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機密天使タリム 第八話前半「これからクリスマスと世界を消し去るよ」

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1998年12月

 カーティス撃破後。
 二週間ほどして傷が回復したタリムが博士の指示でカーティスが守っていた隕石を調査した。
 内部はただの空洞でテンタクルズが複数いた痕跡はあったが、これといった目ぼしい発見はなかった。

 僕はその間黙々と身体を鍛えながら、自分の出来ることを探していた。
 タリムは、さすがに気落ちしているのを隠し切れないでいた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

朝のホームルーム前、保健室で

「タリムさあ~、そんなにずっと落ち込んでると身体に毒よ?」
『え、私は元気いっぱいデスヨ?』

 タリムは力ない笑顔を茨先生に向けた。

「やれやれ……少年はもう、あいつの遺志を受け継いで前に進み始めてる」
『私は……進めそうにない。
私たちを守って……黒鵜先生は死んだ』

 茨先生はタリムの両肩を掴んで言った。

「あのね、本来は私たち大人が身体を張ってでもあなたたち子どもを守るもんなの!!
子どもを頼って背中に隠れる大人なんて最悪にカッコ悪いの。
だけどあいつは……最期は本当に自分のしたいことが出来たの。
だから、あいつを褒めてやってくれればいいの。
ちょっとはカッコいい大人だったぞ、ってさ」
『黒鵜先生は……
いつだってカッコよかった。
頼れるお兄ちゃんみたいだった。
茨先生だって、いつもカッコいいよ。
私たちをちゃんと後ろから支えて、守ってくれるから』
「まったく、あんたは本当に……!!」

 茨先生はタリムのことを抱きしめてから、髪をクシャクシャと乱暴に撫で回した。

『いや、ちょっと先生やめて!!髪の毛がグチャグチャになっちゃいますよ?!』
「まったくもー、ちょっと前まで寝ぐせボサボサだったのに色気づいちゃって!!
ああもう可愛いなーー!!!
少年にあげるにはもったいな……。
そうだ。あげると言えばさあ、あと二週間でクリスマスじゃん」
『くりすます?』
「そうそう」
『クリスマスって……なんでしたっけ。
あ、よくわかんないけど去年、黒鵜先生がケーキ買ってきてくれたような……。
それで何故か茨先生がシャンパン飲みながら”私をもらってくれる生活力ある男はどこ~~”って泣き喚く謎のイベント……』
「そ、その記憶は忘れなさい?!」

 茨先生はコホンと咳払いをした。

「……まあ、クリスマスとかクリスマスイブは、恋人同士で仲良く過ごすイベントなのね。この国では。あー、家族で過ごす人たちもいるけど」
『はあ』
「で、あんたは今年どーすんの?!少年と過ごすんでしょ?!」
『へ……まあ、同じ家にずっと住んでますし、そうなりますね』
「二人きりでそのー、なんかあるでしょ?」

 タリムはしばらく考え込んで、手をポンと叩いた。

『ケーキ買ってこなきゃ』
「そういうことじゃなく……」
『そうか……
せっかくだから作ったほうが……
それなら寅子ちゃんの協力があったほうが。
あ、茨先生も来ます?』
「超嬉しい!今年は寂しくないクリスマスイブが!!!
……じゃあねえわよ!!
さっき恋人同士で過ごす日って言ったよなあ?!
ライバルと先生呼んでどーするのよ?!
よく考えたら自分に関係ない修羅場でクリスマスとか超やりたくねえわ!!」
『???』

 タリムは首を傾げた。

「あー、最近女の子らしくなったと思ったら、まだまだだったわー。
そもそも最近少年とは……どんな感じなのよ?」
『最近はケンカしてないですよ。
ごくフツーです』

 茨先生は深くため息をついた。

「まあ、健全な関係でいてもらわなきゃ困るんだけど。
あまりに健全過ぎるのはそれはそれで不健全と言うか、なんというか……。
あんたが読んでた少女漫画でクリスマスの展開って言ったらさあ!」
『私とあいつはただの家族です。
そういうんじゃないですから』
「ただの家族ねぇ」
『それに。さっき先生、恋人だけでなく家族も一緒に過ごすって言ってたじゃないですか。
家族同然の先生を呼ぶのは当然じゃないですか』
「……」
『……』
「うぉおおおおおおお~~~~~んんん」

 泣きながらタリムに抱き着く茨先生。

『えっと、なんで泣いてるんですか?』
「うっぐ、えっぐ、タリムちゃんのピュアな優しさが目に沁みて……
私が悪かった、大人として汚れ切っていた!!
二人にはそういうのまだまだ早かった!!」
『はあ……?』
「あ、だけど誕生日プレゼントはなんでもいいから用意しときなさいよ」
『んん?誰の?』
「あれ、知らなかった?少年の誕生日、クリスマスの日。
顔に似合わずロマンチックなこったね~」
『たん……じょーび……?』
「そ」

”ガタガタガタガタッ!!!”
 タリムは顔を紅潮させ、全身を震わせた。

『ど、どうしよう~~~。
誕生日ってなにすればいいの?
プレゼント?プレゼントって何をあげれば?
……うん?』

 タリムはふと窓の外に視線を移した。

「どうかした?」
『いや……誰かの視線を感じた気がして……』

 タリムが保健室の窓を開けると、銀色の蝶が一匹、ヒラヒラと舞っているだけだった。蝶は飛んでいった。

「なんだ、ただの蝶じゃない。
……ん?あんな色の蝶いたかしら」
『うん?
なんか最近たまーに見ますよ?
日本によくいる蝶じゃないんですか?』
「……さあ。虫は専門外だからね、私は」
『……街中歩いてると、たまーに視線を感じるときがあって……。
でも、気配を辿ると、誰もそれらしい人はいなくて……気のせいかなー』
「うん?
ああ、一度そういう報告は受けているけど。
そのとき近くにいたエージェントからは何も問題なかったって」

 ふと、茨先生はこんなことを言った。
「そうそう。
そんなことより、今日サプライズゲストが来るから、楽しみにしててね」
『……え、誰?』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

転校生

 ホームルーム。

 そわそわそわそわ。
 タリムがさっきからどことなく挙動不審だ。

「えっと、タリム?」
『はいっ?!』
「なんか、今日はいつもに増して落ち着きないね……?」
『そんなこと?!わ、私はいっつも通りですよ~~♪』
「ところでさ、たん……」
『(びくぅっ)ひゃい!!まだ何も用意できてません!!』


「……ん?ああ、別にいいよ」
『え、いや、そう言われても私としましてはそのー、なんか用意したいのですが……
ひょっとして要らない?!迷惑?!』
「いや、必要だけど……」
『ですよね?!』
「ホームルームの後でいいから」
『それは気が早すぎるのでは?!』


 何言ってんだコイツ。

「うん?たん……」
『!!!(びくぅっ)』
「タンバリン、次の理科の授業で使うから、音楽室から借りてこないと。
なんか音の性質とかで使うとか……」

 タリムがへたっとなって机の上に伏せていた。

「た、たりむ?!今日のお前特に変だぞ?!保健室行くか?」
『いつもわたしはこんなかんじですよー……』
「……??まあ、いいか、こいつ変なのは今に始まったことじゃな……いてっ」

 なんで今タリムに足蹴られた??

「これからホームルームを始めるわよ」

 今は臨時担任を茨先生がやっている。
 黒鵜先生は表上は一身上の都合で退職という形になっている。

「今日は急だけど転校生を紹介するわ……入って」

 入ってきたのは、小柄な銀髪の少年……いや、ボーイッシュな少女か。
 片目を隠した前髪で、どこか掴みづらい不思議な雰囲気だ。
 両手には長い手袋をして、足は長いソックス。
 なるべく肌の露出を防いでいるような姿だ。

「ボクは八戸 亜八十(はちど あはと)、よろしくね」


 はにかむような笑顔に、クラス中が沸いた。
「うお、かわいいーーー!!」
「なに、なに、可愛い?!」
「うわ、ヤバいヤバい!!!」

 男も女も大騒ぎだ。
 そんな彼女はタリムを見て笑った。

「知り合い……?」
 タリムは首を傾げていた。

 昼休み。恒例の転校生質問攻めタイム。

「八戸さんってどこから来たの?」
「少し遠いところ。あ、ボクのことアハトって読んでいいよ」
「アハトさん……趣味とかある?」
「うーん、綺麗で可愛いものを見るのが好きだなあ」
「へー。例えば?」
「それは秘密」
「なーに教えてー」
「好きな食べ物とか教科は?」
「んー、特にないかなー」

 僕とタリムはそれを遠巻きに眺めていた。

「なんか、タリムが来た時を思い出すな」
『うん、あれから三か月ちょっとか……まだそれしか経ってないんだ』
「色々あったからなあ」
『……八戸さん、色々訊かれ過ぎて困ってないかな?』
「いや、ちゃんと笑顔で受けきっているな。
タリムの場合は半分パニックだったのに」
『あのとき君は助けてくれなかったからじゃん!!』

 あー、あのときはそれで黒鵜先生に圧をかけられたっけな……。
 ”お前が守るんだ”
 その一言が、始まりだった気がする。

『……んん??」
 タリムが僕の胸元をじっと覗き込んでいる。

「どうした、タリム」
『……ネクタイがボロボロ』
「あー」

 何度か制服で戦いについて行ったからな……。

「制服自体はサイズも合わなくなったし、新しいのにしちゃったけどな。
だいぶ金使ったからネクタイまではなー」
『ふぅん……』

 気が付くと、八戸がこちらに来ていた。

「……タリムちゃん、タリムちゃん?」
『……はい?』
「悪いんだけどさ、校内を案内してくれない?」
『うん、いいよ!』
「あ、二人だけでいいから」
『……?』

 あ、僕にはついて来るな、ということか。
 まあいいけど。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

学校案内

 タリムとアハトが校庭につながる吹きさらしの廊下を歩いていると、ボールが転がってきた。

『八戸さんは転校生だから知らないだろうけど……』
「あ、アハトって呼んでよ、タリムちゃん」
『うん、アハトちゃん』
「やったー!!!……で、何?」
『スカートを履いたまま、ボールを思いっきり蹴ってはいけません。
パンツ見えちゃうからね!!』
「う、うん」
『あと、上靴で土の上を歩いた時はちゃんとお掃除しましょう』
「いや、そもそも土の上歩くためのもんじゃないけど」
『……そうでした』

 タリムはぺろっと舌を出して笑った。

「あはは、タリムちゃんっておもしろーい」
『てへへ』
「タリムちゃんのこと、もっと教えてほしいなー。
さっきの男の子との関係は?」
『あ、あいつ?んーと……そのー……クラスメイト……なんだけど、友達……ではあるんだけど、そのー……』
「恋人?」
『それは全然違うから!!!』

 タリムは大きく首を横に振った。

「ふーん」
『アハトちゃんには、好きな人とかいるの?』
「いるよ」
『誰?付き合ってる?』
「あはは、片思いだよー」
『えー、誰誰ー?!』
「秘密ー」
『じゃあ、親しかった友達とかいないの?
転校して寂しくない?』
「全然」
『えー。私は……あいつとか、寅子ちゃんとか、茨先生とか、ほかのみんなと突然一緒にいられなくなったら寂しいなあ』
「そうなんだ……今のあなたにはそんなに……」
『アハトちゃんにもそういう人いるでしょ?』
「……いないよ」
『……え?』
「その人以外に、大事なものなんてあるわけがない。自分自身さえ……」

 アハトがタリムの腕を掴んだ。
 冷たく、重い沈黙が続いた。
 強い風が廊下を吹き抜け、ボールが転がっていった。

『ちょっと……痛いよ』
「あ、ゴメーン!!」

 ふと、アハトがタリムの顔を覗き込んで言った。

「ところで。その男の子とクリスマス過ごさないの?」
『えー……いや、その日もいつもと同じだよー』
「なら、なおのことさ。ちゃんと約束しておかないと。
ロマンチックな日にならないよ?」
『ろまん……ちっく……?』

 ピンク色の小さい蝶がヒラヒラと近くを舞った。
 タリムは目をパチクリさせた。

「心ときめく大事な瞬間のことさ」
『……おお~?』
「約束するときはこうだよ、”嘘ついたら世界を丸ごとこ~わす、指きった”って」
『なんか聞いたことのある約束の仕方と違うんだけど』
「これくらいじゃなきゃダメだって!男の子ってガサツで忘れっぽくて気が多いんだから!
当日すっぽかされないように!!」
『そ、そうかー。さすがアハトちゃんだね』
「うんうん、ボクに任せておけば問題ないって」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

教室


 八戸が教室に帰って来て、クラスメイトが次々に声をかけた。
「あ、アハトさん帰ってきたー」
「どうだった?……って言っても大して面白い学校でもないか」

 八戸が答える。
「いやいや~、みんな元気そうでボクは見てるだけで元気がもらえたよ」
「お年寄りみたい」女子のひとりがそう言って、周りは笑った。
「特に、タリムちゃんからはすごーく元気をもらったよ」
『うん?私?普通に案内しただけだけど?』

 寅子が口を挟んだ。

「まあ、タリムちゃんは元気の塊だからねー。ボール投げて”取ってこい”するだけでも元気がもらえるよ、うん」『私はワンコじゃない!!!』


 周りはさらに笑った。

「あ、ところでさタリムちゃん。さっき話したこと……」
 八戸が何か意味ありげなことを言い出した。

『そ、そうだね!あ、あのさ……ちょっと』
「うん?」

 タリムが急に僕の袖を引っ張って、無言で屋上へ連れていかれた。

「おーい、タリム?」
 タリムは顔を伏せて、くるりとこちらに振り返った。

『あのさ』
「うん」
『あのさ!!!』
「うん……?」

 なんだよ一体。

『二週間後、クリスマスだね!!!』
「お、おう」

 いちいち大声で確認するようなことなのか。

『なんか予定ある?!』
「予定って……いつも通りの予定だよ。
家帰って飯食って寝る」
『そっか!!
じゃあ、クリスマスは一緒に過ごそうね!!』
「うん……。
別にいいけど、それいつもやってることじゃ」
『いつもと一緒でもいいの!!』
「だったら、別にわざわざ確認するほどのことじゃ」
『確認じゃなくて!!約束!!』
「あー、うん。わかった!約束な」

 タリムは僕の小指をひっぱって自分の小指を括りつけた。

『嘘ついたら世界を丸ごとこ~わす!!』
「なんだその脅し文句?!普通は”針千本飲ます”だろうが?!」
『それだけ大事な約束ってこと!!
はい、指きった!!
もうキャンセルできませ~ん』
「そいつは責任重大だな」
『そうそう』

 僕とタリムは笑った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

放課後、女子の買い物

『うーーーん』

 タリムと寅子がショッピングモールの中を歩いていた。

『私さ、誰かに誕生日……そもそもプレゼントってあげたことないんだよね』
「マジか!!!」
『っていうかさー、寅子ちゃんあいつの誕生日知ってて黙ってたでしょ』
「う!!いやさー、それくらい知ってるかと……今では私よりずっと一緒にいるんだし。
そもそも、それは本来自分で訊いとかなきゃいけないことでしょ」
『うう!!……だってー。そういうイベントの経験ないんだもん』
「そっかー。で、あげたいものは決まってる?」
『全然わかんないから寅子ちゃんに泣く泣く助けを求めてるんだよォ~~~~』
「よりによって私か~~。
もう、この際あれだ。自分の身体にリボン巻いて、”私がプレゼント”ってやればいいんじゃない?」

 タリムは首を傾げた。 

『???意味がわかりません。詳しく説明してください』
「え……マジか」
『マジで。詳しく』
「だから、そのー、リボンをほどいたら私がプレゼント……って、なるわけで」
『???ほどいたら何が起こるんですか?詳しく』
「……そんなもん説明出来るかーーーー!!!」
『……?
ところで、寅子ちゃんは何あげるの?』
「実は……もうあげてある」
『え?!』
「二か月かけて研究したケーキ……サプライズで早めにあげたんだけど」
『え、え、そんなの聞いてないんだけど、どうだったの?!』
「……お店の試作品だと思われて……。
誕生日のサプライズだって、言えなくてさ……」
『寅子ちゃん……』

 涙ぐむ寅子を、タリムがそっと抱きしめた。
 寅子は、タリムをそっと引き離した。

「あのさあ、タリムちゃん。
前々から訊きたかったんだけど……」
『うん?』
「もし、私がさ。
もしもの話だけど!!
私とあいつと付き合うことになったら、どうする?」
『……。
……うん、そういう可能性もあるよね。
私に止める権利はないし』
「それで納得出来るの?」

 タリムは俯きながら考え込んだ。

『……わかんない。
正直、私は好きとか付き合うとか、よくわかんないだ。
だって、同年代の子たちと関わるようになったのって、実は最近になってからだから……。
男の子や恋がどうとかなんて、ほんと最近まで、漫画とかドラマの世界の話だったんだ』
「……」
『けどね。
私は、誰かの幸せを守れる自分でいたいんだ。
だから、祝福するよ。友達として』
「そっか……。
わかった、私も同じ!!
タリムちゃんがあいつとくっついたら、友達として祝福するよ!!
そのときは……メッチャ悔しくて、苦しいだろうけど……。
タリムちゃんとは堂々と勝負して、勝っても負けても、誇れる自分で……大事な友達でいたいじゃない!!」

 寅子はタリムを抱きしめた。

「ライバルだけどタリムちゃん大好きだよぉ……」
『ライバルだけど寅子ちゃん大好き』
「あれ?二人してなにやってんの??」

 抱き合う二人に、アハトが声をかけた。
 二人は慌てて離れた。

「あ、もしかしてお邪魔だった?二人ってそういう……。
いやー、愛の形も人それぞれだし、ボクは応援するよ、うん」
「『違うから!!!』」

 二人は買い物に来た事情を説明した。
「誕生日のプレゼント?へー。クリスマスと同じ日なんだ」

 アハトが頷きながら言った。

『それで何をあげたらいいかわかんなくて~』

 寅子が口を挟んだ。

「じゃあ、あいつが欲しいものとか……」
『わかんない!!』
「本人に訊けばいいじゃない」とアハト。
『それは……訊けない』
「それは私も訊けないわー」と寅子。

 アハトは頷いてから言った。

「じゃあ、必要そうなものならもらっても困らないよね。
それも、なるべくいつも身に着けているような」
『それだ!!それしかない!!!さっき、ネク……あ』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

タイミングの悪い男

 僕はタリムにボロボロのネクタイを指摘されたので、ショッピングモールの洋服屋で買うことにした。
「そういや、タリムと寅子は買い物に行くって言ってたな」

 ネクタイをあれこれ見て回る。
 うちの学校は、ネクタイは過度に派手でなければ自由な色柄を選ぶことが出来る。

「……ん?あれは……」

『それだ!!それしかない!!!さっき、ネク……あ』
 タリムと寅子に、八戸がいる。
 三人と目が合った。

『ヤ、コンナトコロデドウシタノカナ。キグーダネー』
「なんでそんなロボットみたいにカチカチなんだよ?
あー、さっきタリムがネクタイボロボロだって言ってたろ?
だから買いに来たんだ」
『……!!!!』

 タリムが無言で口をあんぐり開けた。

「……え、あ、何?」
『……』
 タリムが無言で口をぱくぱくしている。
「え、おい、どうした……?大丈夫か?」

 八戸が口を挟んでくる。
「あ、そのー、タリムちゃんはそれくらいならまだ買い替えなくていいんじゃないの?
ちょっと傷があったほうがロックでカッコいい、って言いたいんじゃないのかなあ?」

 タリムは無言で勢いよくブンブン首を縦に振った。

「じゃあ、こんなとこ早く離れようよ!!」
 寅子が僕の後ろに回り込んで、背中を押した。

「ま、待ってくれ。
まだ見たいものが……」
『ねねねねねネクタイは買わないよね?ね?』
「わかった、買わない。だけど滅多に来ない店だから……
あ、タリムハンカチ持ってる?
額に汗凄いぞ」
『あ、うん。もちろん』

 タリムは緑のハンカチを取り出して自分で拭いた。
 最初の頃は僕のハンカチを毎回かっぱらっていたのにな。

「……ん?そういや、タリムっていつも緑……」
「じゃあ、私たちはもう行くから」

 八戸が二人を引っ張っていった。

「あいつら、いつの間にか仲良くなったんだなあ……」


校長に呼び出されてえっちな話をされる


 翌日、僕とタリムは校長室に呼び出された。
 そこには校長と茨先生もいた。

「ある筋から掴んだ情報なのだが。
君たち、親のいない家で同棲してるって本当かね?」
「えー……あー……それは……」

 これはマズい展開だ。

『同棲ってなに?』
「一緒に住んでるってこと」
『はい、そうです!!』
「たぁりぃむううううううう?!」

 校長はため息をついた。

「最初はタリムさんの住居に不具合があり、毎日黒鵜先生が見回りに行くという条件だったのは理解しました……。
それも最近まで私は知りませんでしたが!!!
しかしですねえ、黒鵜先生も退職されて、長い間二人っきりというのも問題では?」
『なにか問題がありますか?』
「えーと、思春期の男女が一緒にいるということは……色々な間違いが起きる可能性があるということです。わかりますね?」
『……??
あー、わかりました!
喧嘩するなってことですね!』
「そういうことでは……えーと、彼女は本気で……わかってない?」
 校長は茨先生に助け船を求めた。

「はい、本気でそういう子です」
「保健体育の授業で……その……せ……せっく」

 校長、セクハラに匹敵する話題を必死になんとかわかってもらおうとする図。
 茨先生は助け船を出す。

「性教育についてはちゃんと他の生徒同様に受けていますが。
本人には全く実感が伴っていないようです」

 セクハラ発言を回避出来た校長は必死に続けた。
「えーと、だから、茨先生からもなんとか言ってください!男女が一緒に暮らしちゃダメと!!」
『……???』

 茨先生はしかめっ面をしながら話し出した。
「あのですねえ、校長。
先ほども説明しましたが、この子は特殊な事情がある子で、泊まる場所は確かに我々の組織で提供出来ますが、人間的な温かい環境は残念ながら用意できません。
彼女に必要なのはそれなんです。
それに、彼女はまだそういった性的な意識に乏しく、彼は……まあ年相応でしょうが、彼女を傷つけるようなことは決してしない子です。
どうかこの子たちを信頼して私たちに任せてくれませんか?」
「そうは言ってもねえ!!男子なら誰もがついうっかりムラムラっとしちゃうことが!!!」
「それは校長の経験ですか?
万一そうなっても、タリムのほうがずっと強いですし、その危険はないかと」
「む、無理矢理じゃなくても、ついなにかの拍子でこう、お互いいい雰囲気になちゃってそのまま~~、とか、あるじゃないですか!!」
「それも校長の経験ですか?
それも踏まえて彼はちゃんと考えて行動出来ると私は信頼しています」
「……」
『……』

 なんなんだ、この状況。
 大人二人が僕とタリムに対して性的話題の攻防を繰り広げるという羞恥プレイは。
 居心地悪いなんてもんじゃないぞ。

『ふわぁああ……』

 事態をよくわかっていないタリムは小さく欠伸してるし……。
 苛立った校長は声を荒げた。

「とにかく同棲はダメぇっ!!!これ、外部にばれたら大変なことになりますから?!
雑誌に書かれるぅ!!!私の首くらい軽く飛んじゃいますから!!!」
「本音がそれかい……」
 茨先生はぼそって呟いた。

『え?え?なんでなんで??
この国には自分で住む場所を決めていい、ってルールがあるってこの間授業で習いましたけど!!!』

 再び校長が声を荒げた。

「時と場合によります!!特にあなたたち未成年者は!!!いいですね?!」
『私今日から公園で野宿になるのかー……。
晩御飯は公園にいる鳩を一日一羽焼いて食べればなんとか……』

 校長はカッと目を見開いて言った。
「ワイルド過ぎるこの子?!住居は私が市に掛け合って用意しますから!!問題のある子どもたちが共同生活する施設を紹介し……」

『絶対ヤダ』タリムは”へ”の字に口を曲げて言った。

「君ねえ、いつまでも子どもみたいに……。せっかくだから色々生活態度を改める指導を受けたほうがいいと私は思うんだよ。君の将来のためにも」
『絶対ヤダ!!』
「そんなんでうちの学校に通われても困るんだよ……。じゃあ別の学校行くかい?」

 茨先生が口を挟んだ。
「待ってください……じゃあせめて、次の居場所が決まるまで私の部屋に泊まらせましょう」
『絶対ヤダ!!』

 こんな子どもっぽい頑固なタリムを見るのは久しぶりだ。
 なんとか、なだめてみよう。

「なあ、タリム。なんでダメなんだ?どっかの施設より、茨先生の部屋のほうが……」
『先生夜遅くまで帰ってこないじゃん!!料理出来ないし!!』
「ちょっとはワガママを堪えろよ……」
『ワガママ……君は、君は私が一緒にいないほうがいいんだ?!』
「そうは言ってない……」

 校長が口を挟んだ。
「一緒にいたらダメだろう!!!これ以上一緒に暮らすなら、君は問題を起こす気だと判断するよ!!
そんな子はこの学校にいてほしくないがね!!!
それに君、決闘事件の子だよね。
小学校のときの暴力事件だって知ってるよ。
そんな子を信用するなんて私は……」
「校長!!」茨先生が校長を睨んだ。

 僕はタリムになるべく優しい声で話しかけた。
「なあ……何も、ずっと離れ離れになるわけじゃない。
学校では今まで通り一緒にいられるんだ。
もしこのまま君が意地を張ったら、それも出来なくなるかもしれないんだ。
わかってくれよ、タリム……」

 タリムは両手を握りこぶしにして、しばらく顔を伏せてから、言った。
『バカっ!!!』

 タリムは廊下へ走り出した。

「あ、おい!!」

 僕が追いかけてくるのに気づくと、タリムは窓から飛び降りた。
 校長が叫んだ。「ここ三階?!何を考えて?!」
 外を見るとタリムは上靴のまま凄まじい速度で校門へ向かっていくのが見えた。

「えっと……彼女は猫か何かかな……ははは」

 茨先生は落ち着いた口調で言った。
「あー、大丈夫です。あれくらいは日常茶飯事なので」
「三階ならあの子なら余裕……最近はそういうのめっきりなくなったので、だいぶ楽になりましたがね」僕は落ち着いてそう言った。

 校長は落ち着いた僕たちの様子に目を丸くし、肩を落として言った。
「あの子のこと……君たちに任せていい?」
「はあ……最初から任せて下さいと言ってましたよね?」
 茨先生はため息をつきながら言った。


タリムを探して

 
 僕と茨先生は放課後、車に乗ってタリムを探しに行った。
「あー少年、これ使っていいよ」
「PHS……?」
「機関の連絡用。私の番号、機関施設、タリムの通信機の番号入れておいてあるから」
「ありがとうございます」

 僕はそれを受け取って、早速登録されたタリムの番号にかけてみた。

「くそっ……あいつ通信機の電源切ってますね」
「まあ、そうなるわよねー……。
校長の野郎が出しゃばらなきゃ何も問題なかったんだけど。
……誰かが余計なタレコミしたのかなあ?」
「……誰がそんなことを。
それより行先の見当は……」
「機関の施設に連絡したら、そっちには行ってないって。
他のエージェントにあんたの家見張らせてたら、やっぱ帰ってないって。
うわあー、どうしよ、始末書じゃ済まないかも……」

 大袈裟に落ち込む茨先生を見て、思わず僕は笑ってしまった。

「ははは、大人は大変ですね」
「あんたも笑ってる場合?!心配じゃないの?」
「いやー、最初出会った頃ならともかく、最近のあいつは大丈夫ですよ。
かなり落ち着いてきましたから。
こういうトラブルが懐かしいくらいです」
「……あんたねえ。
普通の女の子ならまだしも、あの子は世界の命運を握る機密の塊だってこと忘れてるでしょ。
最悪、世界が滅びることになるかも……」
「あはは、まっさかー」
「……いや、冗談じゃなく。あくまで最悪の想定をした場合だけど」
「……」

 ゾッとする冷たい空気が流れた。

「もしタリムがこのまま姿を消したまま、終焉の王が予言通りに現われたら、どうなりますか?」
「対抗策はなく、世界は滅びるわね。
それだけならまだしも……」
「え?」
「普通の子がグレたら校舎の窓ガラス割ったり、盗んだバイクで走り出すくらいで済むけど。
あの子が本気でグレたら絶対無敵、世界最強の不良娘よ!!!
それどころか、軍隊も手に負えない破壊神になるのよ!!!」
「いや、まさかー。
ははは……は」
「……」
「……」

 数秒の重い沈黙。

「発信機とかついてないんですか?!」
「あるけど、通信機の電源切られていると使えない!!
少年!なんでもいいから心当たり!!!」
「寅子の家!!今PHSで家に連絡します」
「あ、おばさん?そっちにタリム遊びに来ては……いないですか。
いえ、大したことでは。
いえいえどうも……それでは」
「ダメか……くそぉーーー!!
校長のせいで世界が滅ぶーーーーっ!!!
あのヅラの下のバーコード今度会ったら残らず引きちぎってシュレッダーにぶち込んでやるわーーーーっ!!!」
「それはやめてあげて?!」
「あんたは世界とバーコード、どっちが大事なのよ~~~~?!」
「先生落ち着いて?!校長はともかくバーコードに罪はないですから?!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『私……居場所なくしちゃった。
思えば、あいつに迷惑ばっかりかけてたなあ。
嫌われて当然だったかも……』

 タリムは一人公園を歩いていた。
 公園には、銀色の蝶がヒラヒラと舞っていた。

『はあ~~~~。
今日はここで野宿か~~~。
あ、鳩捕まえなくちゃ……
いや食欲ないから……嫌々食べたら鳩に失礼だし。
今日は水だけ飲んで寝よう……』

「あれ?どうしたの?」
 アハトが公園にやって来た。

『あ、アハト……ちゃん……
……。
……。
うわあああああああああ~~~~ん!!!!』

 タリムは泣きながらアハトに抱きついた。

「どうしたの?」
『私、私、居場所をなくしちゃった。
今日泊まる場所もご飯もないんだ……』
「それは大変だね!!
ボクの部屋に来なよ!!
タリムちゃんさえよければ何日でも泊っていって!」

 アハトの目は爛々と輝いていた。

『え、ほんとう……?』
「ああ、もちろんさ!!」

 アハトは白い小さな二階建てのアパートの一室にタリムを案内した。
 途中で恰幅のいいおじさんがアハトに頭を下げて、アハトは手を振った。
 おじさんの近くに、ピンク色の小さな蝶が飛んでいた。

『あ、珍しい蝶々……。
ねえ、ここで一人暮らしなの……?』
「うん」
『さっきの人は?』
「アパートの持ち主。ご厚意で格安で住まわせてもらってるんだ」
『へー。……中に物、あんまりないね』
「あー、うん。奥のタンスに色々しまってあるからさ。
そこはけっこう汚いから、決して開けないでね」
『わかったー。
……はは、確かに整理されてないみたいだね。
タンスの扉になんか挟まってるよ。
紙……?』

 それを取ろうとしたタリムの手を、アハトが掴んだ。

「あー、お弁当!食べるものないから買ってこよう!
ついでにお菓子とジュースも。
それだけ片付けちゃうから、先外行って待ってて」
『わーい、お菓子ー』
 タリムは素直に先に外へ出た。

「……危なかった」

 アハトはタンスの扉に挟まっていた写真を取り出した。
 写真には、商店街を歩くタリムと少年が映って……少年の顔は黒く塗りつぶされていた。
 アハトがタンスを開けると、洪水のように写真が溢れてきた。

「こんな急にチャンスが来ちゃうんだもん……。
部屋に飾っていた写真をきちんと整理する暇がなかったな。
私の宝物……」

 手に抱えた写真にはどれも、タリムが映っていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌日の早朝、僕はフラフラの足で学校へ行った。
 久しぶりの一人きりの自由や静けさを楽しむ……なんて気分になれないどころか。
 昨夜は暗くなるまで体力が続く限りあちこちタリムを探し回って、早朝も探し回っていた。

「あ、少年」

 茨先生だ。酷い顔をしている。

「やっぱ、まだ家にはもどってないわよね」
「ですね……」
「この世の終わりかー……。
あー、実は私、この後故郷に帰って幼馴染と結婚するためにパインケーキを作るの……」
「先生、頭まともに動いてないですよ?
死亡フラグ自分で立てても結婚出来ませんよ」
「教室に行ったら戻って来てるなんて奇跡は……」

 いつもの教室に行くと、タリムがいた。

「なんでいるの!!!」僕は驚いて言った。
『うん?朝になったから学校来たの。悪い?』
「じゃなくて!!!昨日どうしたの?!」
『家に帰ってくるな、って言われたから……』
「言ってない!!そんなこと!!!
マジで公園で鳩食べたのか?!」
「少年も頭まともに動いてないぞー。
……私まともに寝てないから保健室で寝るわー」

 茨先生は手をヒラヒラ振ってから、フラフラと立ち去った。

「あ、先生おやすみなさい……。
って、先生も心配してたんだぞ!!!
なんで連絡のひとつも寄こさなかった?!
何度連絡しても通信機切ってるし!!!」
『だって……』

「彼女を拒絶した君に、そんなことを言う権利はあるの?」
 アハトが廊下から現われて言った。

「八戸……?」
「昨日聞いたよ。居場所が奪われそうになっても、ちゃんと守ってあげなかったって。
挙句、タリムちゃんに説教や善意の押し付け、君は嫌われて当然のことをしたんだよ。
言わなきゃわからないかな?」
「うぐ……」

 ぐうの音も出ない。

「す、すまなかった。
だから今日は一緒に……」
「帰ろう、とか言わないよね?
校長にはどう説明するつもり?」
「うぐ……」

 ぐうの音も出ないその2。

「そんな君に、タリムちゃんは任せられないね!!
だけど、大丈夫だよ。
これからはボクがぜーんぶ面倒を見てあげるから!!
好きなお菓子も欲しいだけ買ってあげる」
『わ~い』
「おい、タリム……?!」

 タリムは一度僕に背を向けてから、
『べ~~~っ!!』と、あっかんべーをした。
「ガキかお前は?!
お菓子に釣られやがったな!!
もういい、当分帰ってくるな!!!」
『言われなくても帰りませんよ~~、だ!!』

 ピキッ。
 正直、今までで一番腹が立った。

「勝手にしろ!!!」
『言われなくても勝手にしますよーだ!!』

 ふと気づくと、小さなピンクの蝶が傍を通り抜けていた。
 蝶はいつの間にか姿を消していた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 それから少しして。

 校長は、一人で鏡を見ながら落ち込んでいた。
「茨先生、あんなに怒って髪を掴まなくても……。
あー、絶対十本以上抜けた……。
前はもっと一杯あったよ、絶対!!!
許さんぞあの巨乳……。
……ん?君は……」
「髪を生やすいい方法がありますよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

”ウウウウウウウーーーン!!!”

「警報……こんなときに?!」
『センサーに反応……近く?!校内……?』

 タリムは素早く廊下に走り出した。

『ついてこなくていい!!』
「そんなわけいくか!!
今は気持ちを切り替えろ!
喧嘩は後だ!!」
『……うん』

 途中トイレの個室で武装状態になったタリムは、認識阻害システムを利用して校内を堂々と走った。これのおかげで、タリムは派手に走り回っても「何事もない光景のように目立たない」。
 後をついてくる僕はその恩恵を受けられないので、途中で驚かれたり叱られたりしたが全部無視した。

『ここだ!!』

 タリムが開けた部屋は……校長室。
 そこには校長……に似た人物がいた。
 全身は筋肉が発達し、スーツはパンパンになっている。
 髪の毛さえフサフサで黒い長髪に。
 そして、髪の毛の生え際あたりに見覚えのある異様な瘤が。

≪私は、世界最強の校長になった。
いや、校長を超えし者、光超だ!!!
これで私は、モテるはずだ!!
中学生にだって!!!
私は生涯現役だーーーーーーー!!!≫

 校長が叫ぶと、服が破れてフンドシ一丁になった。

≪光超パーンチ!!!≫
 校長はただ拳でタリムを殴りつけて来た。

『そのくらいの攻撃!!』

 タリムは素早くしゃがんで避け、渾身のアッパーを顎に直撃させ、天井付近まで吹っ飛ばした。

≪ぐぼぁっ!!!≫
「弱い……特別な能力もない。
融合して間もないはずだ。
タリム!!瘤だけを狙え!!」
『了解!!エネルギーチャージ完了、ロックオン。
適合率……72%。タリム砲発射!!!』

 落下して隙だらけの校長に、タリム砲は直撃……
したはずが、空中でエネルギーが霧散した。

『?!』

 タリムの耳当てからアズニャル博士の声が聞こえた。

「適合率72%ではタリム砲に必要なエネルギーは得られません!!
どうして、どうしてこうなったぁーーーーーーー!!!」
≪悪い子にはお仕置きが必要ですねーーーー!!!≫

 校長はその辺にあった棒きれをタリムの腹に向けて突き出した。

『ぐはっ!!!』
「校長、少しでも教育者としての自我が残っているんだら、そんなことやめるんだ!!!」
≪これぞ教育的指導!!!
最近の生徒も親も、たったこれくらいの指導でピーチクパーチク五月蠅いんだよ!!!
私が若い頃はこんなもんじゃなかったぞおおおお!!!≫

 さらに倒れているタリムに蹴りを入れた。

「最低だ……。
自分がされて嫌だったことを、自分より目下の相手にやり返すなんて」
≪暴力があったからこそ私は立派な校長になったんだぁあああ!!!≫

「そんなもんないよ……お前はやりすぎた」
 誰の声だ……?

 黒い異形の兜と機械翼、そしてボディスーツ……。
 それはまさに、黒い機密天使。



 タリムと違ってトンファーではなく、肩に長刀を背負っているが。
 彼女は、校長を勢いよく蹴り飛ばし、背中に背負った長刀で切りつけた。

≪ぐぼぁ!!≫
「誰だ?!誰だ誰だ?!あり得ない、もう一人機密天使がいるなんて私は?!知らないぞ!!!」
 タリムの通信機からアズニャル博士の声が聞こえた。

「融合化しきってないようだね……。これならこれで殺せるかな」
 黒い機密天使は倒れた校長の首を狙って、長い刀を振り上げた。

『やめて!!』
 タリムは間に入って両手を広げた。

「ふうー。君はこんなヤツでも救いたいのかい?」
『私は、相手が誰だって、助けられるひとは助けたい!!』
「わかったよ……こうすりゃいいんだろ?」

 彼女は長刀を下ろし、右手を突き出した。

「ロックオン、速射式タリム砲……発射」

 エネルギーの弾丸が校長の瘤を撃ち抜き、髪の毛を燃やした。

「タリム砲?!
……全身のエネルギーを溜めずに撃てるのか……」

 まさかタリムの上位互換の能力……?
 馬鹿な……以前博士はあれだけ「タリムの代わりはいない」と言っていた。
 この黒い機密天使は機関が知らない存在なのか……?

≪ぎゃあああああああああああああ?!≫
 校長は倒れてそのまま気を失った。

「校長はこちらで回収するわ……」
 息を切らしながら茨先生が現われた。

「あなたは一体……黒い機密天使?」
「……じゃあね」

 黒い機密天使はニヤリと笑って窓から外へ飛び立った。

 
 

気落ちするタリム

「タリムこれから、どうする?
家に帰るだろ?」
『うん……?
いや……
いい……』
「いいって、何が……」
『だから、いいって。
どうせ私いると邪魔だし、うるさいでしょ……?』
「は……。
いや、今更そんなこと気にするなよ?!」
『やっぱ、そうなんだ……』
「いや、その!
そうじゃなくて!!
いつもの元気なタリムはどうした?!
一回調子が出なかったくらいでなんだよ?!」
『しばらくアハトちゃんのとこに泊まる……』
「お、おい……」

 タリムは一人でとぼとぼと歩いて行った。

 それから数日、タリムは家に帰ってこなかった。
 学校で話しかけても上の空。
 そんな元気のないタリムに、八戸が世話を焼いて回った。
 まるで僕の代わりと言わんばかりに。
 その間に警報が三度鳴り、三体の変異体が現われたが、校長のときと同じように黒い機密天使がそれを「速射式タリム砲」で片づけた。


別れ

 
 それから。
 僕とタリムは博士の研究室に来ていた。

「うん……身体検査では異常なし。 
だけど適合率は上がらないままね……」
 茨先生は沈んだ顔のまま言った。

「理由は相変わらずわかりませんねえ!!
最初は疲労や消耗かと思いましたが、ここしばらくはエネルギーの消費は最低限で、
あの黒い機密天使がやってくれちゃいますからねえ!!!
あああ、まだその正体も掴めていない!!!
私が!この私が、ここまで調べてわからないとは!!!」

 博士が目を血走らせたまま叫んだ。

「残念だけど、現状私たちに出来ることはないわね……。
今日はもう帰っていいわよ」
 

 僕とタリムはエレベーターに乗った。
「なあ、このままでいいと思うか、タリム」
『なんのこと?』

 エレベーターが上がっていく。

「なんのことって。
住む場所のこととか、
タリム砲が撃てないこととか……」
『それが何?
お家はアハトちゃんのとこでいいし。
アハトちゃんはなんでもしてくれるしお菓子たくさん食べても喜んで許してくれるし。
煩くあれこれ言ったり叱ったりしないし。
敵は黒い機密天使がなんとかしてくれる。
私は……それでいいよ』
「……いいのかよ、それで、本当に……」
『もう、私が頑張らなくても、いいんだ……』

 タリムは力なく笑った。
 それなら、もうタリムは痛い想いも、辛い思いもしなくて済む。

「それは……それならよかった……よかった……」
『そう、よかった』

 エレベーターが地上について、止まった。
 ……。
 ……。
 よかった……んだよな?
 僕はずっと嫌だったんだ。
 あいつが傷ついて、苦しむのが……。

 扉が開く。

『それじゃ、今までありがとう』
 タリムはこちらに背を向けて歩き出したまま、そう言った。

「……タリム」

 僕に、その背中を追う権利があるのか?
 また傷ついて苦しんで戦えと……そう言うだけの権利があるのか?
 必要がなくなった僕が、また一緒に暮らそうと言う権利が?
 守られるだけの無力な僕が……。

「……これでよかったんだよな」

 僕は一人で自分の家に戻って、自分の部屋のベッドに寝転んだ。
「そういや、このベッドを使うのも久しぶりだな……」

 あの日以来、タリムはなし崩し的にこの部屋を占拠し、僕は隣の父親の部屋に追い出された。
 とはいえ、タリムがこの部屋を使うのは寝るとき、着替えるとき、漫画を取りに行く時だけだが。いつもリビングで、二人で同じ炬燵テーブルを使っていた。

「なんか、疲れたな……」

 あの日は、たしかこうやって眠ったら、急にバリバリとせんべー音が聞こえて驚いたよな。
 ……
 ……
 ……

「ああ……」
 どれだけ待っても聞こえてこない。
 家の中で一人でいると、こんなに静かだったのか……
 退屈だったのか……
 ずっと、「たまには一人でゆっくりしたい」って思ってたのに。

「一人に戻っただけじゃないか……」


あとがき


酷い風邪で二週間更新をお休みしました。
今話は文量が多くなったので前後編に分割しました。
↓いいねを押してくださると嬉しいです。
ヒロインおみくじが出てきます。

没カット。リボン巻きが恥ずかしいらしい


後半に続く。


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