絵描きの翼は潰えたけれど
昔から絵を描くことが好きだった。
ひとたび絵を描けば、わたしにしか視えない世界が生まれる。
白い紙に、クレヨンを、鉛筆を、筆を走らせれば、そこは私だけの王国だった。
特別うまいわけじゃないという自覚はあった。
それでも、わたしはずっと絵を描いて生きていくんだと思っていた。
どうにか『好き』をいつまでもいちばん大切にしたくて、それを仕事にできたらいいなと思っていた。
わたしにはこれなんだって、信じていた。
そう、だから…
好きなことに没頭して、学んでいられることは、幸せなはずだったのに。
…そんなことはなかった。
わたしは生まれて初めて、絵を描くのが嫌いになった。
もう、やめてしまったほうがいいのかもしれないと思った。
わたしの王国は壊された。
わたしにしか視えないはずだった世界は、視えない何かに踏み潰されてしまった。
絵描きの翼は潰えてしまった。
自由に、色を持って、飛んでいたのに。
努力の才を持った同級生たち。
何度もダメ出しをされ摩耗していく心。
技術を身につけられない自分の不甲斐なさ。
画材費に消えていくお金。
生みの苦しみ。
でも、やめることはできなかった。
わたしにはこれなんだと信じていたし、今ここでやめたら、諦めたら、今までのわたしは一体なんだったのか、わからなくなりそうだったから。
見ないようにしていたんだ。
もっとうまい人なんかその辺にゴロゴロいて。
全部、ぐちゃぐちゃにしてしまいたかったけれど、そんな勇気はわたしにはなかった。
結局、そういう弱いところがわたしをじくじくと刺す。
どっちつかず、その上、何もできないくせに、全部諦めたくないわたしはやっぱりわがままなんだよ。
だから、目を背けたまま、描き続けた。
美大を受験した。
でも、そこでも、否定まではいかなくとも、認められることはなかった。
何度も突き返された。
まるで、そうだな、「お前に価値なんかないよ」、とでも言われているみたいだった。
スケッチブックの切れ端を、ビリビリに破いて、ぐしゃぐしゃにして。
わたしの心は限界で。
夜は眠れなくて絶望した。
ゆっくりと東の空が白んでいくのがみえると、あぁ、わたし、世界から置いてけぼり食らってるんだ、価値がないものね、そうだよねって。
そんなときに、この曲を、ずっと聴いていた。というか、観ていた。
サザンカ。
絵描きを目指している彼の姿が、自分重なるような気がして。
たぶん、初めてだったんじゃないかな。
MVで、音楽で泣いたのは。
ーということがあったことを、最近、ふと思い出した。
前置きが長すぎる。
まぁそれは置いておいて。
きっかけはなんだったかはよく覚えていないのだけど、そう、とにかく突然思い出した。
そう、それで、ああこの曲で、泣きながら、もがいていたんだよ。
高校生の時も、大学受験の時も。
なんだか懐かしくなってしまって。
毎回観るたびに泣いてしまうMVも、あんなに観ていたのに。
もう随分長いこと聴いていなかったけれど、久しぶりに観て、また泣いてしまった。
でも、ちょっとだけ安心したんだよ、変わってなくてよかったなって。
わたしの感性は死んでない。
…うん。
絵描きの翼は潰えたけれど、わたし、ちゃんと新しい翼が生えかけているから大丈夫だよ。
って、言えたらいいのにね。
また折れてしまうかもしれないから、変に期待させるようなことは適当に言えないよ。
努力は必ずしも報われることはないから、あまり頑張りたくないんだけどさ。
今のわたし、早く空を飛びたくてうずうずしてる。
2023.11.6
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