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「活中」と呼ばれた頃

月盛です。
テレビのドラマを見ていて突然思い出したことがありました。
私は東京でひとり暮らしを始めてから何か所も引っ越しをしました。
代々木上原→久我山→巣鴨→西新宿→中野新橋→河田町→吉祥寺→大塚
そしてこの街に来て4度、実家から12ヶ所目の家なのです。
引っ越しの度に「心を入れ替えて」奇麗を保とうとしました。
でもそれは数か月で夢と終わり荒れた家になっていきました。
ある時空き巣に入られた事がありましたが、あまりの乱雑さにすぐに警察に電話出来ず・・・ある程度片づけてから通報しました(笑)
空き巣もびっくりしたかもしれません、誰か先に入った?と思ったかもしれません。(でもお金はしっかり盗られました)
おまわりさんの「どこを荒らされたんですか?」の時の顔は今でも覚えています。
黒歴史ばかりが浮かびますが、今は大丈夫!

定点観察でもしますか?
居間は洗濯物畳まないと・・・

凄く眠気が・・いかん!

リセットしています。

片付けているうちに眠気が飛びました

キッチンは

自炊すれば汚れるのは当たり前

リセットしました。

5分も掛からないのになぜ溜め込んでいたのか


引っ越しを繰り返していましたからその都度捨てる物は捨てながら整理したと思いますがもう記憶に無いくらい・・というか忘れたい気持ちの方が強かったかもしれません。
仕事柄本を読むことが多く、その頃のはやりの言葉で言えば「活中」(活字中毒)と言われていた頃で本や資料は増える一方でした。
あの頃”ブックオフ”とかは無かったと思います。
処分するには古本屋に持ち込むしかなくて、でも古本屋は敷居が高くせっかく持ち込んでも返される事の方が多く徒労に終わるのです。
とにかく引っ越し荷物の大半は本なので重くて難儀で手伝いも頼めないありさまでした。
実際、西新宿の部屋で本の重さで床が沈んでしまい、大家さんに文句を言われ退去したこともありました。
なぜ当時の私は「空間」という感覚が無かったのでしょうか。
そんなに広い所を借りれる訳はないのに、詰めて詰めて自分を狭めていたのか今となっては不思議です。
いつも息苦しさを感じていたのに、それを自分が作り出している自覚も無く何かのせいにしていたのだと思います。

こののびのびとした空間に身を置いていれば、あの時の若い私は数有った夢のひとつでも叶えていたかもしれません。
思い出すと胸が痛みます。

手足を伸ばして寝っ転がる、こんな事でスーっと気持ちが楽になります。
それではまた明日!

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