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選択:届けない
「届けなくていいんじゃない」
あっけらかんと、ひかりがそう言った。
特に、届けて大騒ぎになるからとか、そういったような理由ではなさそうだった。
「だってさ、こんなミステリー、自分で解くチャンスなんてそうそうないよ! 一緒に何が入ってるか調べようよ!!」
全くこの子は、まさかこの状況を楽しんでいるとは。
自分が心配しすぎていたことを少しばかり反省しながら、わたしは彼女に同意することにした。
「そうね。もう少し調べてからでもいいかもしれないわね」
もし実際に身の危険が迫ったとしても、一応はストーカー対策として警察の保護を受けているわけだから、なにかあったらすぐに駆け付けてもらえるというお守り付だ。
ひかりが恐怖ではなく興味をもっているのならば、そこは尊重してもいいだろう。
わたしも正直、ここに引っ越してきたことでストーカー被害が再発している謎を、そのままにしていたくはなかった。
「じゃあ、届け出ないかわりに、ひとつだけ約束してくれる?」
「なに?」
「危ないと思ったら、すぐに110番通報すること」
わかった、とひかりは深くうなずいた。
手に持っていたスマホを、きゅっと握りしめた。
![](https://assets.st-note.com/img/1719831621886-6HCHubEfDl.png?width=1200)
ひかりとふたり、再度2階の問題の部屋に訪れた。
相変わらず押入れに近寄るずんだを押しのけ、昨日封印したスーツケースを改めて出してみる。
ずしりと重い感触。
一週間くらいの荷物がはいりそうな黒のスーツケース。
表面にはたくさんの傷がついている。
色んな地を旅してきたときについたのだろうか。
いや、それとも。
わたしが変な妄想をしそうになっていると、ひかりはスーツケースの細部を手で触って確かめていた。
「6桁の数字…なんかヒントないかなあ」
6桁の数字の組み合わせは、単純計算で100万通りだ。
ひとつひとつ試して開くという可能性はまあないだろう。
とりあえず、電子的なものではないため、何度か失敗したとてロックがかかるものではない。
ひかりもそう考えたのか、とりあえず簡単な「123456」や「111111」などをダメ元で試していた。
「これ、なんか貼っていた跡があるね」
「貼っていた跡?」
ひかりがスーツケースの表面を指さしている。
たしかに、よく見ると何かを貼ってはがしたような跡があった。
形は長方形。触ってみるとたしかにぺたぺたしているような、粘着質なものが残っている気がした。
「ステッカー? いや、どちらかというと配送伝票かしら」
「旅行の帰りに送ったのかな」
確かに、スーツケースならあり得る話だ。
旅先で重たくなった荷物を、帰りだけ輸送するなどはよく聞く話だ。
ちなみに、特に異臭などはしない。
なにかヒントになるものはないか、と周囲を見渡した。
相変わらず目を引くのは、ミステリー小説の数々。
わたしも文章を書く仕事柄、小説はよく手にするのだが、ここまでハードカバーで揃えてあるのは少し特殊だ。
作者もあまりこだわりがないように思える。
(好きな作者が偏っていれば、そこに出てくる謎解き手法とかで開けれそうなものだけど)
なんとなく、意味のない数字の羅列とは思えなかった。
何か、意味がある数字のような、そんな気がする。
昔、健太と一緒に、車のナンバープレートを決めた時のことを思い出す。
あの時は、語呂合わせとか、数字と文字を変換したりして相談したっけ。
しかし、何か手がかりがないことには、6桁もの数字を導き出すことはできそうにない。
「鍵でもあれば早いのになあ」
ひかりは書斎の机あたりを物色している。
と、その時だった。
ガシャン、と一階で何かが割れる音がした。
「いまのなに?!」
目を真ん丸にして、ひかり。
とっさにずんだに目をやるが、おとなしく押入れのそばでうずくまっている。彼の仕業ではなさそうだ。
片付けていない段ボールが崩れ落ちた音か。
だがさっきのは、何か割れるような音。
「降りてみるしかなさそうね」
「わたしもいく」
わたしは腹を決めて、階段を下りる。
そのすぐ後ろを、ひかりがついてくる。
階段を降りてすぐのキッチン。
異常なし。
廊下を渡り、寝室の扉をあけて、体が止まった。
窓が、割られている。
明らかに外からだ。
内側にガラスの破片が散乱している。
これは、一体、何。
何か投げ入れられたわけではなさそうだ。
ただ、割られただけに見える。
「なにこれ、ひどい…」
唖然として、わたしは寝室の中に入る。
破片を踏まないように気を付けて、窓の外を見る。
家の敷地内、誰かがここにきたのだろうか。
そしてその目線が、ふと窓のカギの部分で止まる。
あれ、わたし、この窓カギあけてたっけ。
ぞわぞわとした思いが心を占める。
いや、ちゃんと戸締りしていたはず――。
「きゃあ!」
ひかりの悲鳴が聞こえた。
とっさに身をひるがえす。
「おかあさっ」
黒いパーカーを着た男が、ひかりの体を拘束していた。
あいつだ。
わたしを狙っていたストーカー男だ。
初めて、こんなに近くで相対した。
窓を割って、カギを開けて侵入したのか。
わたしは、周囲に目をやった。
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