【長編小説】父を燃やす 2-6

二番バッターのバントで三塁に進んだ真治は三番バッターの内野ゴロの間にホームへ生還した。しかしそのあとは続かず、初回は一点のみで攻撃を終えた。

真治のチームのピッチャーは変化球を多用しながらここぞというときに外角低めにコントロールされた直球で相手打線を翻弄し、三回まで0点でおさえた。

しかし真治の二塁打によって獲得した一回の1点以降、真治のチームの打線も相手ピッチャーにしっかりと抑えられていた。

迎えた四回、相手チームの攻撃。先頭バッターを四球で歩かせたあと、次のバッターにセンター前ヒットを打たれる。送りバントでそれぞれランナーが進み、一死二塁三塁。内野はスクイズに備えて前進守備をとる。

一球目はスクイズを警戒し外角へ大きく外す。三塁ランナーはスタートの構えのみ、バッターにもスクイズの気配はない。

二球目、低めの変化球がキャッチャーの前でワンバウンドし、それをキャッチャーは後逸する。バックネットに向かって転々と転がるボールを捕手が拾う間に三塁ランナーがホームに帰る。一対一の同点。

一死三塁。真治のチームは再びスクイズに備えて前進守備をとるが、相手バッターはツーボールから二球続いたストレートをレフトまで運んだ。レフトはさがりながらその打球を補給するが、返球が間に合わず犠牲フライで相手チームが一点追加した。

後続は絶ったが、真治のチームは相変わらず相手ピッチャーに抑え込まれ、一点ビハインドのまま回は淡々と進んでいった。

六回、再び真治が先頭バッターとしてバッターボックスに立つ。相手キャッチャーがグラウンドに向かって「初回、打たれてるぞ。しまっていこー」と声をあげる。ピッチャーは帽子をとり、右腕で額の汗を拭うと天を仰いだ。そして大きく息を吐き、帽子を被りなおすとグローブを二度叩いた。

真治はその様子を眺めながら初球を狙おうと思った。ストレートがくる、そう直感した。テレビの野球中継を見て記憶し、何千回と繰り返した素振りで体得したフォームでピッチャーに向かう。

力の入れ具合、視線のやりどころ、バットの高さ、すべてが第一打席の再現だった。ゆっくりと動き出す相手ピッチャー、観客席から聞こえる後輩たちの声と手拍子、首筋を流れる汗、瞳が白いボールをとらえる。

身体の中のエネルギーが習慣的な動きとなって放たれる。バットがボールを捕らえる感触、鋭い金属音。真治は走り出した。ボールは大きく弾み、ピッチャーの頭を越えてセンターに向かって走っていく。

一塁へ向かって走る真治の瞳にショートが横っ飛びでそのボールを掴む姿が映った。真治は必死でかけた。この回でどうしても追いつかないといけない、そう自分の足に言い聞かせた。頭を前方に傾け、つま先で力の限り地面をけりつけた。

一塁ベースを駆け抜けたあと、弾む息を整えることもせず、ファーストに視線を投げる。ファーストはベースの前でぼんやりと佇んでいた。ボールの行方を捜しているとランナーコーチの「ナイバッチナイバッチ」という声が耳に入った。ショートがボールをピッチャーに投げる。真治は小さく拳を二度ふった。

送りバントで真治は二塁に進み、三番バッターの内野ゴロをファーストが後逸している間に三塁をおとしいれる。一死三塁一塁。相手チームは通常の守備位置だった。

真治がベンチに視線を送ると監督からスクイズのサインがだされた。真治はじりじりと三塁ベースから距離をとっていく。ピッチャーの動きに細心の注意を払い、視線が自分に注がれている間は適当な距離を保った。

ピッチャーは長いことボールを持ったまま動かずにいた。真治は悟られないよう無駄な動きを極力おさえた。投手は一度大きく息を吐き、そしてゆっくりと足をあげた。

その瞬間、真治は真っ直ぐにかけた。ボールがどんな転がり方をしたとしても絶対にホームに帰るという意思を身体に巡らせ、必死に足を動かした。

前方に傾けた頭を起こしたときに目に入ったのは寝転がるバッターと立ち上がりボールを捕球するキャッチャーの姿だった。

外された!

頭が急速に冷えていく。思考が目まぐるしく回転する。真治はホームベースから少し離れたところで立ち止まった。キャッチャーがボールをもって自分のもとへ走ってくる姿が見えた。真治は三塁へ戻るため身体を反転させた。そしてすぐさままたホームに身体を向けた。

キャッチャーの崩れていく表情が鮮明に瞳に映る。ピッチャーの「バックホーム」という声が耳に響く。ボールは弧を描き三塁に放たれていた。真治は思考を遮断し、強く地面をけり上げた。そしてホームベースに向かって頭から飛び込んだ。

立ち上がり傾いたヘルメットを脱いで周囲を見渡すと審判が「セーフセーフ」と声をあげて腕を水平に動かす姿が目に止まった。胸の奥から感情が湧き出してくるのを感じた。

真治は何度も腕を振りながらベンチに戻り、そこで雄叫びをあげるように大きな声をだした。

「よく挟まれなかったな」監督が笑顔で言う。真治はそれに対して「はい!」と返す。なにか言いたかったが言葉が口からでてこなかった。身体が小刻みに震えた。チームメイトがその身体をバシバシと叩いた。

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