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小説✳︎「月明かりで太陽は輝く」第25話


佳太ー泥団子の思い出

姉の結婚式の帰り道。
何とか、デートの申し込みをする事が出来た。
さりげない会話を心掛けたけど本当は、すごくドキドキした。いい歳のくせに、我ながら何やってるんだよと思いながら。

とりあえず、日程を決める事ができた。
リコの希望で彼女の実家近く
井の頭公園に行く。
そういえば、そう言う話
あんまり聞いてなかったなぁ。
僕は東京でも下町の方の生まれなので
そっち方面にはあまり馴染みがない。
ただ、親戚がその辺りに居たので
何度か、子供の頃行った記憶はあった。

マンションのエントランスで
待ち合わせ、二人で駅に向かう。
ここまでは、いつもの感じだけど
僕はスーツじゃなくて、デニムにTシャツ。
リコは、通勤着とは違って
シンプルなワンピースで、バッグも小ぶりだ。
ピアスも、いつもより
大きめでキラキラと揺れていた。

駅に向かう間
なんだかいつもとは違う雰囲気に
お互い少し口数が少なめになる。

「なんだか、照れるね」と
僕は切り出した。
「いつも会ってるのにね」
「そのピアス、可愛いね」
「ありがとう。仕事中は
穴が塞がらない様に目立たないもの
つけるだけだから」
「ワンピースと合ってるよ。」
「そう?」

まるで初めてデートをする
10代の子みたいな僕達。
通勤時と違って空いた車両では
2人並んで座った。
電車が揺れる度、彼女の肩が僕の腕に触れる。
ふわっと香る香りは、ホワイトリリーだ。
「あ、そうそう。アキ姉から聞いたよ。
香水の名前」
「あ、聞いてくれたのね」
「うん。DIORのジャスミン・デ・サンジュって言うんだって」
「そうなのね!」
「今度、俺の会社近くにある
DIORのお店。行ってみようか?」
「良いの?」
「良いよ。約束だもん」

向かいに座っている家族連れの
赤ちゃんが、じっと
こちらを見つめている。

「赤ちゃん。可愛いね」リコが言う。
「可愛いね」
「ケイは子ども好きでしょう?」
「うん」
「陸くんが甥っ子になるんだもんね」
「うん、それも嬉しいんだ」
「そうだ、ケイ。たまにうちのマンションに
陸くん呼んで一緒に遊ばせて!」
「いいね。陸くんを引き取って
新婚の二人に時々
デートをしてもらおうか?」
「それいいね!」

「リコの生まれ育ったのは吉祥寺なの?」
「うん。井の頭公園はいつも
遊びに行ってたの」
「そうなんだね。俺は下町育ちだから
吉祥寺って言ったら山の手って思ってた。憧れだったよ」
「えーそんな事ないよ。私は下町って人情味?なんか良いなぁって思うよ」
「また、無い物ねだりってやつだ」
「そうかもね」

リコの生い立ちを聞くことができた。
弟がいる事。
母親も看護師だった事。
父親は海外勤務の多い商社マンだった事。

実は僕の父も仕事で海外に行くことも多く、僕の生まれる前は一家でニュージャージーに住んでいたこともあったと言う。
リコの父親も単身でアメリカにいたそうだ。
リコは祖母と同居で
仕事をしている母親がわりに
育ててもらった事。

落ち着いた所があるのは
おばあちゃんっ子だったからかな?
僕もおばあちゃんが大好きで
未だに正月だけはおばあちゃんに会いに行く。共通点が、いくつもあって面白いと思った。

そんな話をしているうちに
吉祥寺の駅のホームが見えてきた。

初めて来たわけじゃないけど
リコと二人だと、なんだか新鮮に感じる。
まるで初めての街を探検する気分だ。
彼女の子供の頃の記憶。
大部分はこの土地のものなんだよな。
♢♢♢♢♢
僕も、この公園での小さい頃の記憶がある。母と姉と僕と、三人で訪れた事があった。
たまたま、姉がトイレに行きたいと
言うので、母がついていく為、僕はベンチで二人を待っていた。

目の前で小さな女の子が、前日の雨で出来た水溜りで泥を丸めては遊んでいた。
じっと見ていると女の子が、話しかけてきた。
「ねえ、あなた、どこからきた子?」
僕より年下そうなのに“あなた”と言った事に少しびっくりした僕は、急に恥ずかしくなって答えられずにいた。
「遊ぼう!」
泥だらけだったけど
繋がれた小さな手は嫌じゃなくて
「お団子屋さんのお客さんになって!」
女の子は笑顔で、僕にこう言った。

「団子を二つ下さい」
「はいどうぞ。二十円です」
近くの落ち葉を二枚拾って女の子に渡す。
「はい」
「ありがとうございました」
僕はその団子を受け取り本当に
食べてしまった。泥ってわかっていたけど、美味しそうに見えたんだ。
もちろん、味は泥で不味かったけど、彼女がびっくりして見つめているから
吐き出せなくて飲み込んでしまった。
そこに、母が姉と戻ってきた。
口の周りに泥をつけた僕を見た
母が大声で僕の名を呼ぶから
びっくりして、姉やそこにいた女の子が
泣き出してしまった。
その声を聞いて、女の子の母親も飛んできた。
飲み込んだ量は大した事ないが
女の子の母親が、念のためにと
地元の病院に連れて行ってくれた。

そこの病院の看護師という女の子の母親が
「もしもこの子が、お腹壊したら
どうするの‼︎何故食べさせたの!」
女の子は
「ごめんなさい」と泣いていた。
勝手に僕が食べたのが悪くて
彼女も本気で食べるとは
思っていなかっただろうに
「違うんです。僕が勝手に食べたから……」って言いたかったけど
まだ子供だった僕は、何もいえなかった。

その女の子は、泣きながら僕の顔を覗き込んでいた。


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#恋愛小説
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#泥遊び

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