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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第10話

結里子ー前を向いて

紘太のお墓に花を供えて
手を合わせるけど
なんだか気持ちが落ち着かない。
いつまでも忘れられないはずと
思っていたけれど、紘太との記憶が
少しづつふんわり薄れていく気がする。
日常の事で、記憶が上書きされて
しまう感覚かな。

金曜日の夜は、アキコさんのサロンで
ネイルをしていただきながら
いつも色々な話をする。
思い切って話してみた。
紘太と背格好の同じ人が、気になっている。
でも、常に紘太だったらって
比べながら、同じ所を見つけて
惹かれてしまうとしたら。
紘太に対しても、似てる彼に対しても
どちらに対しても不誠実なのかな?って。

アキコさんは
「それはあくまでも、きっかけと考えるのは、だめかな?電車で会う彼がたまたま
背格好が紘太さんに、似ていたから
気がついたわけですよね?
私、人を好きになるのも
ご縁だと思っているから。
現に、病院で再会し
今も一緒に通勤しているんでしょ?」

なるほど、そう思えば
確かにそうだ。

「亡くなった彼と比べてしまうのは
当たり前のことだし
亡くなった恋人は、いつまでも
記憶の中からは消えないでしょう?
単純に別れた元恋人なら、他の人と
幸せにでもなっていてくれたら
自分も、幸せ見つけて行こうって
進む事が出来るけど
記憶の中で生き続ける恋人は
そこで歩みを止めていて、先へ行くと
前触れもなくその人を引き戻す感じ?
なかなか難しいけど、気になる彼と
比べてしまう事に、心苦しくなる
結里子さんの気持ちも、わかる気がします」

話しているうち
アキコさんは大地さんが好きなんだと思った。
アキコさんもまた、大地さんの記憶の中の、亡くなった奥さんに対しての感情に
戸惑い、悩んでいるのかな?って。

私とアキコさんは
立場がちょうど反対だ。

「アキコさんは、大地さんと
お付き合いはされているんですか?」

単刀直入に聞いてしまった。

「うふふ、付き合いどころか
今回、結里子さんの事を相談されたのを
きっかけに、初めて携帯番号
交換させてもらえたくらいだから。
毎週月曜日は、仕事終わりに
お店に立ち寄ってくれて
代金を持ってきてくれるの。
まとめてでも良いですよって、言ったら
『こんな理由でもなければ
お店に来ることできないから』って
その後のお客様予約が入ってない時は
一緒に帰る事もあってね」
嬉しそうに話すアキコさん。

「そうだったんですね。
それって大地さんもアキコさんに
会いたいって事じゃないですか?」
「うーん。そうなのかしら?
大地さんは結里子さんが、好きなのかな?って
思ったけど」

「違うと思いますよ。
今回の件は、大地さんの優しさです。
紘太の件で、何かしたいと
思ってくださっているんです。
そこで考えついたのが
アキコさんの事なんだと思います」
「どうなのかしらね。
でも、本音言っちゃうと
いつでも連絡取れるって
こんなに嬉しいんだなぁって、思ったわ」
頬を染めるアキコさんが、あんまり可愛すぎて
なんとしても大地さんと
結ばれてほしいと思った。
「本当の想いは、早めに告げた方がいいですよ。私みたいに……
そして、紘太みたいに伝えそびれてしまう事ありますから」
泣くつもりなんてなかったのに
涙が頬を伝わっていた。
♢♢♢♢♢
紘太のお母さんから
3回忌のお知らせの電話がかかってきた。
お骨はまだ、納骨されていない。
お母さんはどうしても
側から離すことが出来ないと言って。

でも三回忌に、いよいよ納骨しようと思うと。
「結里子ちゃん、必ず来てね」
お母さんの言葉の後、電話を切る。
紘太のお母さんも
辛い日々を送って来たのだろうな。
でも、決心したんだね。

私はどうだろう。
あえて、淡々と過ごした日々。
考えないようにしても、ふとした時に
紘太の声が聞こえたようで
探してしまう自分がいるし
夢の中では、いつもの笑顔で
私の手を握ってくれる。

紘太の時間は、止まってしまったけど
私の時間は、進んでいく。
このままでいいと思うけど
このままで良いの?と問いかける自分も
どこかにいる。

そんな時、夢を見た。
私は紘太と並んで歩いていた。
突然、歩みを止めた紘太が笑顔で
「そろそろ、歩み出してごらんよ。
後ろで僕が、ずっと見守るから。
大丈夫だよ。うん、結里子なら大丈夫」
背中を、柔らかく押して言う。

私は「嫌だよ。ずっと一緒にいようよ。
並んでいたいよ」と泣いた。

でも、手を振る紘太が
どんどん遠ざかる。
泣きながら目が覚めた朝。
あまりにもリアルな、背中を押された感触に、現実とも夢とも、判断つかない私はベットから見える、紘太の写真を眺めてはしばらく起き上がる事が、出来ずにいた。

三回忌当日
私も、一つの決心をした。
紘太が、私に差し出してくれるはずだったあの指輪を、紘太の骨壷に納めようと思った。
生まれ変わって
また私に、出会ったなら
贈ってくれるのかな?

三回忌の日、大地さんから
お花が届いていた。
コロナ禍もあり
ごく身内のみで執り行われたが
紘太のお母さんはホッとした顔で
見送ってくださった。
私は、大地さんに
お花のお礼をする為、電話した。

「無事、三回忌が終わりました。お花、ありがとうございました」
「あれくらいしか出来なくて、申し訳ないね。それより、結里子さん。体調は大丈夫ですか?アキコさんから、様子は聞いてましたけど」
「はい。お陰様で、今度、病棟勤務に
戻ることになりました」
「おお、それは良かった。
でも、大変じゃない?体大丈夫かな?」
「大丈夫です。と言っても
無理な勤務にならないよう
職場の方でも気を遣ってくれて。
あの、爪の方もだいぶ
元に戻ってきたので、ネイルも
終了させて頂こうと思っています。
紘太のお母様も、お骨の埋葬を決めて
私も指輪を納めました」

「……そうなんだね」

「はい。紘太との思い出は忘れないけど
お母様も私も少しずつ前に進もうと
し始めています」
「僕も皆さんを見習って進むないとね。
また何かあれば、遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます」

指輪を納めて
これで紘太の私物は
全てご実家にお渡しした。

ただ、二人の生活の為
買い足したお揃いの
カップ
箸やスプーン
クッション
スリッパ
タオル

まだ手放せないでいる私は
全部まとめてクロゼットの奥に仕舞い込んだ。

そして、私の方も抗がん治療が
ひと段落し受付業務から
病棟勤務に戻ることになった。
髪の毛もだいぶ伸びたので
ウイッグを外すことにした。
ベリーショートだけど
意外に似合ってるかも?

ネイルも卒業。
あ、でもアキコさんにはお会いしたいのでナースでもできる、足のネイルをしようと予約は入れてある。

背中を押してくれた紘太。

私は少しずつ、進んでいるのかな?
でも、振り返って紘太の顔が
見えなくなるのは、まだ嫌……。
♢♢♢♢♢♢
病棟勤務に戻って少しした頃
高齢の女性患者さんから
こんな相談を受ける。

「私ね。2匹の猫を飼っていたの。
でも今回の怪我で、もう一人暮らしは
出来ないから、退院したら
介護ホームに入居する事になったんだけど猫は連れて行けないのよ。
今はご近所のお友達が
餌とトイレの面倒見てくれていて。
でも、一匹は引き取っても良いけど
二匹は無理って、言われちゃったの。
どなたか猫を飼ってもらえるような
お知り合い居ないかしらね」

私が引き取らせてもらっても良いけど
今のマンションは、動物が飼えない。
二人の思い出を無くしたくなくて
紘太と二人で暮らした
この部屋を借り続けていたけれど
紘太の荷物もなくなった部屋は、がらんとして
余計淋しくなるから
そろそろ引っ越そうかと思っていた。

いっそ猫も飼える部屋にしたら良いかも!
そう思い立って休みの日は
不動産屋周りを始めた。
でもなかなか良い物件は見つからない。
ネイルをしてもらいながら
アキコさんにその事を話した。

「なかなか動物OKの物件ってないものですね。
患者さんの退院がもうすぐなので、そろそろ本当に見つからないと困るんですけど」
「退院っていつなの?」
「二週間後です」
「そう……。もし見つからなかったら
しばらく、うちで預かりやしょうか?」
「え?」
「うちのマンション、小動物なら可なの」
「えー。本当に?
アレルギーとか大丈夫ですか?」
「大丈夫、実は今の部屋で
一年程、保護猫預かった事あったのよ」
「それは安心。お願いしていいですか?
なるべく早くお部屋は探します。
保険としてお願いしてもいいですか?」
「もちろん。久しぶりに猫のいる生活。
ちょっと嬉しいかも」
結局、休み毎に物件探ししても
患者さんの退院までには見つからなかった。
猫を引き取って、ケージや小物を
アキコさんのマンションに運び込んだ。
「折角のお休みの日にすみません。
助かります」
初めてアキコさんの部屋にお邪魔した。
お洒落なインテリア。
でも確か弟さんと二人暮らしと伺った。
「あの、弟さんにも
ご了承得ていますよね?大丈夫かしら?」
「全然大丈夫!むしろ歓迎。
今ね、餌と猫砂買いに行ってるのよ」
「そうなんですね。良かった!」
まもなくして、弟さんが戻ってきた。

「買い物ついでに食料品も買ってきたよ」
玄関から声が聞こえて、扉が開くと
お互い
「うわー!」「えーっ!」
と声を上げていた。
「結里子ちゃんだったの?」
「桂太くんだったの?」
同時に言っていた。

アキコさんが
「なんだ、知り合いだったの?
え?もしかして身長の高い
電車で会うサラリーマンって
佳太?って事?」
「わーわー。その話は!」
私は、自分の耳たぶが
暑くなるのを感じていた。

まさかの事で
私も佳太くんも
何を話していいかわからなくなった。
それでも、佳太くんが作ってくれた
夕飯をご馳走になる頃は
落ち着いて、話も出来たし
猫ちゃんも、すぐに馴染んで
ソファでスヤスヤ眠っていた。

あれから物件探しは、ネットや
佳太さんやアキコさんまでも
巻き込んでいたけれど、なかなか無くて
ある日、猫の様子を見に来ないかと
ネイルの後に、お誘いいただいた。
マンション前に来ると
小さめのトラックが停車している。
誰かが
引っ越しするようだった。

その住人さんが
「あ、上の階の林さんですよね?
急な転勤が決まったんで、後で
ご挨拶に行こうと思ってたんですよ」
「あ、そうだったんですね。
大変ですね。転勤族って仰ってましたけど」
「はい、でも狭い一人部屋だから
大した荷物ないので」
「え?って事は、まだ
後から入居される方、決まってないかしら?」
「そうかもしれません。何にせ
3日前に決まったので」


「……結里子ちゃん、ここに住まない?」
「え?」
「うちの下の階は、ワンルームなのよ。
一人なら良いよね?猫飼えるし。おいでよ!あんなに探し回ったのにね。
灯台下暗しだわ〜」
盛り上がるアキコさんだけど
悪い話でもないのかな?
ひとりぼっちで、知らない街に住むより
安心だよね。

そんなこんなで、私は急遽
アキコさんと佳太くんの住む
マンションに暮らす事になった。


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