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スーツ=軍服!?』(改訂版)第91回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載91回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

二十世紀に登場したローファー靴

中世以来の礼服用のスリッポンと流れが違い、現代の靴としてのスリッポンの先祖は、北欧はノルウェー起源のローファーである。その意味とは、ヒモを結ばない「怠け者」ということで、格の高い履物とは本来、見なされない。ローファー靴は、一九〇八年にノルウェー・アウルラン出身のニルス・グレゴリウソン・トヴェランガーが、原型となるアウルランスコAurlandsskoを製作したとされる。
これを基に一九三六年にアメリカのG・H・バスが売り出した「ウィージャン」(ノルウィージャン)が、今のようなローファーのルーツとなった。
ただし、一九五〇年代以後にアメリカの名門大学の学生が流行らせた、いわゆるアイビー・スタイルとかプレッピー・スタイル(プレパラトリー・スクール=大学教育準備学校の学生スタイル)という服装、つまり、ブレザーにボタンダウンのシャツ、スラックス、といった場合には、ペニーローファー(ペニー硬貨を差し込めるようなスリットがついているローファー)を合わせるのはよい、とされる。また先述した通り、房飾りの付いたタッセルローファーはブルックス・ブラザーズ社が売り出した形式で、アメリカでは準フォーマルとみなされ、ビジネス用やパーティー用にもいい、などという。いずれもアメリカ東部を源流とするアメリカン・トラッドという範疇の服装文化における靴の選択であり、日本の高校生のブレザー式制服にペニーローファーが指定靴とされるのも、そういうアメリカ風スタイルに由来するようだ。

靴の手入れは自分でするに限る

映画「将軍たちの夜」(一九六七)で、ピーター・オトゥール演じるドイツ軍のエリート将軍が、私服の背広でパリを見物するシーンがある。で、世話役の従兵に向かって「今朝の風呂は三十一度より一度高かった」と怒る。三十一度なんてほとんど水風呂だが。そして「私の靴の靴ひもにクリームが付いていたぞ、気をつけろ」と叱責するのだが――あれを見て思った。偉そうなことを言っているが、そんなものを従兵なんかに任せるなんて大したヤツじゃないな、と。
同じような感想は、以前に松本清張原作のドラマでも覚えた。確か岩下志麻演じる有力者の奥さんが、主人の靴を揃えていると、主人がむっとして「今日は黒だ」と不機嫌に言う。「申し訳ございません」と奥方はうろたえる、そんなシーンだった。
が、その日の革物のコーディネートを黒にするか茶にするかなんてことは男の専管事項であろう。奥さんに任せきりにしたり、まして靴の管理を委ねたりするなんて、ちっとも一流人物らしくない。もし他人に委ねたのなら文句は言わないことである。実際、靴の色が変わればベルトや時計バンドはもちろん、背広、ネクタイから鞄に至るまで全部、コーディネートの組み立てを変更する必要がある。それを最後になって奥さん任せにしておいて、今日は違う、などというのは、自分で自分の服装を考えていない証拠である。人に委ねるのならせめて、最初から「今日は黒系ね」と言っておくべきであろう。
「男たるもの靴を磨き、自分を磨きなさい」とはフランスの有名靴ブランド、ベルルッティのオルガ・ベルルッティの言葉だそうだが、靴というのは一種の嗜好品であって、他人に任せるような人物はすでに、身だしなみに興味がないと見てよいのかもしれない。


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