてその目線が、ふと窓のカギの部分で止まる。
あれ、わたし、この窓カギあけてたっけ。
ぞわぞわとした思いが心を占める。
いや、ちゃんと戸締りしていたはず――。

「きゃあ!」

ひかりの悲鳴が聞こえた。
とっさに身をひるがえす。

「おかあさっ」

黒いパーカーを着た男が、ひかりの体を拘束していた。

あいつだ。
わたしを狙っていたストーカー男だ。
初めて、こんなに近くで相対した。

窓を割って、カギを開けて侵入したのか。

わたしは、周囲に目をやった。

「スマホで110番する」 OR 「武器をとり応戦する」

<次話以降のリンク>

選択1 https://note.com/tukineko3569/n/n16fef8c58dbc

選択2 https://note.com/tukineko3569/n/ndf23d6922397

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