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機密天使タリム 第五話「あなたと家族になりたいの!!!」

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1998年9月、自宅

『あのさあ』
「うん?」

 日曜日。僕とタリムが家のリビングで横に並んで座布団の上でテレビを観ていると、タリムが話しかけてきた。
 当たり前のように家にいるが、コイツの気が済むまでは……一緒にいるのも慣れてきたしな。
 
「おやつなら三時になってからにしろ。あと三十分の我慢だ」
『私をなんだと思ってるの?!
いつもハラペコのワンコか?!』

流石に家でこんな格好はしていない。

「……違ったか」
『ちーがーうーの!!……わりと真面目な話』
「そうか。なんだ?」
『君のご両親の話。
たしか一度、”帰ってこないから気にすんな”って言ってた気がするけど。
さすがに一度も連絡すらないってのは……。
それに、私無許可で住み着いていいのかなー……って』
「いいよ。あいつら少し離れた都会でそれぞれ勝手にやってるから。
というか、面倒だから親に連絡とか考えるな。……はぁー」

 思わずため息が出てしまった。

『……なによそれー。
見ず知らずの女の子と一緒に暮らすようになったとか、心配させちゃうでしょ?』
「どうだかな」
『……ねえ、君変だよ、なんか』
「なにが?」

 タリムはずいっと僕に顔を近づけた。
 僕は思わず後ずさった。

『なんでご両親に素っ気ない……というか、嫌がってるの?』
「嫌な奴らだからだよ」
『……?』

 タリムは首を傾げた。

『君は普段からちょっと捻くれてるとこあるなー、とは思ってたけど。
なんか今日は特に酷いね』

 おい。

「うるせえな。
お前は今日は特にうっとおしく首を突っ込んでくるな……」
『うっとおしい?!
……あのさー。
私の親って、いつも温かくて優しかった記憶しかないんだ。
でもね、六つのときに事故で亡くして……。
それからおばあちゃんに一年育てられて……おばあちゃんも……。
その後機関にもらわれていったんだけど』
「……」
『だからさ。
家族がいるって……生きてるって、凄く羨ましくて、素敵なことだと思うの!
今まで何があったか知らないけど……もうちょっと、親と話してみたら?
きっと話せばわかるよ。
せめて、最近の近況だけでも……』

”ダン!!!”
 僕は思わずテーブルを拳で叩いた。
 タリムはびくっとした。

「僕の親がお前の親と同じだと思うな!!!
自分の価値観を押し付けんじゃねえ!!!」
『あ、あのね……』

 僕は無言で玄関へ向かった。
 タリムは僕の腕を掴んだが、それを強引に振り払った。

『えっと、どこ行くの……?
私も……』
「ついてくんな!!!」

 僕は冷蔵庫からプリンを取り出し、リビングの奥へと放り投げた。

『あっ?!』
 タリムは華麗に飛び込み前転しながらそれをキャッチ。
『プリンになんてことを……?!』

 僕はその隙に急いで靴を履いて外へと飛び出した。

『あ、待ってよ……。
……
……
ひとりで食べたって、美味しくないじゃん』

 

 そんな呟きが聞こえてきたが、無視した。

外の路地

「はあ~~~~」

 なにやってんだろうな、僕は。
 あんなことするつもりなかったのに……。
 だけどあいつ、なんで土足でひとの家庭の事情に踏み込もうとするかな……。
 ああでもしなきゃ止まらなかったろうし……ああ、でもあんなことするつもりは……。
 それに今日のあいつメッチャ腹立つ……。
 
 気が付くと、僕は行ったことのない公園の前にいた。
 ……たぶん無意識にかなり長い距離を歩いていたんだろう。
 僕は苛立ちを抱えたまま、近所の公園のベンチに座って、ぼーっとすることにした。
 そんなことをしても、さっきと同じような考えがグルグルと繰り返し頭の中に勝手に流れて……全然気が休まらないし、苛立ちも消えない。

「はあ……」
「はあ~~……」
「……ん?」
「……うん?」

 自分のことで手一杯で気づかなかったが……ベンチの隣に誰かが座っていて、どうやら同時にため息をついて、思わずこっちを見たらしい。
「……あんたは?」

 そう話しかけてきた少女は、年齢は僕より少し上……高校生だろうか。
 後ろに髪を一束に長く編んでいて、服装はテカテカの生地のジャンパーにダメージジーンズ、膝にヘルメットと、ちょっとヤンキーっぽい。
 口調もざっくばらんというか、雑というか。

「あー……僕は通りすがりの中学二年で……」

 正直、あまり関わりたくないが、無視するのも……。
 適当なところで話を切り上げて立ち去ればいい。

「ふーん。どっから来たの?
……あっちのほう?じゃあ××中学か。
ま、別にあんたが誰でもいいんだけどさ。
なんか同時に似たようなため息ついちゃって。
ちょっと気になってさ」
「あー……はい」

 正直、僕は今すぐここから立ち去りたいが。

「まあ、せっかくだからちょっといい?
無関係な相手だから、話せること、聴けることってあるじゃん?」
「はい?」

 あるのか?そんなことが。

「あんたは、何にそんな盛大にため息ついてたわけ?
女の子にフラれた?」
「違います。
あー……同居人とちょっと口論しただけです。
それじゃ」

 僕はあわてて立ち去ろうとしたが、その少女は近くの自販機に向かって行った。

「ちょいまち」
 そう言いながら、近くの自販機で缶ジュースを二つ買って、一本を僕に投げてよこした。

「……あ、どうも。お金……」
「いいって、そんぐらい。私のが年上……高一だし」

 ……ああ。
 ここまで気を遣われたら、ここはベンチに戻って話すしかない。
 どうやら悪い人ではなさそうだし。

「……まあ、ちょっと前から、ある事情があって同年代のヤツが家に住み着くことになって……」
「住み着く……?なんか野生の生き物みたいね」
「まあ、それに近いんですが。ホームステイ……?みたいな」
「なるほど」

 実際はそんなもんじゃないけど。

「で、僕の家……ちょっと複雑で。
ちょっと前まで少し離れた町に暮らしてて、僕だけこっちに戻って来て……」
「ふんふん。どうしてあなただけ?」
「そのー。
地元のトラブルに巻き込まれてこの町を離れたこととか、都会に馴染めなかったこととかがきっかけで……
小さいことから大きなことまで、親同士がなんでもかんでもお互いに気に入らないって状態になっちゃって」
「あー、うんうん。
親っていったんそうなると喧嘩が絶えなくなるよねー」
「そうそう。
それで……母親は僕がなんでもかんでも思い通りにしないと気が済まないようになってしまって。昔も少しはそういうとこあったけど、段々ひどく……まるでスパイのようにどんな些細なことも監視して、手出し口出しするようになって……」
「うわ、わっかるー!!
ウチは父親が私にそうなんだけど!!!」

 高一の少女は大きな口を開けながら大げさに同意してきた。

「……マジですか」
「マジマジ!!!
いやーーー、だから私、本気で腹立てて、薙刀で親父の頭ぶん殴って出て来ちゃった」
「薙刀?!」

 お転婆やじゃじゃ馬ってレベルじゃないぞ。
 大丈夫かこの人……。

「あー、木製のヤツね、うち古武術の道場やってるからさ。
私も昔から武術やってたんだけど。
なんか最近、年頃だからもっと女の子らしく~~、とかさ!!
お花のお稽古でも始めろとかさ~~~!!
そんなんじゃ嫁に行けんぞ~~~!!
とか。
いつの時代の考え方よ?!
わたしゃーあんたのお人形か?!」

 ああ、親から言われてることは違うけど、なんかわかるな……。

「なるほど……。
そうです、その通りです!!
自分の意見や願望を押し付けて操り人形みたいにしようとするな、って!!!」
「そうそう!!!」
「うちの同居人だって、自分の親はまっとうだったからって、こっちの親も勝手に同じようなもんだと思い込んで、話せばわかるはずって意見を押し付けてくるんですよ!!
ほんっと、勝手な奴!!」
「まったくだ!!!
話せばわかるなら最初から苦労はしない!!!」
「まったくです!!!うちの親ときたら……」

 僕とその少女は、しばらくお互いの親の愚痴を言い合い、同意し合った。
 気が付くと、夕日が沈みかけて少し暗くなっていた。

「あ、もうこんな時間」
「あんた、あっちの中学だっけ?家遠くない?大丈夫?」
「ああ、行きも歩きだったので歩いて……」
「いや、すっかり付き合わせちゃったから、家の近くまで送るよ。
原付あるからさ」
「いや……」
「遠慮すんなって!!あ、私はミナ。よろしくね!!
小さい原付だけど、ひっつけば二人乗り出来るっしょ」

 僕はミナさんに腕を引っ張られて、強引に荷台に座らされた。

「危ないからしっかりくっついてお腹に腕回して……ほら、遠慮してると危ないから!!」

 おずおずと僕は言われたとおりにする。

「もっと身体くっつけて!!あ、ケーサツいたら教えてね」
「え?」
「たぶん原付二人乗りしてるとヤバい!!」
「えーーーー?!」

 僕が驚いている間に、原付は走り出した。

 ミナさんは僕を家の前に送って、手を振って去っていった。
 家に入ると、タリムが微妙な顔つきでリビングで待っていた。

『……おかえり』
「……ただいま」

 なにか、言わなきゃいけないような、言いたくないような。
 相手も何か言いたいような、聞きたくないような。
 そんな微妙な空気の中、僕たちは黙々とレンジで冷凍食品を温め、無言で食べた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

翌日のタリム

 私と君は放課後、珍しく別々に学校を出た。
 一緒にいても、お互い何を話したらいいかわからないし、下手なことを言えばまた怒られそうだし……。

『はあ~……どうしよ』

 私がため息をつきながら歩いていると、近くを原付で走っている女の子が「はあ~~……どうしよ」とため息をついて、思わずそっちを見てしまった。
 後ろに髪を一束に長く編んでいて、服装はテカテカの生地のジャンパーにダメージジーンズ、頭にヘルメットと、ちょっとヤンキーっぽい。

『ん?』
「うん?」

 目が合って、なんとも言えない気まずさになる。
 その女の子が原付を止め、ヘルメットを外してこちらに歩いてきた。

「なんか用?」
『いやー……別にそういうわけじゃ。
ただ、同時にため息ついたから、ちょっと気になった、って言うか……』
「あっそ。
……あー、こないだもそういうのあったわー。
あんた、そこの学校の中学生?」
『はい』
「……そっか。
とりあえず、後ろに乗って」
『……はい?』

 それから。
『うーーーーーーみ~~~~~~!!!』

 原付の後ろの荷台に乗りながら、私は叫んだ。
 視界の遠くに海が見えて来たのだ。

「手ぇ離すと危ないって!!
あんた、海初めてなのーー?」
 風に吹かれながら、原付を運転する女の子が話しかけてきた。

『はじめてーーー』
「少し遠出すれば行けるのにー連れてってくれる男いないのーー?」
『そんな気の利く男はいないーーー!!!』
「気の利かない男はいるのーーーー?」
『……いるぅ~~~よぉーー……』
「はっはーーん。
さてはそいつのことでため息ついてたな~~。
お年頃か!!!」
『そーいうんじゃない~~~!!!
ただの……ただの……なんだろ……』
 
 私たちは、普段住んでいる町から少し離れた海に来た。
 女の子は海岸近くの駐車場の端に原付を止めた。

「で、あんた……名前は?
私はミナ、高一」
『タリムです。中二』
「そっか。
最近悩んでる中二の子に縁があるな~」
『……?』
「いや、こっちの話。
ま、こっち来て座って話そう」

 私たちは海の見える場所に横並びに座った。

「んで、あんたは何に悩んでたの?
気の利かないボーイフレンド?」
『そんな洒落た関係じゃないよ。
なんだろなあ……あいつ。
恋とか甘い感じでもないし、友達……と呼ぶには濃い付き合いだし。
仲間……うーん、ちょっと違うなー』
「わりと微妙な関係?」
『そうそう』
「そっか。その男がどしたの?喧嘩でもした?」
『うん……。
昨日から口も聞いてないんだ。
ちょっと怒らせちゃって』
「どうして?」
『んん~……』

 私は海や空を眺めながら考えた。

『話したくないことを無理に訊いたり、あいつが求められていない意見をしたからかなあ』
「あー……。
まあ、よくあることだわね」
『そうなの?
私、最近まで同年代の子……男の子とあんまり話したことなくってさ。
そいつとは出会ってからは、お互いに言いたいこと言い合ってなんとかなってきたハズなんだけど。
なんか……こういうとき、どうしたらよかったのかな、って』
「まあ、相手が何をどんくらい気にするかって、触れてみなきゃわからんこともあるさ。
そう言う意味じゃ、知れてよかったんじゃないの?」
『そうかなあ……。
謝ったら許してくれるかなあ?』

 私は俯きながら言った。

「あー……。
まあ、謝らなきゃいけないよね。
このままモヤモヤ抱えたままお別れとか、嫌でしょ?」
『うん……。
謝った後、また怒らせちゃいそうでさ』
「そんな気難しいヤツなの?
それならもう関わらなくていいんじゃない?」
『ううん……。
普段はわりと優しいよ。
なんだかんだ文句は言うけど、結局大抵のことは許してくれる。
それに、私が困ったら助けてくれるんだ』
「うわ、なにそれ。何?やっぱり二人ってそういう仲なの?」

 ニヤニヤしながら言わないで欲しい。

『違うから!!
それでさ……。
あいつ、親に関しては凄く繊細っていうか……怒りやすいっていうか、それでびっくりしちゃって』
「あー……。
まあ、私も身に覚えがあるかもなあ。
誰しも、普段は気づかなくても、凄く気にしていることとか、深く傷ついていることってあったりするよ、一個くらいは。
地雷ってヤツだね」
『そっか……。
あいつにとってはそれが……親のことなんだね。
やっぱり、私……悪いことしちゃったなあ。
はあ……ますます、どうしたらいいかわからんなくなっちゃった』
「何言ってんの!」

 ミナさんは私の背中をバシンと叩いた。

「それがわかったら十分でしょ?
そのことだけきちんと謝れば許してくれるって!」
『そうかなあ……』
「もしそれで文句言ってきたら、おねーさんに言いな!
私がそいつぶん殴ってやるから!!」
『ぶん殴らないで解決してほしいなあ……』
「そうだね、ははは!!」
『あははははは!!』

 私たちは笑った。

『あれ、ミナさんもため息ついてたよね?
どうしたの?』
「あー……。
私も男関係かな……」
『聴かせて?』

 私はずいっとミナさんに顔を近づけた。

「目を輝かせて言うな?!
あのさー。私、道場の娘なのよ、けっこう有名な古武術の」
『ほほう』
「でさー。自慢じゃないけど。
門下生の中には私目当ててで通ってくる奴もいてさー」
『へえ!!』
「なんか知らない間に、”私に勝ったら結婚して道場の跡取りになれる”って噂が流れてさー」
『ええっ?!』
「まあ、しつこく挑んでくるヤツもいるのよ。
けど、私、お父様と兄……みたいな人以外には負けないんだけど。
で、一番しつこい奴が試合以外でも日頃から付きまとってくるようになってさー」
『ああ、あれか!!
最近ニュースとかドラマであるヤツ!!!
ストーンヘンジっていうの!!!』
「いや、それ遺跡だろ。
ストーカーね!
ストーまでしか合ってねえわ」
『うん。それこそぶん殴っちゃえばいいのに』
「……いや、それもやったけど」
『やったの?!それで?』
「……殴られて喜ぶようなヤツだった」

『……』
「……」
 二人の間に、微妙な沈黙が続いた。

「ねえ、どうしたらいいと思う?」
『……問題のレベルが難しすぎて……私には……』

 私は文字通り頭を抱えた。
 ミナさんはそんな私にしがみついてきた。

「そう言わずにさーーー!!
マジで困ってんだよ!!」
『じゃあ、あれかな。
ミナさんがちゃんとした恋人作るとか。
それなら諦めるんじゃない?』
「え……」
『誰かいいひと……心当たりないの?』
「あー」

 ミナさんは私から離れて目を逸らした。
『いるんだ』

 ミナさんは振り向いた。

「ニヤニヤするな!!
……さっき、兄みたいな人がいるって言ったでしょ?」
『うん』
「その人、一応婚約者なんだ……昔、親同士で勝手に決めた……
許嫁ってヤツ?」
『……え?
……わかった、帰ろう』

 私は立ち上がった。

「待って?!帰ろうとしないで?!」
『悩んでると思ったらただのノロケ話……』
「違うわ?!マジな話だから!!!」
『簡単な話では……。
そのひとにストーカーをシメてもらえば済むのでは?』
「そうなんだけど!!
その人……もう成人して働いてて、忙しいんだよね。
そんなことで手を煩わせたくないっていうかさ……」
『うん?
けっこう大事だよね?
忙しくても、自分の大事な人を守りたくないのかな……』
「……。
そのひと、私を妹としか……ガキとしか見てないの。
許嫁って言っても、昔の政略結婚じゃあるまいし、本人たちが嫌って言えばなんの意味もないわけで……それで……」

 私は再びミナさんの隣に座った。

『そっか。
そのひとが自分を女の子として大事にしてくれるか、守ってくれる気があるのか、自信ないんだ』
「……うん」
『で、やっぱりミナさんは好きなの、そのひとのこと』
「え?!……いやー……。
親が勝手に決めたことだし……その人にとっては妹みたいなもんだし……」
『ほかの人の意見はともかく、ミナさんはどう思ってるの?』
「……ふう、わかんないよ。
私は自分で言うのもなんだけどさ、女の子っぽいことより、薙刀振り回したり運動してるほうが性に合ってるからさ……」
『そっか』
「うん。だからストーカーも、そのひとも、ついでに女の子らしくしろって口うるさい親父も!!
どれもこれもどーしたらいいかわかんなくてさ!!!」
『あー……』
 
”ウウウウウーーーーーーン!!!”

 耳当てから突然警報が鳴った。
 いつもの町では、町のあちこちに変異体の力に反応するセンサーと警報があるが、私が町から離れている場合、耳当てから小さめの警報が鳴るようになっている。

 耳当てから茨先生の声がした。
「タリム、聞こえる?
変異体が出現したわ。今すぐ移動して。場所は……南南西17232m」
『了解、すぐに向かいます。
ねえ、ミナさん私……ミナさん?』

 ミナさんはポケットから小さなモニターのある機械を見て表情を曇らせている。
 それを覗いてみると、「4918」と表示されていた。

「私……すぐ帰らなきゃ。
ポケベルに……4918……至急家……。
何かあったんだ……。
タリムちゃん、急いで後ろに」
『ううん、私乗せてたら遅くなっちゃう。
私大丈夫だから、一人で!!』
「でも……」
『大丈夫だから、えーと、近くにバス停あったから!!
お金あるし!!
私より家族を優先して』
「わかった、ゴメンね!!!」

 ミナさんが原付で走り去った。
 それを見計らって一台の車が近づいてきて、止まった。

「タリム。例のシステムは完成している、使え」
『はい!!』

 黒鵜先生だ。
 やっぱり離れたところから護衛してくれていたんだ。

 以前の戦いでの反省から、自動的に装備を装着するシステムが急ピッチで作られていた。
 その名も……
『変身システム起動!!』
 ケースから装備が自動的に飛び出してくる。



 

 

 そして、背中から銀色の機械翼が現れる。

『機動天使タリム、出撃します!!認知阻害システム起動』
「何があっても落ち着いて行動しろ」
『はいっ!!』

 私は指定された座標に向かって飛んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

少し前……タリムがミナに出会う直前。


 僕は一人で学校から帰ろうとしていた。
 ……少し離れた前方にタリムがひとりで歩いている。
 ……声をかけたほうがいいだろうか?
 なんだかこうやって後ろから歩いているとストーカーみたいだな。
 そういや、最初にタリムが家に来た時も、こんな風にどう声をかけようか考えながら後ろをついてきていたんだろうか……。

「あっ?!」

 見覚えのある原付に、ヘルメット、そして伸ばした編んだ髪の女の子……。
 その女の子とタリムがなにやら話して、半ば無理矢理原付の後ろにタリムを乗せてどこかへ走り去ってしまった。

「おいおい、あのひとタリムを連れて行ってどうするつもりだ?!
……悪い人じゃないと思うが……。
でも、なんで?!
二人は知り合いだったのか?!
あーーーー……
くっそ!!!
話しかけるどころじゃないじゃないか!!!」

 考えろー、考えろ……。
 まず、今の目標は。
 ……タリムとの和解だ。
 あれからずっとギクシャクしたり、あれこれ考え込んで正直身が持ちそうにない。
 今日中、いや、一刻も早く解決したい!!!
 そのために……タリムがどこへ連れ去られたか見当をつけるべきだ。
 たしか、古武術道場の娘だって話していた。
 あの公園の近くか……?
 家に帰ってタウンマップで調べれば簡単に見つかるはず。

  
 しばらくして。
 僕は調べた通りに古武術の道場前に辿り着いた。
 古くて大きな木造りの屋敷と門構え。

「うわ、滅茶苦茶入りづらい……。
僕、どう見ても入門生に見えないしなあ」

 ふと、近くに体格の良い太った男が歩いていることに気づいた。


 その手には、少し大きめの瓶……その口から、布が少し飛び出ていた。

「瓶から布……?
まるで火炎瓶だな」

 思わずそう呟くと、その男は僕が乗っている自転車を思い切り押し倒した。
 僕は自転車から地面に転がり落ちて、男は自転車を奪って走り去った。

「いてぇっ……?!あの野郎!!!
まさか本当に火炎瓶……?」

 僕は急いで立ち上がってその男を追いかけた。

「待てーーー!!!
お前何する気だ!!!」
 

 男を追って屋敷の裏手に辿り着くと、火の手が上がっていた。
 近くを歩いていたサラリーマンが歩きながらPHSで話をしていたが、火の手が上がっているのを見て「ひえっ?!」と腰を抜かした。

「すみません、それを貸して下さい!!!」
「は……?はひっ……」

 まず119!!
 ふと、僕の脳裏に変異体となった不良のことが浮かんだ。
 奴は何かしら強烈に歪んだ執念と欲望で動いていた。
 ……もし、あの男が変異体だとしたら?
 念のために機関に連絡したほうがいい。
 ……以前黒鵜先生の番号を聞いたことがあった!!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  

体格のいい男、その後 

 
 俺は火炎瓶を片手に奪った自転車で走った。

「あのガキ……!!邪魔しやがって!!!
どいつもこいつも邪魔ばかり!!!
ミナさんは愛を受けれてくれない!!
師範や他の弟子たちは俺をいつも馬鹿にして!!!
……うぁっ」

 男は焦ったせいで転んだ。
 しかし、辛うじて片手の瓶だけは守った。

「くそぅ!!!
なんで俺ばっかこんな目に……。
道場を燃やしてやる!!!
そうすればミナさんは俺のことを見てくれる……」

 誰かが、耳元で囁いた気がした。
≪チカラが、欲しいカ?≫
「……あん?気のせいか」

 そして、屋敷の裏手に辿り着き、片手に火炎瓶、もう片手に火をつけたライターを持って道場の中に入った。

「お前、何をしている?!」
 中には、道場の師範……ミナの父親がいた。


「さあ、俺とミナちゃんの仲を認めろ!!さもないと……」

 師範は素早く男のライターを蹴りで叩き落し、もう片方の腕を捻り上げて火炎瓶を取り上げた。

「こんなもん用意しやがって!!!
男なら武術でかかってこんかい!!!」
「だって、俺じゃどう頑張っても勝てないじゃないか!!!
工夫して何が悪いんだよ!!!」
「何が工夫だ、こんなものただの卑怯な犯罪だ!!!
こんなことする男を認めるわけがなかろう!!」
「あんただって、人を殴ったり蹴ったりするじゃないか!!!」
「馬鹿もんが!!!武術を磨き競う過程で殴るのと、
誰かを傷つけるために殴るのでは意味が違うわ!!!」
「弱者にとっては何も変わらな……」

 二人が揉み合っていると、火炎瓶が床に落ちて割れ、中の液体が広がった。

「俺にもっと力があれば!!!
何が引き換えでもいい!!!
……んぉぉっ?!」

 男は胸元になにかがベトベトと這う異様な感じがした直後。
 
「痛ぁっ?!……んん?」

 何かに胸を刺されたような気がした。

「げほっ、うげほぉっ……ううううぅ~~~~~~~……
あああああぁ~~~~~……」
「おい、どうした……?」
 師範は腕を掴んだ力を緩めながら俺の顔を覗き込んだ。

≪全身に力がみなぎる……?≫

 気が付くと、俺は軽々と師範を振り払って床に叩きつけていた。

≪この力があれば、なんでも望みが叶う気がする!!!
もっと、もっと力をォ!!!!≫

 床に叩きつけられた師範は、素早く立ち上がって男の鳩尾に全力の肘打ちを放った。
 本来ならどんな大男もまともに立っていられない一撃だが……。

≪今、何かしました?≫
「き、貴様……一体なんなんだ?!
急に別人のような……いや、人間離れしたような……?!
……いや、外見すら変わっていく……?!」

 男は石で出来た彫像のような体になり、気が付くと頭や手足、腰の皮膚の一部が装甲のように変わっていった。

 男は片手で師範の首を掴んで持ち上げながら、落ちたライターを拾い上げた。

≪あなたの大事なモノ全てを頂く≫

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

屋敷前に到着したタリム



 私が辿り着いた場所は、燃え盛る古くて大きな木造の屋敷前。

『火事……?!
消防車はまだ……?!』

 茨先生の声が耳当て型通信機から聞こえた。

「タリム、少年から連絡。
変異体の可能性がある男が屋敷の裏手から侵入、敷地内の道場に火炎瓶で火をつけた模様。
消防への連絡は済んでいるわ」
『あいつ今そいつを尾行してるの?!
何考えて……』
「大丈夫、少年は今屋敷の敷地外に出たそうだから」
『あああっ!!
まず中にいる人を助けなきゃ!!』

 私は話しながら走り出した。

「タリム、あなたの任務は変異体を倒すことよ!!」
『わかってる!!中の人を助けてから戦う!!』
「あ、あんたねえ、そんな余裕があるとは……」
『いいから任せて!!!』

 いくつかの建物があるなかで、火が出ているのは……小さめの体育館みたいな、大きくて一部屋だけの建物。
 ここがドージョーなのかな?

 中に入ると、石像のような男が武道着を着たおじさんの首を掴んで持ち上げていた。

『たぁーーーーーっ!!!』

 私は近づきながらビームブレードトンファーを起動させ、その腕を切り落とした。

≪誰だっ?!≫

 石男は傷口を抑えながら呻いた。
 武道着のおじさん……師範ってひとだろうか……は床に倒れながら呟いた。

「がはっ……この道場は……家宝の薙刀は……私が守らなくては……」

 私は認知阻害システム……普通の人に認識されづらくなる機能を止めて怒鳴った。

『そんなことよりおじさん早く逃げて!!!
火の手が回れば逃げられなくなる!!!』
「しかし……」

 私はおじさんを片手で持ち上げた。

「え?」
『おりゃーーーーー!!!!』

 おじさんを道場の出口めがけて放り投げた。

「うわぁーーーーーーーーーっ?!」

 それから、薙刀もおじさんに当たらないように外へ投げた。
 腕を切られた男は、腕をつなぎ合わせながら立ち上がった。
 そして、掌をこちらに向けた。
 そこから大きな石斧が飛び出てくる。
 私はそれをトンファーで防いだ。

≪よく防いだな……≫
 石男は石斧を拾いながら言った。

『強い変異体は特殊な力を持っているから、怪しい動作をしたらまず飛び道具を警戒すべし、って黒鵜先生が言ってた』
≪最近の先生はそんなことを教えてくれるんだね。
だけど、力に目覚めた俺に敵うはずがない≫
『……ねえ、大人しく投降して。
機関ならあなたを人間に戻せるかも……』
≪冗談じゃない!!!
この力があればなんでも願いが叶うんだ!!!≫

 男は石斧を構えて突進してきた。
 私はそれを横に避けながらトンファーを二回振り下ろし、男を床に叩きつけた後、さらにアッパーのように相手を私の頭上から、背後へと吹き飛ばし……男が地面に衝突した瞬間、私は背を向けたまま足を開いて蹴りを放った。

≪へぶばっ?!≫
 男はよろめきながら立ち上がった。

『大人しくして』
≪くそう……。
くそうくそうくそう!!!
もっと力があれば!!!
もっと俺に力を!!!≫

 胸の肉塊は溶けるように身体の中へと入ってしまった。
 男は再び立ち上がり、石斧を構えて突進してきた。

『何度やっても同じ!!』
 私は再び横に避けて攻撃を当て……っ。
『硬いっ?!』

 トンファーが弾かれた。
 先ほどとは段違いに硬い。
 そして男は私の足を掴んで、床へ私を叩きつけた。

『うわあっ?!』

 私が立ち上がったときには、石男は道場の外へ走り去っていた。

『こんのぉーーーー!!!
待てーーーーーーっ!!!』

 機関の研究によれば、変異体は人間だった頃の”一番の執着”のために行動し、自身の欲望を満たそうとする。
 そして、身体の変異は執着と欲望に影響され、それが強いほど特殊な能力が生まれる。
 なら、この男は何のために道場に火をつけて……なぜ石のような身体に。そして、どこへ向かっているの……?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

道場に到着したミナ

 
 私が原付で家の正面前に辿り着くと、道場が燃えているのが見えた。

「嘘でしょ……なんで」
 私は原付を止めて降りると、思わず地面に座り込んでしまった。

≪それは、あなたが俺を認めてくれなかったからだ!!!≫
 目の前に、大きな動く石像のように見える男がいた。

「あんたは……?」
≪ミナちゃん、あなたが俺をどれだけ嫌ってもいい、叩いてくれてもいい。
関心を向けてくれればそれでよかった。
でもね……。
俺を無視して別の男に関心を持つのはやめてくれよぉおおおおおお!!!
この間も変な中学生と会っていたし!!!
なにより、アニキ面した男!!!
あいつだけは許せない!!!
そんな奴らより、真剣な俺を見てくれよぉおおおおお!!!≫
「まさか……。
あんた……ストーカー……」
≪名前くらい覚えてくれたっていいだろぉーーー!!
俺だって門下生だったんだから!!!≫
「真面目に稽古もせず、負けても相手のせいばかりにするあんたのことなんか覚えたくもない!!!」
≪でも、今は誰よりも強い!!!
これでみんな、俺たちのことを祝福してくれる……≫
「あんた何言って……」
「ちぇすとぉーーーーーーーーーーー!!!」

 後ろから、お父様が家宝の薙刀を石男の頭に向かって振り下ろした。

≪あん?≫

 薙刀は綺麗に折れ、穂先が落ちた。お父様は腕を痛めながら地面に転がった。
 石男は頭をポリポリとかいた。

≪現代の武神と呼ばれる男がこんなもんですかぁ……。
何十年という稽古も、代々受け継がれてきた技も、今の俺の前には児戯に等しいですなぁ≫
「お、お父様……なにより大事にしていた家宝の……っ!!!
道場も燃えちゃって……。
お父様が何より大切にしていたものが……」
「バカモン!!!
そんなことより早く逃げろ!!!
ここはワシが死んでも足止めする!!!」
「え、なんで……」
「娘より大事なものなどない!!!」

 お父様が石男の足にしがみついた。

≪うっとおしいなー≫

 そいつはお父様の片腕を捻った。

「うぐぁああああーーーーっ?!」

 お父様は腕をかばいながら倒れ込んだ。
 石男がお父様の腹を蹴ると、お父様は口から泡を吹いて気を失った。

「やめて!!!お父様に酷いことしないで!!!
目的は……私なんでしょ?
だから……言うとおりにするから、やめて」

 私は石男の前に土下座するように頭を下げた。
 視界の端に、折れた薙刀の穂先がある。

≪いいよ、こっちの親父にもう用はない。
さあ、今から俺の家に行こうじゃないか、ねえ?≫
「……はい」

 私は地面に転がった薙刀の穂先を掴んで、男の目に向けて思い切り突き出した。

≪……悪いけど、それ全然痛くないよ。
だけど、すんごい気分が悪いから、ぶん殴っちゃおうかなぁ?!≫

 石男が腕を振り上げた。
 私は思わず目を瞑った。

 ……あれ、あんまり痛くない。
 目を開けると、誰かにかばわれて、抱きしめられながら地面に押し倒されていることに気づいた。

「あなた……どうして?!」

 私をかばっていたのは……許嫁であり、兄のようなひと。

「ぐっ……大事な家族が傷つくのを、黙ってみていられるか……
心配で……見に来てよかった」
「背中に……傷が!!!」
「大した事じゃ……な……い……」

 私の兄のようなひとも、そのまま気絶した。

「ごめんなさい……私……。
不満ばっかりで、二人のこと……全然信じてあげてなかった……。
私のせいで……こんな……」
≪そうだ!!!
あんたが俺を認めて、愛して、最初から言うとおりにしていれば、
道場が燃えることも、家宝が折れることも、二人が死ぬこともなかった!!!≫
「うっ……」

 私は顔を手で覆って泣いた。
 そこで、誰かが少し離れた場所から声をかけた。

『そんなはずないよ。
悪いのは、欲望のために誰かを傷つけるヤツなんだ!!!
人を傷つけるヤツはいつだって、傷つく側のせいだって言うんだよ』
 
 私が顔をあげると、石男の死角に左腕を前方に突き出すように構えた、奇妙なヘルメットやら翼がある女の子がいた。

『適合率94……95……96%!!!
フルチャージ完了!!!ロックオン。タリム砲、発射!!!』

 女の子の手から光のようななにかが放たれ、石男を包み込んだ。

≪俺は……っ!!!
ただ誰かに認めて欲しかっただけなんだーーーーーーっ!!!
俺を見て……っ≫
『わかった。
私は、あなたのこと覚えているから』
≪あっ……
りが……≫

 石男の姿が消えて灰のようなものが残り、風に流されて消えた。

「何が……起きたの……?」

 謎の少女が近づいてきた。

『あれは悪い夢だから、あなたは忘れて』
「夢……?」
『だけどね、お父さんと許嫁さんが命懸けで守るほどあなたを大切に想っていることだけは、覚えていてね。
それじゃあ、さようなら』
「あなたは……?」

 私はそう呟くと、気を失った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後、機関の一室

 
 茨、黒鵜の二人がいた。
 黒鵜はこう切り出した。

「前回と今回……少年を戦いに巻き込んでしまった。
タリムと少年を引き離すべきでは?」
「けれど、本人たちの関係は良好ね……。
無理に引き離すとせっかく高水準で安定してきたタリムの適合率に悪影響が……」
「このまま巻き込まれ続ければ、少年にどんな危険があるか……。
俺とタリムで守り切れるとは限らん。
そうなったらタリムが戦えなくなるほど衝撃を受けるだろう」
「……そうね。
だけど、そう言ってあの二人が聞くかしら?
特に少年、あれは意外と頑固者よ。
たぶん普段は何事にも執着しないようで、一度決めたら決して揺るがないタイプ」

 アズニャル博士が部屋に入ってきた。

「やれやれ、相変わらず無駄な議論が好きですねぇ!!
一人の少年の命と、タリムさんの適合率……つまり、人類の運命。
どっちのほうが重いか、いちいち議論しなければわかりませんか?
最初から私たちに選択権はない!!!」
「それで少年が死んだら……」
「そのときは、復讐心を与えましょう。
少年を奪った憎き敵を滅ぼせと洗脳します。
それでより強い適合率が期待でき……」

 黒鵜はアズニャル博士の首を片手で掴んだ。もう片手には剣が握られていた。


「貴様……」
「やめなさい、黒鵜!!!」

 黒鵜は手を離した。

「がはっ……げほっ。
つくづく、非合理的で理解できませんね……」
「……貴様とは到底分かり合えんな。
俺がタリムと少年を守れれば何も問題あるまい。
この話は終わりだ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後、自宅


 僕とタリムは家に戻っていた。
 僕は雑に野菜を切って鍋で茹でて、それからその鍋に袋ラーメンの麺を入れて茹でた。
 タリムはどんぶりにスープの素を入れたり、お茶や箸の用意をしていた。

「さあ、食べよう」
『うん』

”ズズズズズズ……”
 それから二人とも無言でラーメンをすすった。

『あのさ』
「うん」
『なんか言う事あるでしょ?』

 あー……そうきたか。
 まあ、ここは腹を括って謝るいい機会だ。
 ……許してくれるか不安だが。

「ごめんな」
『なにが?』
「色々」
『色々、じゃわかんない』
「あー……。
あれだよ、こないだ怒鳴って悪かった」
『それは気にしてない』
「ああ。
あと、プリンも投げた」
『それは許さない。結局食べたけど、ちょっとグチャグチャになってた』
「もうしないよ。
新しいのも買ってきている」
『なら許す。
……って!!!
それじゃなくって!!!
私が今怒っていることは!!!』
「え……?」

 なんだ?他になんのことだ。

『なんで変異体の近くにいたの?!』
「いや、たまたま……。
道場の近くに行ったら怪しい奴がいて……。
もしかしたら変異体かなー、と思って機関に連絡を……」
『あのねえ!!!
そう思ったら逃げなよ!!!真っ先に!!!』

 なんか凄い剣幕だな。

「……?
お陰で迅速に動けて被害を最小限に出来ただろ?」
『そういうのは機関のエージェントの仕事なの!!
万一変異体に見つかったら怪我じゃ済まなかったよ!!!』
「ちゃんと距離を保っていたから平気だったろうが」
『今回たまたま無事だっただけ!
偉そうに言うな!!!』

 カッチーン。

「周りに機関の人がいない状況では仕方ないだろっ!!
自分の身ぐらい自分で守れ……」
『ただの中学生が何言ってんの?!』
「お前だって中学生じゃねーか!!!」
『あのね……私はただの中学生じゃない、機密天使なの!!!
君が危ないことする理由なんかないでしょ?!』
「ある!!!」
『ない!!!』
「ある!!!」
『ない!!!……なんであるのっ?!』
「そりゃあ……」

 僕は次の言葉を言い淀んだ。

『なによ。やっぱないんじゃん』
「……あの道場のひとたちと同じだよ」
『えっ?』
「自分が無力だとわかっていても、身近なひとが心配で……。
……いや、ちょっと違うな」
「うん?」

 タリムは怪訝な顔をした。

「タリムはさ、誰かが傷ついたり、守れなかったら悲しそうな顔をして、それでも平気なフリしてわざと明るく振る舞ったりしてさ。
……僕は敵から守ることは出来ないけど、そういうところはなんとかさ、力になれないか、って……思ったんだ。
だから、どうしても被害を減らしたかった」

 タリムは顔を赤くして、そっぽを向いた。

『わかったよ。でもさ。
……もう、無茶なことしないでね』
「あー……うん」

 タリムは顔を正面に向けなおして言った。

『あと、こっちも……こないだ、嫌がる話題とか無理にして、悪かったよ』
「うん」
『勝手な意見押し付けちゃったりして、ゴメン』
「あー、その件だけどさ」
『うん?』
「あの親子見てたら、たまに電話するくらいならいいかな、って……。
ちょっとくらい、分かり合えること、あるよな……?」

 タリムはしばらく僕を見つめてから、にっこり笑った。

『うん!!!』

 僕はラーメンを食べた後、電話機へ向かった。
 そして、ふだん抜いてある電話線を繋げた。
 まず、父親にかける。

「ああ、父さん……?久しぶり。
ああ、こっちはちょっと変わったことがあって。
その……もしもし?
仕事で疲れているから後にしろ?
……明日も忙しくて無理……?
……わかっ……あ?
切れた……」

 次に、母親に電話をかけた。

「ああ、母さん久しぶ……」
「ねえあんたいつまでそっちにいるつもりなの?!
ちゃんと勉強してるの?!
なんでそんな馬鹿なの?!
だいたいあんたはなんの取り柄もないんだから勉強くらい……。
お父さんは何を考えて……」

 母親は延々と罵声と愚痴の入り混じった何かを垂れ流し続けた。
 二十分は続いただろうか?
 その間、僕の言葉は一言も聞き入れられなかった。
 僕は電話を切った。
 その直後に電話が鳴り始めたので、僕は電話線を引き抜いた。
 片づけをしていたタリムが僕の前に来た。

『……あの』
「僕、こんな両親から生まれてきたくなかったな。
……別に、今僕が生きてたって誰も喜ばないし、いつ死んだって……」
『バカっ!!!』

 タリムは右手を大きく振りかぶって思い切りビンタする構えを見せた。
 僕は思わず目を瞑った。

”ぴたっ”

 タリムの手が、僕の頬に優しくふれた。

『前半を否定することは私には出来ないけど。
後半は絶対違うよ。
私は、君がいてくれるから……
毎日楽しく学校へ行けて、
家に帰ってからも楽しいよ。
それで、夜眠る前は朝が待ち遠しいんだ。
こんな楽しい毎日って、以前なら想像出来なかった』
「……そうか?」
『うん。
だから、死んでもいいとか、言うなよ……。
君がいないと、寂しいです……。
いつも、ありがとね……』

 タリムは手を離し、そっと自分の目元を指で拭った。

「ああ。……悪かった」
『……』

 タリムは頭を傾けて、頭を僕の胸元にくっつけて言った。

『あと、ごめん。
私、ほんとに余計な事言っちゃった……』
「いいんだ」

 僕は笑った。

『あのさ』
「うん?」

 タリムはそのままの態勢のまま話を続けた。

『私って、親は優しかったけど、早く死んじゃって、一緒にいたくてもいられなかった』
「うん」
『君は、親は生きてるけど、わかりあえないよね』
「ああ」

 タリムは頭を離して、こちらを見上げながら言った。

『だったら、私と君の足りないもの、お互いに補え合えるんじゃないかな?』
「どういうこと?」

 言っている意味がわからず、僕は困惑した。

『だからぁ!!』
 タリムは僕の手を軽く掴んだ。

『なんていうのかな?
ただ一緒に住んでいるだけじゃなくて!!
家族になれたらいいんじゃないか、ってことです!!!』
「え……」

 僕は呆然とした。

「それって……つまり」
『うん……?』

 僕は恐る恐る訊いた。

「それって……プロポーズってこと……?
色々段階をスッとばし過ぎるだろ……」

 タリムが口をぽかんと開けた。
 その直後、僕の手を離して顔を赤くし、顔を伏せ、また顔を上げてから怒鳴った。

『違うわーーーーーーー!!!
そういうことじゃなくって!!!
だからさあ、なんて言えば伝わるの?!
あなたと家族になりたいの!!!
こう、支え合ったりとか笑い合ったりとか、そういう……』
「だからプロポーズのセリフじゃないか?!」
『違うわーーーーーーーーーっ!!!!
そういうことじゃなくってさあ!!!
わっかんないかなあ?!
え、え?なんで笑ってるの……?』

 僕はなぜか急に笑いが込み上げてきた。

「な、なにを言うかと思えば……!!
口説いてるかプロポーズにしか聞こえないセリフ……っ!!!
そんで、必死に否定して……!!!
言い直したら余計そうとしか……っ!!
くくくっ……!!!」
『もう!!!真面目に話してるのに!!!
だからプロポーズとかそういう話じゃないっ……!!!
真面目な話しなのに笑うなよォ……。
くくくっ……。
なんだかこっちまでおかしく……あはははははっ!!』
「うははははっ!!!」
『つまり……
……こういうこと……なんだよっ!!!
あははははっ!!』
「ははははっ!!!
ほんっと、僕たち何がそんなおかしくて笑ってんだ?!
うくくっ……」
『こうやって……一緒に……同じことで笑ってさ……
こういうの!!わかるでしょ?!』

 タリムは楽しそうに笑いながら床に転がった。
 僕も同じように笑いながら転がった。
 そしてひとしきり笑ってから、僕は真顔になって言った。

「……なるほど。
さっぱりわからん」

 タリムは思い切り僕の額をぴしゃりと叩いて、ドスドスと激しい足音と立てながら冷蔵庫に向かい、中から僕が買っておいた苺と生クリームが乗ったプリンを見つけて、『おいしそー!!』と、ご機嫌にくるりと回ってから言った。



『早く一緒に食べようよ!!』
「ああ。こいつ、プリンひとつでチョロ……」
『なんか言った?!』
「べっつにー」

 僕はタリムの方へ向かいながらふと思った。
 僕たちは男女の甘い関係でもなく、今はもう一方的に面倒を見る兄と妹のような関係でもなくなってきた……じゃあ、僕たちってどういう関係の家族なんだろう、と。

『苺一個もーらいっ』
 タリムはスプーンで僕のプリンの苺をひとつ勝手に取って食べた。
「おまっ……?!」
『えへへっ、さっきのお返し!!』

 まあ、こいつと男女の仲とか……あり得ないな。
 とりあえず今は……こういう関係も、いいか。

第六話へ続く。


あとがき

今回のテーマは「認められる」と「家族」です。
生まれ育った環境に依って、人は誰かに認められることが当たり前だったり、反対に認められないことが当たり前だったりします。
けれど、生まれる環境は自分では選べません。
タリムは当たり前に認められる環境で育ちました。
作中のストーカー男は認められる手段を粘着や暴力で得ようとしました。
少年は(無自覚に)タリムの力になることで認められ、絆を作っていく道を
選びました。
また、登場人物の家族観はどれも根本が全く違っています。
そういう対比が上手く描かれていたらなあ、と思います。

↓♡を押して頂くとヒロインおみくじが出てきます。

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