■称賛欲しがりおじさん・第1章 手をたたきなさい、パチパチと

20数年ほどを京都で過ごし、京都市内で2回転居をした。
最初の引っ越しの時、あえて家賃の安い『風呂なし物件』へと移り、ほぼ毎日銭湯へ通って広い湯舟に浸かったのだった。
称賛欲しがりおじさん・1章 手を叩きなさいパチパチと

京都は銭湯数の多い土地で、色んな銭湯を巡ったのだった。
さて・・、1990年代からも日本はもう結構な高齢化で、大学生が多い京都にあっても銭湯に通う客のほとんどは高齢者だった。
銭湯で出くわすお歳を召した面々は、その多くが苦虫を噛み潰したような表情で、顔に「人生が面白くない」と書かれているようだった。
お爺さん同士、話す内容も嫌事が多く。やれ「政治が悪い」、やれ「知り合いの誰それが気に食わない」、「監督の采配が悪いから、贔屓のチームは負け続きだ」等々、洗い場で、湯舟で、お互いの愚痴を語り合っていた。

女湯でもこれと同じ光景が繰り広げられているのだろうか?
街中で見かけるお婆さん達は、顔つきも柔和で、話している内容も楽し気に聞こえる。
そこで、こう考えた。
“ガラスの天井や育児負担率の高さなど、女性を阻む社会の壁は確かに多い。でもそれらを差し引いても女性の方が男より幸せな人生を歩めているのでは・・?”、と。
だとするなら、なぜ男たちはこんなに苦しそうなのだろう?
湯舟での気付き以来、ずっとそれを考え続けていた。

筆者が辿り着いた理由は2つ。
1つは『健康の度合い』だ。
男性は喫煙や過度に飲酒したりして、健康を損ないがちで、その体調不良・不定愁訴が彼らのイライラの素になっている。
もう1つは男性のメンタルの問題だ。

・男の中には『歪んだ万能感』がある。
・男の中には『2つに分裂した自己イメージ』がある
・男の中には『精神の寄生虫』が居る。
そして何より・・
・男の中には『ものすごい劣等感』がある。

そう提示したなら、貴女は驚くだろうか?、それとも頷くだろうか?

男達が、この『内面の劣等感』を拭うために、必死で行っている行動がある。
それは『他人に称賛を求める』、という行動だ。

だいぶ昔に読んだエッセイで、以下のようなものがあった。
(その作者は阿川佐和子さんだったかもしれないが、違うかもしれない)

【電車で座席に座る私の前に、合コン帰りらしい若い男の子2人が会話をしていた。
「○○ちゃん、可愛いかったよな」
「うん、でもあの子面白いやんか・・」
「そうだなぁ・・」
私はそれを聞いて「女の子の面白いのが何が悪いのか?、むしろ素晴らしい事じゃないか」と言いたい衝動に駆られた】

どうして男は、面白い女子を嫌うのだろうか?
その答えは『男は常に称賛を欲している』からだ。
「○○くんって、お笑いのセンスがあるのね」と、彼らは女子から称賛の言葉を引き出したいのだ。
間違っても、付き合う女の子が自分よりお笑いのセンスがあってはいけないし、自分が称賛する側になってはいけない。
“彼女の方が、オレより笑いのセンスがある・・”と知ったなら、劣等感を激しく刺激され、その後、落ち込みながら日々を過ごさねばならなくなる。

東京大学卒などの高学歴の女性がもてないのも同じ理由だ。
彼らは「○○くんって、頭がいいんだね!」という一言を欲している。
その為には女性が自分より頭が悪く、学歴が低くある必要がある。
自分より賢い女性を前にすると、彼らの劣等感が大いに刺激され、その後、“オレは彼女より頭が悪い・・”と、落ち込みながら日々を過ごさねばならなくなる。

エッセイからの引用ではなく、筆者の実体験を記そう。
12歳の時、風邪をひいて学校を休み、自宅の近くにあった総合病院で診察を受けた。
「それと腎臓のあたりが傷むんです」
筆者がそう告げると「そんな事言ってキミ、腎臓がどこにあるのか知っているのかね?」と、おそらく年の頃50歳代の内科医は意地悪そうにそう尋ねてきた。
自宅にあった図鑑を読んでいて、その知識があったので「はい、この一番下の肋骨の奥の方ですよね」と自分の体のその部位を指差すと、内科医はそれ以降、口もきかず、目を合わせる事もなくなった。

12歳ともなると、ニュースなどで汚職をする政治家や経済人がいる事などを知る事になる。
つまり、必ずしも大人の中にも立派でない人物はいる、とは気付いていた。
それでも、やはりこの出来事はショックだった。
”医者という世間的に立派な職業の者であっても、こんな幼い人間がいるんだ・・”と、そう強く認識させられた出来事だった。

キャバクラなどの水商売には、接客テクニックの『さ・し・す・せ・そ』があるのだという。
「さすがですね!」
「知りませんでした!」
「すごいんですね!」「素敵ですね!」
「センスがいいんですね!」
「そうなんですね!」または「尊敬しちゃいます!!」

これらの言葉を並べておけば、男性客は満足する、というものだ。
小学6年生の筆者も「知りませんでした。腎臓ってその位置にあるんですね」とコメントしておけば、あの内科医の機嫌を損ねる事はなかったのかもしれない。
きっと内科医は“そうだ。オレはこんな子供よりも知識がある。なんてたってオレは医師国家試験に受かった頭のいい人間なんだからな”と、内面のエゴを満足させただろう。

過去に読んだ、女性向け週刊誌に以下のような読者投稿があった。

【飲み会の席で、「部長、その作品は村上春樹じゃなくって、村上龍ですよ」と指摘すると、次の日から部長は、会社で目も合わせず、口もきいてくれなくなった・・】

どうやら筆者だけが運が悪くて、あのような偏屈な内科医に当たってしまったという訳ではなさそうだ。

女性たちが『称賛欲しがりおじさん』をいなす為に身に着けた『さしすせその接客テクニック』。
そんなものが存在するという事自体、世の中には『称賛欲しがりおじさん』が溢れているという証左だろう。
そう、男たちは『称賛』を常に求めている。
内科医や部長や、キャバクラの客だけではない、『称賛欲しがりおじさん』は世に蔓延しているのだ。

子供時代、男子は誰しもヒーローに憧れ、そこに自らを投影する。
年齢を経た成人男性たちは、さすがにもう“オレはスーパーヒーローだ。トム・クルーズだ・・”とは思っていないのかもしれない。
でも頭の中には『オレは偉大な人間なのだ。優れた人間なのだ』という歪んだ自己イメージはしっかりと保持している。
その立派な自己イメージを傷つけられたからこそ、内科医も村上部長も不機嫌になってしったのだ。

そう、彼らは『称賛』を求めている。
「さすが部長!、文学にも詳しいんですね!」
そんな称賛を受ける事で慢心し、劣等感を払拭し、歪んだ自己イメージを強化する。
男達は『称賛中毒』なのだ。

年齢も社会的立場も、どれだけ経験を積んできたかも関係ない。
むしろ年齢を経れば経ほど、称賛を欲しがるようになる。

冒頭で、面白い女子は敬遠される、というエッセイを紹介したが、女芸人Nо1を決める賞レースで、明らかにこちらの方が面白いというコンビが優勝を逃し、全く笑いを得られなかったコンビがタイトルを獲る、という出来事が数年前にあったのを憶えている人も多いかと思う。
審査員は一人を除いて、全員が年配男性だった。
(おそらく、これからもそうだろう)
先述のエッセイと同じに、男は『自分より笑いのセンスのある女』を受け入れない。
称賛欲しがりおじさんは、女性が実力をつけるのを好まない。
“女は男を(オレを)称える為に存在するのであって、自分より能力が上なのは許せない・・、ブロックしたい”
彼らの頭の中には、そんな想いが渦巻いている。

お笑い賞レースに関して、もうひとつの例を示そう。
称賛欲しがりおじさんは、その本質として“同僚や後輩に活躍させたくない”という想いを持っている。
そして、彼らは加齢によって頭が古くなっている。
(この鈍くなった脳&称賛欲しがり行動が、社会の発展を阻害しているという問題は、後章で詳しく記す)

本来、世間は『ぺこぱ』や『和牛』といった、これまでにない新しい形の何かを求めている。
しかし、それらが台頭するのは、称賛欲しがりおじさんにとって脅威であるし、彼らの古びた脳みそでは、その新しいセンスの笑いが理解できない。

結果、「お笑いというのは本来、しゃべくりが基本だからな」と、『銀〇〇リ』や『ミ〇』や『ミル〇ボ〇イ』といった、世間のニーズとは違うコンビを優勝させる。
マジカルラブリーが優勝した時は、“こういった新しいスタイルも、ちゃんと評価されるんだ・・”と、筆者は安心したのだが、直後に「あれは漫才といっていいのか?」といった意見が、ベテラン芸人の何人かの口から発せられた。
称賛欲しがりおじさんは、『自分の知らない新しい何か』を認めない。
先の内科医と同じに、自分の知識が一番優れていると、その凝り固まった考えを手放さない。

そう、称賛欲しがりおじさんは、どこにでも存在する。
内科医にも会社の部長にも、有名お笑い芸人にも、一国の首脳にも存在する。
むしろ加齢により頭が鈍くなった分、それを補うために、それまで以上に“いや、そんなハズはない。オレは偉大だ・・”と、年配者の方がエゴの肥大化・尊大化が進んでいるケースの方が多いように思える。

昨今、メディアで一番目立った称賛欲しがりおじさんは、〇O〇OTO〇Nの元社長だろうか。
お金をばら撒いたり、宇宙に行ったり、カーレースに出場したり(そこで事故ったり)、世間の関心を買う事に必死だ。
「〇〇さんは、モータースポーツという男の世界で勝負しているんですね!」といった(特に女性からの)称賛の言葉を求めているのではないかと思う。
そして、そんな男の幼さに、女性たちは辟易としている。

【サンテグジュペリ作:『星の王子さま』より】

「手をたたきなさい、パチパチと」、うねぼれ男はいいました。
(~中略~)
「おまえさんは、ほんとにおれに感心してるかね?」と、うぬぼれ男が王子さまにたずねました。
「感心するって、それ、いったい、どういうこと?」
「感心するっていうのはね、おれがこの星のうちで、一番美しくって、一番立派な服をきていて、一番お金持ちで、それに、一番賢い人だと思うことだよ」

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