選択:届ける
「届けた方がいいよ」
娘に判断をゆだねるのは、親として失格かと思うが、ひかりのこの言葉で、わたしの覚悟は決まった。
「そうね。結果はどうあれ、そのほうがすっきりするわね」
たとえ本当に死体が出てこようとも。
結果が出てから、対処をすればいいだけの話。
そして、根底にあるただ一つ変わらないことは、どんな結果が待っていても、わたしはひかりを第一に考えて行動するということのみだ。
わたしたちは一度家に帰り、すぐに警察に連絡することにした。
落とし物、とも少し意味合いが違うため、何課に連絡すればいいかわからず、とりいそぎ昨日お世話になった警察官の携帯を鳴らしてみる。
『はい、村瀬です』
非番の可能性もあったが、思いのほかすぐに出てくれた。
「昨日お世話になりました佐倉です。突然すみません」
『いえ、なにかありましたか?』
「実はストーカーのほかに、もう一つ問題を抱えていまして。そのご相談をしたくて、連絡しました」
『もうひとつの問題、ですか?』
「はい」
わたしはその警察官に、ことのいきさつを話した。
見知らぬ人から家を譲り受けたこと。
その家から変なスーツケースが見つかったこと。
『スーツケース、ですか』
ふむ、と電話の向こうで悩ましげな声がもれた。
『いつからあるかなども、何もわからない状態ですよね』
「はい、ただ引っ越してきただけですので」
『開かない荷物、となると我々としても危険物の可能性も含めて、現地調査のうえ引き取ることになります。ご協力いただけますか?』
「もちろんです」
『では、こちらで必要な人材を集め次第、すぐに向かいます』
危険物。
たしかに、言われてみればその可能性もある。
開けたら爆発、などということは小説の中の話だけにしてほしいが、可能性がないわけではなかった。
わたしは電話を切り、お寿司に集中しているひかりに目を移した。
会話の内容は聞こえていたはずだ。
今のこの子の心境は、どんなものだろうか。
ほどなくして、警察官がやってきた。
パトカーで来るのかと思いきや、普通の乗用車でやってきた。
周囲に騒ぎを起こさないための配慮なのだろう。
「では、早速」
さきほど電話にでた村瀬という警察官が他2人の警察官を連れてやってきた。
2階に案内し、問題のスーツケースを引き渡す。
「少し確認します」
爆発物などの検査だろうか。
なにやら聴診器のようなものをとりだし、スーツケースにあてている。
しばらく、緊張が走った。
ひかりは、わたしの後ろから乗り出すようにして、一連の騒動を見守っている。
わくわくしている心境がよく伝わってくる。
(ドラマじゃないんだからね)
小声で、ひかりに諭す。
聴診器の検査を終え、警察官が言った。
「爆発物の危険性はなさそうです」
「では、一旦こちらは引き取ります。中身の調査をさせていただきますが、こちらここの家主のものとなりますと、中身が判明しても、詳細をお伝えすることは難しいです。現状、この中身については相続人の方に権利が発生しますので」
念のため、わたしは付け足す。
「もしも何か犯罪に関係するものが出てきた場合は、こちらにも捜査が及ぶのでしょうか」
「そうですね。その場合は現場検証含め、ご協力いただくことになります」
村瀬の指示で、残りの二人が黒いスーツケースを運び出した。
もちろん、その手には白い手袋がはめられている。
「では、本日はいったんこれで終了になります。ご連絡ありがとうございました」
2階からスーツケースが持ち出されていく。
その謎は、果たしてどんな結末を迎えるのか。
後日、そのスーツケースから、わたしたちを除く2人の指紋が検出されたことが分かった。
ひとりは、故人である八木山隆二。
もうひとりは、現在行方不明の、女性のもの、ということだった。
児玉はるかといったか。
現在、故人との関係の調査を開始したとのことだ。
スーツケースはまだ開いていない。
カギが開かない以上、ケースごと破壊する必要がありそうだが、その許可を得るために今相続人全てと連絡を取っているらしい。
これは、かなり時間がかかりそうだ。
「もしなにか手がかりがあれば教えてください」
そう、警察官からも言われてはいた。
一応は家を相続した身分のため、わたしにもそれが無縁というわけではないらしい。
もし、自分の手でスーツケースを開ける勇気と開けるのに必要な情報をもっているのだとしたら。その権利をいますぐ主張することもできる。
さて、全ての謎を解く準備は整った?
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