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「独り剣客山辺久弥おやこ見習い帖」の構造

 笹目いく子さんのデビュー作である。売れ行きも好調のようで慶賀の至りである。感想も日々アップされ、可能な限り目を通している。それらを読むのはとても楽しい。

自分の感想は、まだこの作品が「調べ、かき鳴らせ」の題でネットに出てた頃書いたので、重複は避ける。避けるが、何か書きたい。ムズムズする。それで、作品の構造分析の真似事などしてみたいと思う。人の作品で勝手に遊ぶな、との批判もありましょうが、これも一興ということで、ご容赦願いたい。

物語で時に見られる構造に「繰り返し」というのがある。「三匹の子豚」で、子豚たちがそれぞれ家を建て、狼が吹き飛ばすというアレである。家は藁・木・煉瓦と物語が進むにつれ強度を増し、最後の家は狼とて吹き飛ばせない。「繰り返し」が重なることで、強度が増すのである。

「源氏物語」に「身代わりの女」という似た観点がある。評論家の大塚ひかりさんが言っている。光源氏は添い遂げられない女が現れると「身代わりの女」を求める、というものである。桐壺更衣の代わりに藤壺を、藤壺の代わりに紫の上を、紫の上の代わりに……というやつである。最後には自分の嫁に同じことをされるというオチまでつく。「繰り返」される女性遍歴の中で、様々の感情が渦巻き、物語は強度を増す。

さて、「親子見習い帖」であるが、この物語も「繰り返し」の手法が使われ、感動の強度を増している。
以下、前半と後半に分けて、それを見る。

⚫️前半
混沌
 江戸の大火
 上屋敷での斬り合い
現れる愛情の対象
 青馬(血縁のない久弥の子)
愛情を確かめる曲
 「越後獅子」
 打つや太鼓の音も澄み渡り
 角兵衛角兵衛と招かれて
それを阻む存在
 正吉(青馬の父)
久弥の愛情を待つ人
 真澄

⚫️後半
混沌
 お家騒動
 城内での斬り合い
現れる愛情の対象
 宗靖(血縁のない久弥の兄)
愛情を確かめる曲
 「三曲糸の調べ」
 云ふに云はれぬ我が思ひ
 調べ掻き鳴らす
それを阻む存在
 彰久(宗靖の父)
久弥の愛情を待つ人
 真澄

と、同じ構造の物語の「繰り返し」だと私は見た。
大きく言うと、「父の子殺しを主人公が阻む」物語と言えようか。勿論、正吉は青馬を殺す気はないが、連れ戻されれば青馬は死んだも同然である。また、宗靖は養子であるので、彰久と血縁関係にはないが、親が子を殺そうとする構図に変わりはない。
この歪な親子関係を正すものとして、久弥がいる。

先に見たように「繰り返し」は物語に強度を生む。スケールも前半より後半の方が大きい。読み手は無意識のうちに前半のストーリーをなぞり、その結末に、より大きな満足を得る。
構造が同じであるから、頭の中で一から物語構成をする必要がない。つまり、物語の道筋が、よりわかる。
構造が同じであるから、はらはらドキドキしながらも、こうなってほしいという思いが読者に用意されていて、その通りに物語が応えてくれるので、よりいっそうのカタルシスがある。
ただし、この「繰り返し」は、いかにもな形で読者に語られはしないので、初読では、全く新しいエピソードとして、読者は認識する。「源氏物語」を読んでる時と同じである。
見事というほかない。

と思うところを書いたが、勿論構成の妙だけでなく、あたかも江戸の町にいるかのような情景描写、ちょい役の一人にも血肉の通った人物造形の見事さ、剣撃の緊張感、情愛の深さ、人情、武士の価値観、どれをとっても素晴らしい。

長く読者に愛されてほしい一冊である。

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