機密天使タリム第七話「いつか俺を超えていけ」
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1998年11月
”ジュ~~~~”
朝起きると、いい匂いと音がする。
ああ、夢か。
女の子が朝から僕のために料理してくれる夢。
前は良い夢だと思ったら現実の悪夢(?)だったからな。
エプロン姿のタリムが空のフライパンにフライ返しでコンコン叩きながらやってきた。
……なんか、コスプレみたいなエプロンドレスに猫耳なんだけど……まあ、これは夢だからな。
『ほら、もう朝ごはん出来てますよ~』
テーブルには少し端が焦げたが十分美味しく食べれそうなベーコンエッグ。
ああ、今度こそ良い夢だ。
『はい、召し上がれ♪』
「いただきます」
遅刻してもいいからもうちょっと見ておこう。
……うん。
……うん?
『美味しい?』
「……メッチャ普通だ……というかあんま味しない……」
タリムはうるうるした目でこちらを見た。
『頑張って練習したのに普通って言われた~~~~!!!』
あ、これ夢じゃなかった。
夢だと思って素直に思ったことを言ってしまった。
「いや、これはだな……実は褒めてる!以前と比べて格段の進化に!!
驚いて!!!普通に美味い!!これは凄い誉め言葉だから!!!」
タリムも自分で一口食べてみる。
『……あ、普通……というか、あんまり味しない……塩コショウ忘れた……』
タリムは塩コショウを取って来て、勢いよく上下にスイングし始めた。
その勢いでフタが飛んで、塩コショウが飛び散った。
「待て待て待て!!!そこまでやらんでいいから!!!極端!!
味しないか激烈な味かどっちかしかないのかお前は~~~~?!
そもそもなんで猫耳エプロンドレスなんだよ?!」
『……裸エプロンは流石に抵抗があったので……』
「え?!そっち着る予定もあったの?!なんで?!」
タリムは目を逸らしながら呟いた。
『乳圧に勝るヒロイン力を得たいと思った。
反省はしていないが後悔はしている』
「なんでニュースの容疑者コメントみたくなってんだ?!」
ふと、テレビのニュースを見る。
”日本の河川の汚染が深刻な問題で……
政府の発表によりますと……”
『最近、こういうニュースが多いね。
草原、森林、海、川……色んな自然が壊れていく……』
「ああ……。
人間社会が続く限り、しょうがないのかもな」
『うーーん、どうにかならないのかなあ』
「ならんだろ。
それより、塩コショウ振るときはもっと優しくしろよ。
あー、もうテーブルまで味付けしやがって」
『てへっ』
「それで許されると思うなよ?!」
通学路
『……と、いうことがありまして』
通学路で寅子を見つけたタリムは、早速朝のことを話し始めた。
「タリムちゃんは悪くない!!
女の子に作ってもらっておいて文句言うコイツが悪い!!!」
「え……いやいやいや!文句言ってない!!」
『言ってた言ってたー』
「ほらー!だったらあんたが作ってみなさいよー、美味しいヤツー」
『そうだそうだー、君に出来るのかー』
「くそう、そこまで言うならやってやらあ」
「でも、タリムちゃんさあ、味付けは最初少し軽めに、味見して足りないと思ったら少しずつ足して……」
『ほうほう』
最近この二人は仲が良い。ときどき僕を置いて二人で帰ったりしている。
……寂しくないけどな、全然!!
少し先に、黒鵜先生が歩いているのが見えた。
『せんせー!おはようございます!!
あ、私先生に話すことあるから先行くね!』
「お、おう」
タリムは駆け出して、先生になにか楽し気に話し出した。
先生はいつものように薄いリアクションのようだが、少し笑っているようにも見えた。
「なに、嫉妬?」
寅子は僕の腹を肘でつついた。
「そんなんじゃねえって!!ただ、あの二人って前からの付き合いみたいなんだよな……」
「そういや、黒鵜先生って妙にタリムちゃんを気にかけてる気がするんだけど……気のせい?」
「どうかな……」
ストーカー並みに張り付いて護衛している、とは言い難い。
そういや、あの先生っていつもいつの間にか近くにいたりいなかったりするんだが……いつ寝たりしてるんだ?
仕事の責任感だけでそんなに出来るものなのか?
保健室
僕は休み時間、茨先生のいる保健室へ一人で行った。
「ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「何?スリーサイズは教えないわよ」
「いや……黒鵜先生とタリムってどういう関係なのかな、って」
茨先生はニヤリと笑った。
「ははーん。さては嫉妬ね!!」
「そういうんじゃなくて。護衛としてはあまりに熱心な感じだし。
タリムもやたら信頼してるみたいだし。
……前にちらっと、機関でタリムを教育していた、ってのは聞いてますが」
「まあねー。あたしらあの子と付き合い長いし。
あの子が機関に来てから七年間ずっとね。
私は医療面で。あいつは護衛面でずっとあの子を見守ってきた……それだけよ」
「そうですか。……ところで、茨先生と黒鵜先生はなんか微妙な距離感ですよね」
「ああん?まさかあいつと私が付き合ったことがあるとかそういう勘ぐりしてるわけ?!」
「いや、そこまでは……」
「あいつとは性格が合わん!!
それ以前にあいつは仕事とコーヒー以外に興味のないつっまんねーヤツよ!!
少年もあんなのになっちゃダメよ!!いいこと?!」
「は、はい……」
なんか地雷を踏んでしまったらしい。
放課後
「タリム、今日は放課後買い物に……」
『ねえ、今日は黒鵜先生と機関に寄って帰るから。買い物よろしくねー』
「お、おう……」
タリムと黒鵜はなにかを話しながら行ってしまった。
「……」
「あちゃあ、また取られちゃったねえ」
急に出てくる寅子。
「……たまには二人で帰るか」
「今日は部活ー。たまには一人で寂しく帰んな!」
クラスの男子たちから声が上がった。
「そうだそうだ!!」
「お前だけいつも両手に花とかふざけんな!!」
「……いつもじゃない」
別に、寂しいとかそんなのはない。
そもそも、タリムが来る前はずっと一人で行動していたわけだし……。
僕は一人で夕飯の買い出しに行って、家に戻ってくると黒鵜先生が家の敷地に入っていくところが見えた。
うちは片田舎の古い家なので敷地は無駄に広い。
先生はうちの倉庫に入っていった。
中を覗き込むと、通信機器らしき機材や、保存食の名前が入ったダンボール箱や寝袋がある。
「……先生うちの倉庫でなにしてんですか」
「……これも護衛任務だ。少し私物を置かせてもらっているが」
「あのー……もしかしてタリムがこの家に来てから……ずっとここで寝泊まりを?」
「……護衛のときだけだ。ちゃんと自宅に帰って寝ている。
他のエージェントもいるから、ずっといるわけではない」
「そもそも敷地に長居する許可を出した覚えはないんですが?」
「……ム?許可書が必要だったか。
書類形式に指定はあるか?
契約にあたって費用は……」
この人、仕事のことになると急にしゃべりだすな。
「あーーー!!いいですいいです、もう許可しました!!
知らない相手じゃないし、居てもらって構わないんですが!
そもそも隠れて庭や倉庫にいる必要ないですよね?
忍者じゃないんだから。
家の中に入って一緒に飯食っていいんですよ?」
「こういう任務だ、問題ない」
「こっちには問題あるわーーーー!!!
自分らが温かくして飯食ってる間に家の外に知り合いが寒そうにしてたら居心地悪いわーーーーー!!!
そろそろ寒くなりますよ?!死にますか?!」
「……?雪山での任務に比べればどうということもないが。防寒用の装備もある」
「……」
相変わらずわけわからんこの男。
『あれ?二人してこんなとこで何やってんですか?』
タリムが帰ってきた。
「少し様子を見に来ただけだ、直ぐに機関に戻る」
『あ、待って下さい。
……。
……。
ピコーン!!!』
タリムはしばらく首を傾げて考えてから、何か思いついたようだ。
『テレレッテッテッテッテ♪
テレレッテッテッテッテ♪
テレレッテテテテテテ・テンテンテン♪
どっちの作ったご飯が美味しいか勝負~~~!!!
黒鵜先生は食べて審査員をして下さい!!』
「それは料理勝負のBGMじゃない。三分間で作るヤツだ」
僕は思わず突っ込んだ。
料理勝負
「究極と至高の料理勝負。審査員は黒鵜先生お願いします」
「わかった」
『先行は私。ジャジャジャジャーン!!
究極の逸品、豚肉とナスと玉ねぎと人参とミカンの野菜炒め~』
「どうして最後にミカンを入れた?!」
「頂く」
黒鵜先生は静かに箸をつけた。
『どう?どう?!』
「……美味い」
『やったーーーーーー!!!ほらほらほら、これは私の勝ちだね!!ミカンの彩と甘みと酸味が勝負の決め手です!!』
「まあ、マズくはないし、普通に食えるけど。ミカンはないほうがいいだろ、絶対。
野菜炒めにそんなものは求めていない」
『なんだとーーー!!!酢豚にパイナップルは入れるだろーーーーー』
「僕はあれなくていいと思うが」
「……次は?」
相変わらずリアクションの薄い先生だな。
「フフフ……こんなこともあろうかと思って、僕は”料理が出来なくても簡単で美味いレシピ”を用意しておいたのだ」
『ぷぷーーっ!!そんなの最近頑張って料理のお勉強してる私に勝てるわけないじゃん!!
勝負あったね!!!』
「それは……この至高の逸品を見てから言うんだなッ!!!」
僕は電子ジャーを開けた。
『これは……炊き込みご飯?!
まさかインスタントの具を混ぜるだけの……?!
おのれ卑怯なーーーーー!!!
これは料理とはワシは断じて認めぬぞーーーー!!』
何に成りきってんだお前は。
「これはな、単にインスタントの具をまぜただけではない。この缶を見よ!!!」
『こ、これは……煮た赤貝……?!タレつきの……』
「この味の濃い、貝の旨味がつまったタレはなあ!!!
刻んだ貝と一緒にご飯に混ぜて炊いておけば……!!」
『や、やめろーーー!!!
やめるんだ、それだけはーーーー?!
もぐもぐ……グフゥ?!
うううう、ズルい……』
「ふふ……もう降参か?
まだ秘策を用意しておいたんだがな……」
『な、なにぃっ……?!』
僕は炊き込みご飯に用意していたものをふりかけた。
『な、なにをしたーーーっ?!』
「少し濃いめの味に、さっぱりとしたしらすに、アクセントに風味あるワサビ味のふりかけだ!!」
『こ、こんなのズルいよぉ……ウ、ウ……』
「手間を省いても美味いものは作れる……それが勝因だな」
『そんな……そんな……』
タリムは一口食べてむせび泣き、それでも食べ続けた。
「勝ったな!!……先生はどうです?」
「……美味い」
「え……それだけ?どっちのほうが美味いとか?」
「両方美味い」
「……」
『……』
微妙な沈黙の中、先生の咀嚼音だけが響いた。
「『それはねーーーーだろ?!』」
はじめて、僕とタリムの声がそろった。
夜道
食後、先生は家を出ようとした。
「あ、僕が見送ってくるから」
『わかった、片付けしとくー』
家から出ると、先生は言った。
「今日は馳走になった。
だが、以降はこういった気遣いは無用だ。
緊急時以外は家の中にも入る気はない」
「どうして?護衛なら家の中にいたほうがいいでしょう?」
「……護衛とはそういうものだ。
護衛対象の生活になるべく関わらず、気づかれず、影のように在り、何事もないように生活を送らせるのが任務だ」
「あいつに、任務以外はなるべく普通の女の子の生活を送らせてやりたいってことですか?」
「……」
返事はないが、おそらく肯定だろう。
「……そもそも、タリムにどうして護衛が必要なんです?」
「機動天使システムを起動させていないときは、銃撃などを防げないということもある」
「……誰かに襲撃される可能性が?
あいつの身体能力でも逃げきれないほどの」
「あいつは確かに強い。
だが、人の悪意や企みに対しては必ずしもそうでないことは、お前も知っているだろう?」
「……はい」
そう、タリムの身体は誰よりも強い。
けれど感受性豊かで真っすぐすぎる彼女は、人の悪意には無防備だ。
「悪意……というのはわかりますが。”企み”とは?誰が?
なんのために何を……」
「あくまで可能性の話だ。
一つの組織だけが有する常識を覆す技術の結晶、それが他に知られればどんな利用のされ方になるか……内部だって必ずしも……。
いや、お前たちはそこまで考える必要はない。
帰って宿題でもしていろ」
僕はムっとした。
「ガキ扱いしないでください!僕にだって出来ることが……」
「お前がタリムにすべきことは日常の手助け。
これ以外に出来ることはない」
「ある!!」
「ない」
「ある!!!」
先生は突然どこか遠くを見た。
「……今日はもう帰る」
先生は走り出した。
「なんで先生たちは僕たちに大事なことをあれこれ隠すんですか?!」
僕は先生についていった。
「お前たちが知るべきことは話すし、知るべきでないことは話さない、それだけだ」
「それを勝手に判断されるのが嫌だって言ってるんです!!」
「大人がすべきことを子どもがすべきではない」
「なら、タリムが戦うのはどうなんですか!!!」
「……!!!」
無表情だった先生が、はじめてはっきりとした苦々しい顔をした。
「あなたにとって、タリムはどういう存在なんですか。
ただの兵器なんですか……」
「……それを話す必要があるか?」
「話さなきゃわからないことだってあるんです!!」
「ならば、俺について来れたら知りたいことを全部教えてやろう」
先生は走る速さを上げ……僕はそれに必死に追いついた。
先生はさらに早さを上げ……それでも僕は全力で見失わないように走った。
さらに先生は……。
「ぜえっ、ぜえっ……くそっ!!!」
もう、どこへ行ったかもわからない。
闇雲に探しても暗い街中であの速度に追いつく、もしくは行った先を推測することも不可能だ。
こんなことも出来ない子どもに何も言うつもりはない、そう言いたかったのか?!
「畜生……チクショーーーーーーーー!!!!
あのストーカー教師、後で絶対に見返してやる!!!
僕のことも、タリムのことだって、絶対に子ども扱いなんてやめさせてやる!!!」
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黒鵜はとあるビルの屋上に辿り着いた。
「久しぶりだな、黒鵜」
金髪の男が暗闇から現われて、言った。
その目は赤く輝いている。
「カーティス!!」
「今日は顔を見に来ただけだ……
元気そうでなにより。
また、近いうちにいい殺し合いが出来るといいな」
カーティスはそう言って立ち去った。
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翌日の放課後
僕は自分の出来ることを探し始めた。
当然、変異体には僕が剣の達人になろうが、銃を持とうが傷一つつけられない。
だが、反射神経や走る能力は生存に必須。
九月になってから……タリムの過去を聞いた翌日から走り込みはしてきたが、それだけでは何にもならない。
剣道部に体験入部もしてみたが、「シゴキ」という体質の不合理さと非効率さから、自分の求めるものはなかった。
僕の求めるものは、現実の戦いで、無力な自分が生き残りつつ、何かの役に立つこと。
一日で辞めた僕を彼らは根性なしと散々馬鹿にしたが、そんなことはどうでもいい。
状況を分析し、工夫する能力があれば何かの役に立つはずだ。
……まあ、薄々わかってはいる。
そんなことを誰も僕に求めていない……むしろ邪魔でしかないということを。
後方支援なら医療面の茨先生、兵器面ではアズニャル博士がいる。
現場支援なら黒鵜先生が。
先生たちが僕に期待しているのはあくまで「タリムの日常の支え」だ。
わかってる。
そんなことはわかってる。
……だけど。
僕はタリムがどんなに傷ついても、誰かを守ろうとしてきたことを知っている。
身体だけでなく、元人間を殺める痛みも、救えなかった誰かのための痛みを引きずっていることも。
それでも彼女は毎日笑って過ごしている。
僕がタリムのそういうところに気付くと、僕に気を遣って誤魔化してまで……。
「日常の明るい彼女だけ」と接するということは、ただの上っ面だけでタリムと関わることを意味するんじゃないか?
あらゆる痛みをタリムにだけ押し付けて、誰も一緒に背負おうとしないなんて。
周りがそういう上っ面だけを期待していたとしても……
例えタリム自身もそれを望んでいたとしても……
僕は決して自分の無力さを許せない。
僕は図書館で古武術や戦術、罠といった本でよさそうなものを次々読んでいった。
罠はどうだ?ダメージは与えられなくても足止めは……難しくても誘導や囮は。隙を作るだけなら……。
圧倒的な力の前に、無力な自分は何が出来る?
翌日の放課後
『今日は一緒に帰ろ』
「悪いが、今日は用事がある。先に帰っててくれ」
『なになに?手伝うよ?』
「いいから。僕一人じゃないと出来ない」
『むー』
寅子が口を挟んできた。
「男には一人でやらなきゃいけないことがあるのさ。
私にも弟がいるからわかる」
「そうだ」
「女の子といつも二人でいるとそりゃあ溜まるもんも溜まるだろうし……。
間違いを起こさないだけわたしゃー偉いと思うよ」
「そういう用事じゃねえええええーーーー!!!」
『???』
機関地下のアズニャル博士の部屋。
本来部外者の僕でも、一階の受付に言えばすんなり入ることが出来た。
「やあ、私に何か用ですかな?」
猫耳を着けた怪しい白衣の男、アズニャル博士。
「お忙しいところ、お時間をとって頂きありがとうございます」
「そういうのいいから、要件を」
博士には形式的な挨拶は不要らしい。
博士らしいというか。
「博士にいくつか訊きたいことがあります」
「んー、いいですよ。君と話をするのも興味深い!」
「機動天使システムの適合者は本当にタリムだけなんですか?他に可能性は?」
「地球全体ではもしかすると、探せばいるかもしれないですねぇ。
けど、私たちは全人類に適応試験を出来るほどの影響力はありません。
まあ、いくつかの国は裏で力を貸してくれている部分はあっても、彼らにとってはまだ世界の危機なんてものじゃなく、”変な生物が一地域でひっそり暴れている珍事”くらいの認識です」
僕は前々から言おうとしていたことがあった。
「もし僕に適性が僅かでもあれば……」
「チッチッチ。タリムさんは十億人に一人くらいの奇跡的な逸材ですよ?
あなたの体質やIQ、運動能力や心理検査のデータは学校を通して入手していますが、残念ながら本格的な適性試験を行うまでもないレベルです。
当然、気合や根性で適性のない人間に無理矢理機動天使システムを起動させることは不可能です。
最低でも適合率60%でシステム起動、実戦で使い物になるのが80%以上を安定して出せる者……まあ、一千万人に一人くらいですかね。
タリム砲のような決定打になるほどの高エネルギーを生み出せるのは一億人に一人いるかいないか。
そうそう運良くはみつかりませんよ。
いたとしても、タリムさんは七年も能力開発と訓練をして今がありますからねぇ」
タリムはそれだけ希少な存在なんだ。
「……そうですか。たしか、タリムは11番目の被検体だと茨先生が言っていました。ほかの被検体は……」
「死にました」
「……」
「あ、一応生きているのが二人……いや一人か?
0番は生存……黒鵜がそうです。
あと一度でも試作型の能力を使えば死にます……使い物になりません。
あと8番……は壊れちゃったのですが、気が付いたらいなくなって……探すのが面倒だから放っておいたのですが、まあ死んでいるでしょう」
「あなたにとって被検体たちは使い捨ての道具ですか?」
「なーーーーにをおっしゃる!!!彼らは!!!世界で一番尊い存在です!!!
人類のために!!犠牲に!!更なる進化のための礎になったのですから!!!!
まあ、失敗作はそれ以上使えなくなったらどうでもいいですけどね」
この人はこういう人だ。今更怒ってもしょうがない。
黒鵜先生や茨先生がこの人をまともに相手にせず、避けている気持ちがだんだんわかってきた。
「テンタクルズの組織を手に入れて、他の大人に仮に黒鵜先生のような処置をしても……」
「変異体に決定打になる高エネルギー攻撃が出来ない粗悪品が出来るだけですねぇ。
しかもほとんどが適合率の低さで動く前に死ぬのがオチです。
短時間だけ身体能力が上がる失敗作の黒鵜君はまだマシなほうですねェ……」
やはり以前聞いた通り、大人を戦力に出来ないのか。
「……あ、それと」
「なにか?」
「装備面でタリムを補強出来ないんですか?」
博士は唸った。
「んんー。
現状有効な武器はビームブレイドトンファーだけですね。
あれはタリムさんの意思エネルギーを増幅して放つ装置です。
あれも世界にひとつしかない貴重な素材を使っているので、武器を増やすことも困難です。
黒鵜君が使っていた剣くらいのものなら出来ますが……正直ビームブレイドトンファーと比べるとかなり弱いです」
素人の考えだけど、言わずに後悔するより、気になったことは言ってしまったほうがいいだろう。
「しかし、タリム砲だけが決定打のまま今後戦い抜くのは厳しいでしょう?
武器だけで敵のトドメを刺せるようになりませんか」
「あー……。
ビームブレイドトンファーと同質の素材が存在すれば、エネルギー増幅でなく、弱い変異体の組織を焼き切る性質を持たせることは不可能ではないですね……。
代替となる素材を見つけるのは正直厳しいです」
……なるほど。
「……なら、それ以外の素材で、別のアプローチは……。
例えば……全身の装甲を増やしたり。
その装甲にエネルギー増幅機能を少しでも増やしたり」
「ふむ……そっちはまだ可能性がありますね。
ただ、タリムさんは素早い動きを活かす戦い方なので、重い防具はあまり向かないでしょう。
……しかし、身体に大きく負荷をかける前提で無理矢理出力を上げるシステムなら短期決戦用に……」
「現実的ではないようですね。
では、最後に。
終焉の王についてはなにかわかったことは……」
アズニャル博士は首を横に振った。
「千年前の文献からひとつわかったことがあります。
終焉の王の傍(かたわら)には四人の騎士がいるそうです」
「四人の騎士?」
「特別な役割と力を持った変異体のようです。
カーティスもおそらく。
彼は、テンタクルズの巣である隕石を守る<守護者>といったところでしょう」
四人の騎士……そのひとり<守護者>カーティスか。
「カーティスって……たしか、前に茨先生が話していた、黒鵜先生のかつての親友。
八年前の隕石調査で変異体になった……」
「そうです。
彼の手にある結晶はおそらく、四騎士に選ばれた証。
千年前の記録によると、四つの結晶が一か所に集まると王への居場所を示す鍵になるとか」
「じゃあ、その四騎士を探して結晶を奪えば……」
「終焉の王の居場所がわかるはず。
ただ、他の四騎士については何も。
変異体のエネルギー探知機にも引っかからないですしねー」
「わかりました。今日はお時間を取って頂き、ありがとうございました」
「いいですよー、何か面白いことを思いついたらまた来なさい」
「……あ、そうそう。この間の運動会の変異体、どういう経緯でテンタクルズと融合したかわかりましたか?」
「いや。意識は戻らないからねえ。痕跡だけではなんとも」
「……そうですか、では失礼します」
僕は頭を下げてエレベーターに向かっていった。
”ククククククク……興味深い”
含み笑いのような声が、遠くから聞こえた。
二週間後
僕は学校のあちこちに仕掛けを施していた。
昼前の体育の後のために。
体育の授業の後のグラウンドで、僕は黒鵜先生に話しかけた。
「黒鵜先生、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「今日これから、先生と決闘したいです。受けてくれますか?」
「……ふ」
……笑うか。この人が笑ったところをはじめて見たが。
相手にしないつもりか?そのときは…….。
「いいだろう。ルールは?」
あっさり乗ってきた……?
まあいい、このひとの思考がいまいち読み切れないのは今に始まったことじゃない。
「場所は学校の屋外のみ。
校内にあるものはなんでも使っていい。
武器・素手問わず相手に一本有効打を当てたほうが勝ち。
刃物など、擦り傷や痣より大きい怪我が出る可能性があるものは使わない。
”参りました”で負けを認めても決着。
……で、どうですか?」
「いいだろう。俺は木刀二本だけあればいい」
野次馬が集まってきた。
「え。決闘?」
「先生と決闘とか昭和のヤンキーかよ……いったい誰が」
「えええっ?!ママおじが?!黒鵜先生と?!嘘でしょ?!」
タリムも騒ぎを聞きつけてきた。
『えっと、君……なに馬鹿な事してるの?やめよう?』
「タリムだって同じことしたろ?」
『あれは……だってあれは女同士……譲れない意地があったんだもん!!』
「なら同じだ。女同士にしかわからないことがあるように、男同士にしかわからないことがある」
寅子もやってきて言った。
「馬鹿ねえ、私たちがやったのは危険のないただのスポーツでしょ?
だいたい、なんであんたがそんな危険なことを……」
「どうしても、やる必要があるんだ」
さらに何かを言おうとした寅子を、タリムが手で制した。
「タリムも納得したようだ。お前の準備は十分か?」
「当然。タリム、スタート頼めるか?」
『納得したわけじゃないけど……。
わかった……スタート!!』
黒鵜先生は二本の木刀を構えて一気に間合いを詰めてくる。
僕はそれを見越して、ポケットに忍ばせておいた丸めたハンカチを投げた。
先生はそれを木刀で払うと、中にはコショウを集めた粉が大量に舞った。
「かかった!!」
「そう思うか?」
先生は素早くバックステップし、ハンカチで顔面を覆った。
主に眼球を粉から守るひさしに近い形で。
姿勢を低くしてこちらの様子を伺う……頃には。
僕は人混みに紛れていた。
とはいえ、野次馬たちはこっちを注目したり、「こっち!こっちに逃げた!!」と要らないことを言ったりする。
ここまでは計算通り。
ほんの数秒稼げればいい。
外野は一時的に姿を隠す壁になってくれた。
先生は外野を押しのけながら、後ろから迫ってくる。
先生が一人で近づいてくるタイミングで、用意しておいたロープを引き、木の上に置いてあったバケツを落とす。
中には半分ほど水を入れていたが……
先生は当然一滴も濡れることなく避けきる。
その隙に、僕は木の陰に隠しておいた竹筒を先生の足元に投げつけた。
衝撃で割れやすいように亀裂を入れており、中からオニビシの実を使ったマキビシ(靴の上からでも踏んだら痛いトゲ)がばら撒かれた。
「うわ、なんだアイツ?!忍者か?!」
「忍者ママオジVS侍先生!!!」
周りは好き勝手言いやがるが無視だ。
先生はもちろん、マキビシを迂回して追ってくる。
その進路上は、普段学生たちが進入禁止の芝生地帯なのだが、先生はそんなものは無視してくる。そこに落とし穴があるとは知らず。
先生が落とし穴を隠している地点に片足で踏み込むと、素早く後ろに下がった。
「典型的な手口だ。誘導の意図がわかりやすく、埋めなおした跡も僅かに残っている」
「ならば!!」
僕は木の陰に隠しておいたボーラ……ロープの両端に錘をつけた武器を投げた。
先生は片方の木刀で受け止めるが、ボーラが絡みつく。
「もう一丁!!」
さらにもう一個隠しておいてボーラを投げる。
先生はもう一方の木刀で防ぎ、絡めとられた。
「これで木刀は封じた!」
僕は再び先生の足元にマキビシを撒いた。
そしてポケットに隠していたスリング……布と紐を組み合わせた投石器具で、石を放った。
この二週間、ボーラとスリングの練習を徹底的にした!素手で投げるのとは比較にならない速度、この状況で避けられるものか!!!
先生はそれを正面から素手で受け止めた。
「……!!!」
「おおーー」
「すげえーーー」
歓声が上がる。
先生はマキビシを足で慎重に払いのけてから、真っすぐこちらに歩いてくる。
「もう終わりか?降参しろ」
「そうですね……参りま……」
これが最後の切り札だ。
ジャージの袖に仕込んでおいた、ばね仕掛けの伸びる棒。これは避けられるはずが……!!
先生はそれを素手で打ち払った。
「刃物で出来た武器ならかすり傷は与えられたな」
「今度こそ、参りました……」
野次馬たちが一斉に騒ぎ出した。
「オイオイ、降参するフリして攻撃とか卑怯じゃねーか!!!」
「卑怯者、恥知らず!!!」
「ズルして負けてやんの、ダッセー」
「カッコ悪ぃいいいいいいい!!!」
「忍者汚い忍者汚い!!」
そんな風に言われることはわかっていた。
正直、勝てるとは思っていなかった。
確かに卑怯な戦い方だ。
だけど、だけど僕は……!!!
黒鵜先生がすぐ近くまで来た。
「どうしてあのような戦い方をした?」
「正攻法では勝てないとわかっていたからです」
「その戦い方を身に着けて、何を成すつもりだ?」
「僕は、力でタリムの助けになることは絶対に出来ません。
圧倒的に強い相手に、一秒でも長く生き延びること、
小賢しくてもその場にあるものを活かすこと、
それしか僕に出来ることはないからです」
「そうか。そもそも、お前が非力なりに強くなることに意味があると思うか?」
「思います。
僕は、タリムが背負っているものを間近で見ていて、何も出来ないなんて我慢が出来ないんです。
指一本分だけでも力になりたい!!!
でも……今の僕にはそれすら……」
完敗だ。
卑怯と言われるのも承知の上で、考えられる限りの工夫をし、訓練をして挑んだ。
だが、勝てる要素はなかった。
うなだれる僕に、野次馬たちは散々罵声を浴びせ続けた。
タリムはこれを見てなんと思うだろうか。どんな顔をしているだろうか。
今は、自分の目で確かめる勇気がない。
黒鵜先生はいきなり怒鳴った。
「戦いに可能な限り工夫して何が悪い!!
これはスポーツでなく、互いにルールを認め合った上で実戦を想定した決闘だ!!!
こいつ以上に俺と戦える覚悟と自信がある者は前へ出ろ!!!」
周りは静まりかえった。
「いいか」
先生は僕にいきなり足払いをして、態勢を崩したところで僕の胸元に肘を当てた。
「ぐほっ」
そしてまた立たせ、同じことを繰り返した。
再び周りがざわつき始めた。
「え……制裁?」
「ちょ、ちょっとやめさせたほうが……」
「いくらなんでもやりすぎじゃ……」
先生は次にこう言った。
「次はお前がやってみせろ」
僕は先生にやられた通りに足払いをしてみせた。
「もっと容赦なく蹴りを入れろ!!
覚悟を以って相手を叩け!!!」
今度は先生に思い切り蹴りを入れ、態勢を崩したところに胸元を肘で叩いた。
「それでいい。
判断力や応用力、走り込みも大事だが、格闘動作を一つ覚えるだけでも並みの人間相手なら効果的だ。
布団をしばって人間代わりにして練習するんだな。
そして実戦でなにより大事なのは覚悟だ。
覚悟がなければ動きも判断も鈍る」
「……はい」
「お前は今日、勝てないとわかっている相手に全力で挑み、敗れた。
その上で前に進もうとしている。……違うか?」
「……はい」
「誇れ!!!勇気を以って一歩前に進んだことを!!!」
「はい!!!」
「あいつを守れる男になれ。
そして、いつか俺を超えていけ」
「はい!!!」
ふと視線に気づくと、タリムがいた。
『……』
揺るがない瞳で、無言のまま。
この騒ぎの間ずっと、タリムの声は聞こえなかった。
ずっと、あの揺るぎない眼差しで僕を見てくれていたのか。
タリムはこちらの視線に気付くと、そのまま立ち去った。
ちょっと心配かけすぎたか……後で謝っておかなきゃな。
先生は再び怒鳴った。
「これで終わりだ!!解散!!!全員教室に戻れ!!!」
先生は僕に木刀を手渡して立ち去った。
まあ、自分でやっといてあれだが……こんなことしといて立場的に大丈夫なのかな?
体育祭でもそうだったけど、ある程度のことは組織の影響力でなんとか出来るのかもしれないが。
先生が立ち去った後、木刀を持った不良三人が絡んできた。
前の三人組に代わる形で最近目立ち始めた連中……名前なんだったかな。
「ヘイヘイ、目立ったことしてくれたじゃんヨ~」
「負けた卑怯者にはキッチリお仕置きしてやんヨ~」
「俺たちが男の戦い方ってヤツ教えてやんヨ~」
その割には三人がかりか。
僕は木刀を構えて一番近くの一人に近づいていった。
「お、やる気かこのヤ……うごぉっ?!」
こいつがしゃべっている間に、僕はさっきの技で足を払い、胸に思い切り肘を叩きつけて倒した。
「てめえ、なにしやがっ……うごぉっ?!」
「このてめえしゃべってる間に卑怯……うごぉっ?!」
僕はそいつらをさっきの技でことごとく倒し、殺気を込めて腹の底から怒鳴った。
「お前ら如き眼中にない!!失せろ!!!」
不良たちは逃げて行った。
「三人合わせても先生の指一本分の威圧感もないな」
教室
教室に戻ると、黒板に「忍者VS侍先生」の文字と絵が書かれていた。
「……なにこれ?授業始まる前に消しとかないと怒られるぞ」
「ママオジ……いや忍者スゲー!!!」
一人の男子生徒が叫んだ。
「は?卑怯な手を駆使した挙句負けましたが」
「いや、あの剣豪みたいな動きする黒鵜先生にあんだけ出来るなんてすげーって!
その後不良の三人組も瞬殺してたし!!」
「いや、あっちはメッチャ弱いし……」
「あの忍術はどこで習ったの?!」
「忍術……?いや、図書館で色々勉強して、二週間で準備して、練習しただけ」
「伊賀?甲賀?」
「だから忍者じゃない」
まあ、ママオジよりは忍者のほうが呼ばれてうれしいが。
「黒鵜先生もマジカッコよかったな。
今まで何考えてるかわからない人だったけど、けっこう熱いよな」
“ピンポンパンポン♪先ほど校庭で暴れた件で、校長室に来てください。繰り返します”
放送で呼び出しがかかるなんて、初めてだった。
「まあ、そうなるわな」
僕がそうぼそっと呟くと、周りは爆笑した。
校長室
その後、僕は校長室で説教された。
「決闘などいったい何を考えているんですか云々。
怪我人が出ていたら云々。
黒鵜先生も、ああいった行き過ぎたことはやめてもらわないと!」
その場にいた黒鵜先生は「怪我人が出ない配慮はされていた。実践的指導だ、何も問題はない」とだけ言って、校長は何も言い返さなかった。
まあ、こんな威圧感のある相手に反論出来んわな。
「えっと、えっとですね。ちゃんと後片付けはしておいて下さいよ!!!以上」
「わかった」
「あ、はい。申し訳ありませんでした」
校長先生は自分の部屋から立ち去った。
それから、黒鵜先生は言った。
「校長のことなど気にすることはない」
「はあ」
この二人のパワーバランスおかしい。
そのおかげで助かったと言えるが。
その後、二人で教室に戻る途中に……待ち伏せしていた茨先生とタリムに出会った。
「あんたたち、私が何を言いたいかわかるかなあ?」
凄む茨先生に対して、黒鵜先生はさらっと答える。
「わからん」
茨先生が黒鵜先生にまくし立て始めた。
「決闘とか馬鹿なの?!なんでわざわざ危ないことをあんな目立つ形でするのっ?!」
「それが彼の選んだ戦術と、成長に必要なことだった」
「アホかーーーーーー!!!
指導ならもっとマシなやり方いくらでもあんでしょーが!!!
仮にも先生ならもうちっとマシなことをやれーーーーー!!!」
「怪我人が出ないように配慮はしていた。問題ない」
「カーーーーーッ!!!
相変わらず最低限のことしか言わないわ、話は通じねーわ、なんなのこの男は?!
あんたもねえ、こんな男に感化されてると将来ロクな大人にならないわよ!!!」
「彼は自分が必要だと思ったものを取り入れていくだろう。問題ない」
「黙っとれ朴念仁!!!」
「話せと言ったり黙れと言ったり、まるでわからん」
「カーーーーッ!!!」
対照的な二人の様子を見て、僕とタリムは目を合わせて、笑った。
”ウウウウウウウーーーーン!!!”
『警報……!!』
「タリム、装備を受け取れ」
黒鵜先生はいつも携帯しているケースを渡した。
『自動変身システム!!』
ケースの蓋が空いて、タリムに装備が装着された。
『機動天使システム機動……適合率91%……いけます!!』
背中から白銀の機械翼が現われる。
「認識阻害システムを一時強化しろ」
『了解!変異体の力場は……南西。行きます!!』
タリムは窓から外へ飛び立ったが、僕たち以外誰もそれに反応しない。まるで何事もない普通の日常のように……。
「俺たちも行くぞ!!」
「はい!!」
自然と僕も連れていかれることに少し驚いたが、躊躇する理由はない。
小さな森のある公園
僕と黒鵜先生は機関のエージェントにPHSで指示を受けながら、車で少し離れた小さな森がある公園に向かった。
「あれ、先生そっちのケースは……?」
「気にするな、俺が持っていく」
「……それにしても欲望を満たすために行動する変異体が人気(ひとけ)のない場所に……」
「この場所は……」
僕たちが車を降りると、タリムは変異体と戦っていた。
相手は、赤く光る眼の男。
「カーティス!!!」
カーティス……確か、八年前に変異体になった黒鵜先生の親友だった男。
≪黒鵜……なんだこの小娘は。私は貴様に会いに来たのだよ、親友≫
「ふざけたことを!!!俺たちを、人類を裏切っておいて!!!」
≪ははは……違うな。これが私にとっての正義だ。この素晴らしい力を世に広めることが≫
『人を傷つける力が正義のわけあるかーーー!!!』
タリムがトンファーで横薙ぎに斬りかかる。
カーティスの脇腹に当たるも、びくともせずにカーティスは即座に反撃する。
『うぐっ?!』
圧倒的な圧力の一撃を辛うじて防ぐタリム。
しかし、態勢が崩れて……カーティスはその隙を見逃さない。
次の一撃がタリムを捉えた。
そして、容赦のない苛烈な斬撃が……僕にはほとんど実像が見えない……タリムを何度も襲った。
『かはっ……』
「タリム……!!!」
タリムは血を流し、倒れたまま動かない。
≪外野は黙っていろ。私は今黒鵜と旧交を温めているところなんだ……ん?≫
カーティスがこちらを見た。
ゾッとするような殺気と視線……。動きも、殺気も、今までの変異体と違う。
≪邪魔者がまだいるのか……。
なんなんだ、邪魔が多すぎる、邪魔が。
黒鵜以外はいらない、全部消えろ≫
つかつかとカーティスはこちらに歩いてきた。
元々この男が黒鵜先生のようなプロのエージェントや軍人で、その上で変異体の力を持っているなら。
……汗が背中に伝わるのがわかる。
この男に、ちょっとやそっとの隙もなければ、工夫でどうにかなる相手でもない。
タリムは倒れたまま。
どうすれば時間を稼げる?
時間さえ稼げばタリムならきっと立ち上がってくれる……。
「カーティスさんでしたっけ。黒鵜先生とはどのような……」
20mほど前方にいたはずのカーティスの姿が消えた。
その直後、後ろから声が聞えた。
≪黙れ、部外者≫
振り返るとそこに剣を振り上げるカーティスの姿が……。
あ、死んだな。
何かの役に立つなんて、思い上がりもいいところだった。
タリム、すまない。
”ギィン!!”
金属音が鳴り響いた。
剣を受け止めたのはタリム……ではない!!
黒鵜先生……なのか?!
髪の毛の色が赤く染まり逆立っている。
「俺から離れろ!!」
「はい!!」
僕はタリムのほうへ走っていった。
先生を見ると、髪だけでなく、赤く燃えるような瞳と全身から溢れる殺気はまるで半分変異体のような異様さだ。
その手に握られているのは、両端に刃がひとつずつある特殊な形状の剣。
「試作零号アロンダイト!!!適合率62%!!」
≪ふはははは!嬉しいぞ黒鵜!!≫
「うおおおおおお!!!!」
先生は剣をぶつけ合ったカーティスを押し出した。
≪ふふん、ようやくやる気になってくれたか。
私はお前を倒すためだけに人間を捨てたのだからなあ、黒鵜!!!≫
「カーティス、そんなに俺が憎いかぁああああああ!!!」
≪ああ、誰よりも憎く、嫉妬し……愛している!!!我が最愛の友よ!!!≫
「人であった友は死んだ!!!」
≪つれないなあ、黒鵜!!≫
タリムを超える凄まじい早さで二人が高速で移動し、互いの背後を取り合い、斬り合った。
僕ではほとんど目で追いつかない……ただ、音や衝撃で辛うじて気配がわかるだけだ。
そうした斬り合いが何度か行われた後。
「ガハっ」
黒鵜先生が血を吐いて跪いた。
そして口だけでなく、目や全身のあちこちから血が流れ落ちた。
博士は以前言っていた。「あと一度でも試作型の能力を使えば死ぬ」と。
黒鵜先生は文字通り、自分の命を削って戦っているんだ。
跪いた黒鵜先生に、カーティスは大振りの斬撃を振り下ろす。
黒鵜先生はそれを剣で受け止めるが、刃の片方が真っ二つに割れた。
カーティスは先生の手に残った剣を蹴り飛ばした。割れた刃はどこかへ消えた。
カーティスは容赦なく先生の腹部を剣で貫いた。
≪……なんということだ。もう身体が限界か?
悲しいなあ。
最初の失敗作とはよく言ったものだ……
低出力の試作機でも一分と持たないとはな≫
「……なぜお前がそれを知っている……」
≪親友の情報ならどんなことをしても掴むさ。
それより……ここで終わるより、お前もこちら側に来いよ≫
カーティスは自分の指先から小さな触手を出した。
≪これを飲め。
そして今度は心から受け入れろ。
お前は人間を捨てる気がないから中途半端な強さしかないんだ。
私のように、力と欲望のまま生きるんだ≫
カーティスは先生に近づいていった。
「カーティス、お前にはわからんだろうな……」
≪何がだい?≫
「教え子に己の生き様を教え、また、教わる……。
生き甲斐というヤツだ」
黒鵜先生は、少し笑っていた。
そして、なんとなくだが……視線をこちらに一切向けずに、僕とタリムの様子を察している気配がある。
それなら、大丈夫だ。
そっちは頼みます、先生。
タリムは、ぐったりしてまともに動けそうもない。
「タリム……タリム……。
今先生が必死に時間を稼いでくれている。
あと少しだけ、やれそうか?」
我ながら、酷なことを言っている。
だが、ここで何も出来なければ、先生もタリムも……。
この怪我を僕が代わってやれたらよかったのに。
『……』
タリムは無言で僕の手を取った。
そして僕とタリムは同時に頷いた。
≪私の生き甲斐は、お前そのものだよ、黒鵜。
なあ、ここで死ぬより、私と永遠に戦おう。
それが私の唯一の望みだ≫
「そうだな……ただここで終わるより……」
≪そうだ!力を受け入れれば私と……ガハっ?!≫
先生は袖に隠していた割れた刃を取りだし、即座にカーティスの胸に突き刺した。
「未来に託す!!」
≪黒鵜ーーーーーーッ!!!!≫
カーティスの怒り任せの蹴りで先生が倒れた。
僕は黒鵜先生が必死にカーティスの注意を引いている間に、タリムの身体を起こして後ろから支え、タリム砲の構えをとらせていた。
『……大丈夫。これなら、撃てる』
カーティスは今それに気づいて、さらに顔を紅潮させた。
≪貴様らぁああああああああああああっ!!!!私たちの邪魔をーーーーーッ!!!!!≫
『適合率99%……エネルギーフルチャージ……』
≪お前が力を溜める前に殺せばいいだけだろうがぁーーー!!!≫
カーティスはこちらに向かって走り出し……躓いた。
その足を、黒鵜先生が掴んでいたのだ。
≪黒鵜てめぇーーー!!!≫
カーティスは黒鵜先生の手を剣で刺し、何度も踏みつけた。
先生は指が二本落ちて、他の指が歪んでも、決してその手を話さない。
「今だ!!!」
黒鵜先生が叫んだ。
気のせいか、顔にヒビが走っているように見える。
『ロックオン!!!タリム砲発射ーーーーーーーッ!!!』
圧倒的なエネルギーの嵐が、カーティスを包んだ。
≪黒鵜……私はお前っ……!!!≫
カーティスは何か言いかけながら灰になった。
『やったよ、先生……』
「黒鵜先生……」
先生は倒れたまま視線を僕に向けた。
僕はその視線を真っすぐに受け止めた。
僕が頷くと、先生は「フゥッ……」と息を吐き出し、目を閉じた。
そして先生は力が抜けたように倒れたまま、動かない。
僕はタリムに肩を貸しながら先生に駆け寄った。
僕は先生の傍に行き、胸元に耳を当てた。
心音も……息も……。
それどころか、顔や指先の組織が、灰になってボロボロと崩れていく。
タリムは僕を横から突き飛ばして、ヘルメットを地面に投げ捨てて黒鵜先生の身体にしがみついて、胸に耳を当て、そのままその胸に顔を伏せた。
『う……
うわああああああああああああああっ!!!
私の、私のせいだっ!!!
私が弱かったから先生が死んだんだっ!!!』
タリムは今までになく泣いて叫んだ。
僕はタリムを後ろから抱きしめた。
「お前のせいじゃない……ただ先生は、自分が本当にすべきことをしただけなんだ。
それだけなんだ……お前が自分を恨むことは、先生は決して望んでなかった」
『なんでそんなことが君にわかるんだよおおおぉ!!!』
タリムは振り返って、僕の胸をたくさん叩いた。
「わかるんだ……俺は黒鵜先生の遺志を継いだから」
タリムはさらにたくさん涙を流して叫んだ。
『それっていつか君が同じように死ぬってことじゃないかああああ!!!』
タリムは泣き崩れた。
「死なない、約束する。死なずに守る。
そうじゃないと、先生をいつまでも超えられないだろ」
僕は正面からそっとタリムを抱きしめた。
タリムは、ただただ泣いていた。
第八話へ続く
あとがき
黒鵜先生はこれで退場です。
復活しません。
少年はその遺志を継ぎ、激しく運命が終焉に向かって動き出します。
次回は人間関係が激しく動くクリスマス回です。
乞うご期待。
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