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御田寺 圭 「ただしさに殺されないために」の感想

白饅頭こと御田寺 圭氏の新著『ただしさに殺されないために』を5月末に購入した。一気に読み進めるのは時間的にも精神的にも厳しかったので、少しずつ興味のあるパートから読み進め、先日一通り読み終えることができた。

感想として何を書こうかと考えていたが、数ある話の中でも特に印象に残った話について書こうと思う。

その話とは、「子育て支援をめぐる分断」である。

この話題は以前note記事でも取り上げられていたが、筆者はあの記事がトラウマになってしまった。内容の絶望感、救いようのなさもそうだが、普段ツイッターよりは穏和であるはずのnoteコメント欄が大荒れになってしまったからだ。

「子育て支援は社会にとって必須である」とする擁護派と、「恵まれた人間を更に優遇するなんておかしい」とする反対派で意見が衝突してしまい、明らかに両陣営ともフックに引っ掛かっていたので、まともに議論が成り立っていなかった。あのときだけはマジでコメント欄が2ちゃんねるレベルの環境だったのを覚えている。

筆者も擁護派として攻撃的になってしまったところがあったし、記事を書いた饅頭氏のことも「ひたすらネガティブな言葉を並べて、どうすればいいかも書かず投げっぱなしとかふざけてんのか」と本気で怒りを感じてしまっていた。そんなわけで色々と因縁のある話なのである。

今回の著では、淡々と事象を書き出し簡潔にまとめる構成がとられていて、感情を表に出すような書き方は控えられている。子育て支援の章もそれは同じで冷静に事象をとらえることができた。

内容の中でも特に恋愛、結婚が贅沢品になる事については新しい知見を得ることができた。

世間ではこの言葉に対しても経済的な困窮が理由としてよく上げられる。だが、お金があっても非婚化が解消される訳ではない以上、筆者はこの論調に違和感があった。

本著ではその理由として、自由恋愛の先鋭化と男性のモテ非モテの格差拡大が要因であるとしている。

これは確かに大きな要因だと思う。ただでさえ結婚しない自由が持て囃されている状況で、自由恋愛でしか結婚にありつけないとなれば、「妥協して結婚するくらいならひとりで自由に生きる方がまし」という考えが広まるのは必然である。特に恋愛について選ぶ側である女性はそれが顕著になる。社会にこの考えが浸透した結果として結婚が多くのメリットを提供できる勝ち組男性のトロフィー化したというわけだ。

この話は子育て支援の分断として書かれているが、根本的には自由恋愛をめぐる分断、その気になればいくらでも相手を見つけられるので自由な環境がいい恋愛強者と、周りのサポートなしでは相手に巡り会えないので誰かに世話してもらった方がいい恋愛弱者との分断とも言える。自由恋愛の過酷な環境も、強者からすれば正しい社会のあり方に映っているはずだからだ。

改めて、希望制でもいいから旧来の見合い制度の必要性を感じた次第である。年齢制限を設けて○○歳までに誰かと婚約しなければ強制退会、婚姻なしでの退会は多額の違約金支払いみたいな感じで出来ないだろうか。

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