【長編小説】父を燃やす 2-7

二対二、同点のまま試合は最終回へと進んだ。

照りつける太陽が体力を奪い、選手たちの動きは少しずつ散漫になっていった。土で汚れたユニフォームを引きずる足はもつれ、グラウンドに響く声も試合開始当初と比べるとだいぶ枯れて覇気がなかった。

それでも中学校生活最後の大会を少しでも長く続けようと彼らは懸命にプレイした。真治はチームメイトに檄をとばし、自らも持てる力のすべてをだしてボールを追いかけた。

相手チームの最後の攻撃は三番バッターからだった。バッターは真治のチームのピッチャーの力の入らないストレートを右中間にはじき返し二塁まで到達した。

無死二塁。次の四番バッターに対して監督からは中間守備の指令がだされた。サードとファーストは定位置より少し前に守備位置をとり、腰をかがめて打球に備えた。

一球目、ピッチャーが足をあげるとバッターはバントの構えをした。サードとファーストは咄嗟に前へ出る。ボールは外角に大きく外れ、バッターはバット素早く引いた。サードとファーストがまた定位置に戻ろうとすると監督は腕を大きく振り前進守備を指示した。

バッターはバッターボックスの中でバントの構えをしている。サードとファーストは前方に守備位置をとり、いつでも走り出せるよう踵をあげて構えた。

真治はその様子をショートの深い位置から眺めていた。微かな違和感を持った。二塁ランナーを目で牽制しながら定位置より少しだけ深いところに場所をとる。帽子を被り直し、大きく息を吐く。バントの構えをしているバッターを一瞥し、その視線をピッチャーの握っているボールへと移動させる。

少しの間、時間が止まったかのような静寂があった。そしてピッチャーが足をあげた瞬間、真治は声をあげた。

「走った!」

二塁ランナーと並走するように真治は三塁に向かって走った。サードとファーストはホームに向かって突っ込む。打者はバットを引き、そして小さく鋭く振りぬいた。

打球はサードの頭上を越え、三塁線を走っていく。真治はランナーから視線を外し、勢いよく転がってくるボールを目でとらえた。瞬間的にイメージが頭に浮かび、身体は反射的にそのイメージを再現した。

左足のつま先で地面を強く蹴り、ボールに向かってグローブを伸ばす。砂埃が顔を覆う。身体に地面の固さが伝わる。グローブはしっかりとボールを掴んでいた。

真治はすぐさま立ち上がり、三塁ベースに視線を送る。ランナーは今にもベースに届きそうな位置にいた。三塁はあきらめ真治は身体を反転させて一塁に向かってボールを投げた。

ボールは真治の手から放たれると大きく弧を描き、一塁方向に飛んで行った。

まるで天に昇っていくようだ、

真治は青い空に光る白いボールを呆然と眺めた。

罪悪の気持ちは微塵も沸いてこなかった。ただボールのその白がとても美しいと感じた。

一塁のカバーに入っていたセカンドが塁上で大きく飛び上がった。ボールはその上高くを勢いよく飛んでいき、フェンスに当たって大げさな音を立てた。三塁まで到達したランナーはそれを見るとホームに向かって再び走り出した。

グラウンドに様々な声が入り混じる。そしてその声たちは一つに重なりグラウンド全体を支配した。

真治は呆然と立ち尽くしたまま頭に浮かぶボールの残像をいつまでも見続けていた。

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