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サンドイッチとウィンナー8

 部屋で勉強していると、ノックの音がして、お母さんが入ってきた。
「何」
「面談のプリント」
 数日前に三者面談の希望日をきくプリントが配られた。その返事だった。
「珍しいじゃない。試験終わったのに、勉強なんかして」お母さんはちょっぴり皮肉を言ってから「えらいえらい。中三なんだものね。もうすぐ高校生なんだからガンバんなきゃね」と私をおだてる。
「ねえ、お母さん」
 私は椅子を回して、お母さんの正面に体を向けた。
「私、受験したい」
 言ってしまった。今日頼子の姿を見てから、ずっと考えていたことだ。今言っておかないと、もう言えない気がしたから。
「受験?」
 お母さんは、話が飲み込めなくて、顔にハテナマークを浮かべている。
「受験って、高校の入学資格に試験とかあったっけ」
「そうじゃなくて、違う高校、受けたいの」
 驚きでお母さんの目が二倍になる。
「何馬鹿なこと言ってんの」
「受験したい」
「今勉強ができないからって、そんな変なこと言わないの」
「受験したいの」
「あんた、どれだけ頑張って入学したと思ってるの小学校の時のこと、忘れたの?」
 やはり予想通りの反応だ。急には無理か。作戦変更する。
「ちゃんと話、聞いてよ。うちの中学は高校に行ける資格を持ったまま他校を受験できるの。だから受験して落ちても行くとこはあるのよ」
 ああ、とお母さんの顔が輝く。勘違いしてる。
「そう。頑張ってみたいわけだ」
「まあ、そう」
「で、どこ受けるの」
 お母さんは有名私立の名前をいくつかあげた。
「まあ、なにごともトライだから。あんたがそうしたいんなら応援するわ」
 やっぱり勘違いしてる。
「じゃなくて」
「違うの。あんまり遠いと通うの大変よ」
「そうじゃなくて、公立」
 言葉がない。というのはお母さんのこういう顔を言うんだろうか。
「なに言ってんの。公立って、都立行きたいの?」
「そう」
「じゃ、なんのために中学受験して、あれほど頑張ってきたのよ」
「頑張ってないよ」
「頑張ったでしょ。夜の十時十一時まで勉強して」
「それは小学校の時でしょ。今、私ぜんぜん頑張ってないもん」
「今の学校で頑張りゃいいじゃない」
「違うよ。ダメだよ。今の学校じゃ」
「あなた、易きに流れてる、学校の勉強についていけないんなら、塾行く? いいわよ。それなら、いい」
「そんなんじゃ、ダメなの」
「何がダメなの?」
 うまく説明できなかった。勿論、都立に行けばそこはパラダイスで、自分が生き生きできて、なんて甘いこと考えたわけじゃない。でも、今よりマシかもしれない。きっとマシになる。
「私目標がないのよ」
「そんなのない人となんかたくさんいるわよ。勉強しながらつくればいいじゃない。今の学校のどこが嫌なの。勉強しなかったのはあなた自身の問題でしょ。学校の問題じゃないでしょ」
 それはお母さんの言う通りだった。今の自分があるのは、これまでの自分の生活がそうしたのだ。それは言い訳できない。それを引き受けないで都立を受験したいなんて言うのは、お母さんの言うとおり「逃げ」なんだろうか。そうだろうか。分からない。
 私は黙った。
「とにかく、これ先生に出しといてよ」
 お母さんは面談の紙を置いて出て行った。
 私はずっと考えた。ずっとずっと考えた。そして、一つのことを決めた。受験する。そして失敗しても学校には戻らない。

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