選択:ひかり
体育館に移動し、ひかりはぐるりと周囲を見渡した。
ちらほらと集まりだしている人。
母親はまだ来ていない。
あの調査好きな母親のことだから、学校の中をあれやこれや情報収集しているのかもしれない。
あの家の主だった八木山隆二は、この学校の教師だったというから、そりゃあ絶好の調査対象だろう。
なんとなく、ひかりの脳裏に昔の母親の姿が頭をよぎった。
くたびれたスーツを着て、毎日遅くまで取材をして回っていたお母さん。
大変そうだったけれど、すごく輝いていて、幼いながらにも憧れを抱いていたのは嘘じゃない。
「えっと、Bクラスは…」
前席の方に掲げられた看板を見る。
3クラス編成のため、ちょうど中央部分が座席のようだ。
ひかりは並べられたパイプ椅子に特になんの指定もないことを確認して、着たものから前詰めになるように座った。
「おはよう」
ちょうど隣の席に手をかけた少女が、ひかりに話しかけた。
ひかりは内心びっくりしながらも、声の主に対応する。
「あ、おはよう」
「あなたがウワサの転校生? だよね、知らない顔だもの」
噂の、なのか。
地方の公立学校なんて、小学校のメンバーがそのまま上がるから、たとえ期の途中でなくてもある程度浮くことは覚悟していたが、まさか噂レベルで取り扱われるとは。
「そうだよ。昨日千葉から引っ越してきたの」
「千葉! すごい都会じゃん」
「全然田舎だよ。こっちとかわらないよ」
言って、自分の失言に気づく。
この言い方では、まるでここが田舎であると嫌味に言っているようにとられてもしかたがない。
「昨日引っ越しなんてまた急な話だね。友達とか、さみしくないの?」
ひかりの失言に特に反応することなく、少女は気さくに話しかける。
(友達いなかったなんて、言ったらまずいよね)
「大丈夫、スマホでいつでもおしゃべりできるし」
「わたし、Bクラスの花江恵理子。エリって呼んで」
「わたしは佐倉。佐倉ひかり」
「ヒカリね! この辺のこと、色々教えてあげるね」
世話焼きなのか話好きなのか、エリはひかりに興味津々の様子だった。
とりあえず、この少女から悪意は感じない。
ひかりは無意識に、自分への脅威があるかどうかをジャッジしていた。
「隣座ろうっと」
エリはひかりの隣のパイプ椅子に腰かけた。
「わたしね、卒業したら東京に行きたいんだ」
「なにかしたいこととかあるの?」
「うん! 美容師! 東京の専門学校に行きたい」
ちょきちょきと、ハサミを切る真似をしながら、エリ。
ひかりはその姿に、かつての母の輝きを見た気がした。
自分の好きなことをする人の輝きか。
「すごいね。応援するよ」
自分にはまだ、何が向いているとか何がしたいとかそういったものはない。
本を読むのは好きだし、文章を書くのも好きだが、安易に母と同じ道を進むとはいえないし、そんなに簡単なことでもないと思っていた。
自分のやりたいことをはっきりと口にできる、その強さがこの少女にはあるんだなとひかりは感心した。
「千葉って東京近いんでしょ? 色々教えてほしいな」
「近いけど、あんまり詳しくはないよ」
ひかりは苦笑を交える。
「いいのいいの。この辺のひとは、みんなこの街から出たことないからさ」
こうやって外から来た人と話せるのはうれしいんだ、とエリは付け足す。
(地方の子たちって保守的なのかと思ってたけど、こういう子もいるんだな)
ひかりはなんとなく安心するのを感じた。
まだ「友達」といえるまでの関係ではないだろうが、自分を否定しない人物がひとりいると分かっただけでも、随分と気持ちが楽になるものだ。
この子は、わたしの父親のことも知らない。
色眼鏡なしに、自分を見てくれる。
「エリ、相変わらず早いね~!」
「なに、もう転校生口説いてるの?」
わらわらと、背後から人が集まってきた。
エリの友人だろうか。
「わたしたちも混ぜてよ~。名前なんていうの~?」
どうやら友好的な人物は多いらしい。
最初に輪の中心人物と接触できたのが大きかったか。
小学校時代の思い出から、どうしても人とのつながりを分析しながら見てしまう癖がひかりにはついていた。
その後もメンバーはぞくぞくと増え、ひかりは名前を覚えるのでいっぱいいっぱいだった。
なんだかんだとわいわいやっていると、あっという間に式の時間になった。
校長先生のありがたいお言葉から始まり、在校生による校歌斉唱、担任の教師の発表。
Bクラスはさっき外にいた体育教師だった。
片山敦。
「げー、片山かよ~」
男子生徒の一部からそんな声が聞こえる。
反応的に、あまり高評価ではない様子だが、ひかりは心がわくわくするのを感じた。
これからは、毎日学校に来れる。
友達とおしゃべりして、勉強して部活して。
(引っ越ししてきてよかった、ありがとうお母さん!)
後ろの保護者席で座っているであろう母親に念を送りながら、ひかりは案内に沿って席を立った。
入学式は終わり、あとは各クラスで簡単なオリエンテーションがあるらしい。
移動の途中も、エリを中心に会話が成り立っていた。
「あ、そういえばさ」
エリの隣にいたロングの髪が印象的な少女が、唐突にひかりに向けて話しかけた。
「ひかりちゃん、ヒメカクシって知ってる?」
「ヒメカクシ?」
「ちょっともう、いきなりやめなよ、そういう話」
エリが制止にかかるが、ひかりは興味が勝った。
「なにそれ」
「この学校に伝わる怖い話! 10年に一度、女の子が神隠しにあうんだって」
ひひひ、と不気味に笑って見せる。
「そしてなんと! 今年が10年目! ひかりちゃんも気を付けなよ~」
詳しく聞きたかったが、そんなに広くもない校舎。あっという間に教室につき、出席番号順に席についた。
男子と女子の比率は、ちょうど半分くらいだろうか。
教壇にはさきほどの体格の良い男性教師が立つ。
年齢は母親よりは下くらいだろうか。
失礼な話ではあるが、特にかっこいいというわけではなく、印象としては『とにかく声がでかい、暑苦しい』だった。
黒板に片山敦と無駄に大きく書いて、これからよろしくと簡潔な自己紹介を済ませる。
これからの授業の流れなどがプリントで説明があり、それが終わったら以上解散という流れだった。
「ヒカリ、途中まで一緒に帰ろう」
早速エリからのお誘いを受ける。
ひかりは一瞬躊躇した。
母が車で待っている手はずだった。
だが、せっかくのお誘いを断ってしまってよいものか。
それに、少し、調べたいこともある。
ちらりと、端の方に座っている黒髪の少女に視線をやる。
さて、あなたならどう動く?
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