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選択:分厚いファイル

ひかりの指が、立ち並ぶハードカバーの小説の一角を指さして止まっていた。

ミステリーに偏ったジャンルの小説たちの中に、少し異形な雰囲気を放つ分厚いファイルがひとつ。

「これ、新聞記事みたいなの、挟まってるみたいなんだけど」

言いながら、ひかりはそのファイルを手元に引き出し、飛び出ていた記事の切り抜きを抜き取って見せる。

「これってさ、お母さんの書いた記事じゃない?」

見せられたのは、確かに、昔わたしが書いた記事だった。

わたしは数年前まで、千葉でフリーランスのライターをしていた。

一応は家族2人と1匹を養えるくらいの稼ぎはあったが、そんなに名の知れた作家ではない。

企業の広報誌がメインの稼ぎ。
後はクラウドワークス系の仕事をいくつか、それと個人的に追いかけていた事件に関する記事。

それらが、所狭しと、そのファイルには切り抜かれて張り付けられていた。

いわば、わたしの記事のみのスクラッチブックだ。

「どういうこと、八木山氏は、わたしのことを知っていたの?」

少し、ぞっとする。

スクラッチブックは時系列はめちゃくちゃに、まるで見つけたらその時その時貼っていったかのような状態だった。

「お母さんのこと、調べていたのかな」

気味が悪かった。

赤の他人が、わたしのことを知っていた。
そして、そのことをわざと気づかせるようなことをして。
わざわざ、自分が亡くなってから家を譲るなんて。

悪趣味にもほどがある。

「でもさ、明らかにこれはお母さんへのメッセージだよね」

嫌悪感を隠し切れないわたしとは対照的に、なぜかひかりは少しうれしそうだ。

「理由はなんであれ、このスーツケースの中身は、お母さんに向けたものってことでしょ」

なるほど、まあ、そういうとらえかたもあるか。

もちろん、中身がお金である保証はないが、なんにせよ故人は単なるあみだくじでわたしに家を相続したわけではなく、なにか理由があってわたしを選んだ可能性はあると思ってよいのかもしれない。

その理由というのが、いい理由であればよいのだが。

なんとなく、このスクラッチブックには執念のようなものを感じるのは気のせいだろうか。

思わず、脳裏に数年前に問題となっていたストーカー男の存在が垣間見える。

わたしが当時追っていた事件に関連する何者か。
結局わからないまま、そこから逃げる意味も込めてここへの移住を決めたわけだが。

病に伏せていたことから考えれば、そのストーカー男=八木山という絵は描けないのは明白なわけだが、何かつながりがあるのではと邪推してしまう。

「とりあえず、今日はもう片づけして、明日に備えて寝ましょう」

そうだ。明日は早速、ひかりの中学校の入学式だ。

わたしは自分の考えをリセットする意味も込めて、ひかりにそう促した。

先ほど体重計だけ抜き取って放置していた段ボールを大まかに配置し(といっても家具をまだ購入していないため、種類ごとに取り出せる状態にしただけだが)、ひかりとわたしは一階の和室に車に積んできていた布団を敷いた。

夕飯は近所のスーパーで買ってきたお寿司。

マグロに狙いをさだめたずんだの侵攻は食い止めたが、そうこうしているうちにひかりにサーモンを取られていた。

お風呂場もまだ掃除ができていないため、とりあえずシャワーで済ませることにする。

「明日は入学式か、緊張するなあ」

肩下まで伸びた我が子の髪の毛を乾かしていると、ひかりはとても緊張しているとは思えない表情でそう話しかけてきた。

この子が普通に学校に行ける。

それだけでも、この地に移住してきたかいがあるというものではないか。

「ねえ、明日帰ってきたらまた二階の部屋の探索してもいい?」

「いいけど、自分の荷物も片づけなさいよ」

まだテレビも何もないため、必然的に寝るのは早くなる。
ひかりとなにげない会話をしながら、いつのまにか睡魔に襲われていた。

翌朝。
いつもと同じずんだのモーニングコールで目を覚ましたわたしは、ぼんやりと見上げた天井の模様の違いで、引っ越したことを再認識する。

隣には娘のひかり。
いったんは目を覚ました様子だが、二度寝を決め込んでいる。

わたしは布団を下げ、朝食のしたくに取り掛かった。
ずんだには今日は引っ越し祝いとひかりの入学祝いを兼ねて、普段はあげないウェットフードを用意してやる。

初めて使う台所。
男性の一人暮らしにしてはやけに広いキッチンだ。

家の外装と同じブルーで固められた扉。
古さはあるが、やはりここもこぎれいにされていた。

故人は死を迎える直前まで、この家で過ごしていたと聞いた。
ここでこうやって、自分のごはんの支度をしていたのだろうか。

寝ぼけた頭にぼんやりと昨日のできごとがよみがえる。

わたしの記事のスクラッチブック。
あれはいったい何だったのだろう。

わたしはひかりが起きる前に、二階からその問題のスクラッチブックをもってきた。

学校でひかりを待っている間、もう一度これをじっくりと見てみたかったのだ。

「おはよう~」

わたしがカバンに分厚いファイルを詰めていると、二度寝を終えたひかりが起きてきた。

一緒にトーストを食べ、何でもない話をする。
場所は変わっても、同じ日常があることに、なぜか安堵を覚えていた。

「さて、準備したら出かけようか」

ひかりはまっさらなセーラー服。
わたしは控えめなグレーのスーツ。
ふたりとも玄関にある姿見で最終チェックをして、車に乗り込んだ。

目指す学校は丘を下ったところにある。
車であればものの五分といったところか。

「街じゅう桜だらけだね」

学校まで続く桜並木をみながら、ひかりはつぶやいた。

少し早い時間にもかかわらず、校舎内はちらほらと学生とその親がもういるようだった。

体育教師らしい人物が、クラス分けの表の前で、体育館に移動するようにと大声で案内をしている。

ひかりも人ごみに混ざってその表をみてすぐ、息を切らしてわたしのもとに戻ってきた。

「Bクラスだったよ」

新学年は全部で3クラス。
地方の学校にしては、人数がいる方だと思った。

「じゃあ、先に体育館にいってるね」

ひかりはわくわくした面持ちで、その場を去った。
とりあえず、緊張はしていない様子だ。

わたしは腕時計を見る。
開始までは少し時間がある。
ちらりとカバンに目を移す。

車にもどって、このファイルを確かめるか。

車に乗り込んで、早速そのファイルを取り出す。
ずっしりとしたスクラッチブック。
タイトルは何も書かれていない。

さて、あなたが気になるのはこのスクラッチブックの何?

「事件について」 OR 「集められた意図」

<次話以降のリンク>

選択1 https://note.com/tukineko3569/n/n3a985a4420f4

選択2 https://note.com/tukineko3569/n/na5730729c377

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