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【昭和歌謡名曲集23】悪女 中島みゆき

中島みゆきの歌は全部名曲なんだが、「悪女」はとりわけ名曲である。この辺まで、みゆき姐さんは、失恋・片思いの歌ばかり歌っていた。
「恋愛は人生の秘鑰(ひやく)なり」と北村透谷は言うた。明治まで、日本には西欧的な哲学がなかった。個人的に自分を見つめる、個人的な思索を深めることがなかった。こういう生き方をせよ、みたいな、生き方のお手本みたいな儒教のようなものばかりだった。明治になって、若者が個の思想に目覚めた時、そこに哲学がなかったので、代わりに「恋愛」をその対象とした。だから「恋愛は人生の秘鑰(ひやく)なり」なのである。だからある時期まで、日本では、文芸評論が哲学の代わりとなった。
それと同じことがみゆき姐さんの歌にも言える。その歌を聞いた若者たちは、仮想的に恋愛し失恋する。このことに男女は関係ない。そして、受け入れられない自分に、なぜなのかと問いかける。生身の自分と向き合わざるを得ない場所まで連れていかれる。
人は誰でも自尊心を持っている。劣等感を持つのは辛い。誰でも、幾分か自分を甘やかして、自分以上の自分が本当の自分なんだと思いたいから思っている。みゆき姐さんの歌は、それを剥ぎ取ってしまう。本来の生身の自分が晒される。でも、それはいつか向き合わなくてはならない自分なのだ。
でも、みゆき姐さんの歌を聞いて、人は嫌な気分にはならない。本当の自分と向き合い、その卑小さを自覚するけれど、ああ、自分は鎧を着てたんだなあ、と感じることができるからだ。
弱い自分も自分。
醜い自分も自分。
嫌な自分も自分。
人に好かれない自分も自分。
それでも人を愛する自分も自分。
それが、等身大で納得できるから人はみゆきを聞くんだと思う。
そこから、本当の自分探し(この言葉自体はヤな言葉だけど)が始まるんだと思う。

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