【短編小説】特別な日
日曜日のフードコートで見れるもの。うるさい子供連れの幸せ家族、ラーメン啜る汚い不良学生、妻の買い物待ちのほうけたオヤジ、ただ喋りたいだけのおばさん二人連れ、やっすい化粧してここしかくるとこない女子高生、嫌がる子供に焼きそばを食わす女、さっきから煙草を吸いたい男。不安でただ自分の手をさするしかない老女。不機嫌な爺さん。漫画を読むかゲームしてる小学生。うどんを持って空いてない席を呪う貧乏カップル。
なあ、俺は四人がけのテーブル席だぜ。三席空いてるよ。テーブルには、100円のコーヒーしか置いてないし。広いぜ。おいでよ。二人の会話を邪魔なんてしないさ。なんならiPhoneだして音楽聴こうか。ほら、イヤホンしたぜ。
ああ、そう、来ないんだ。二人連れの婆さんに相席頼むのか。好きにしたら。こっちは三席空いてるのによ。
耳にイヤホンして、音楽を流す。なんだっていい。うるさいやつ。頭の中にガンガン響いて、うるさいやつ。時計を見る。まだ1時。まだ昼過ぎ。夜には間がある。ずっとこうする? どっか行く? どっかってどこ? どこ行く? そこで何すんの? ああ、うっさい。うるさいなあ。
「ねえ」
なんだ。うるさい、うるせえなぁ。
「ねえってば」
うるせ、、あ、俺? 閉じていた目を開ける。いつのまにか閉じていた。
正面に四、五歳の女の子が座っている。音楽を切ってイヤホンを外す。
「あなた、いくつ?」
俺? しかいないか。
「お前、誰だよ」
「あたし? ショウコ」
「ガキ。どっか行け、つってんだよ」
「いってないじゃない。だれだってきいたじゃない」
周りを見回す。こいつの父ちゃんか母ちゃん。どこにいる。
「ひとりで、きたの」
明らかにキョロつく俺を見て言っている。
「じゃ帰れ。座っていいなんて言ってねえぞ」
「いくつ? 10だい? 20だい? 30だい? よん」
「か・え・れ」
「いくつ? 10 だい? 20だい? 30だい? よん」
「27だよ」
「ふうん。けっこういってるね。でもまだわかいよ」
立ち上がる。こんなガキの相手してる暇なんて……と、思って、座る。暇だらけだ。よく考えたら暇だらけ。
女の子を見てみる。眉上で揃えた前髪。二つ分けして、赤いリボンで括った頭。白いブラウスの上に紺のカーディガン。赤いポシェットを斜めにかけている。くるくる大きな目がよく動く。
「なんか用かよ、俺に」
「そうねえー」
「母ちゃんとか、言われてねぇか? 知らない人と話しちゃいけませんとか」
「そうねえー」
「だいだい、何しに来たんだよ。腹でも減ってんのか」
「そうねえー」
「なんだよ」
女の子はテーブルの上で人差し指を動かし始めた。見えない何かを描いているようにも、ただ指いたずらしているようにも見える。女の子は指を動かしながら訊いてくる。
「おなまえはなんていうの」
「ひとし」
「あはは。おわらいの人とおんなじだね」
「ほっとけ」
「なにしてるの」
「コーヒー飲んでるんだよ」
「のんでないじゃない」
「飲み終わったんだよ」
「のみおわって、なにしてるの」
「音楽、聞いてたんだよ」
「さっき、ききだしたんじゃない」
「うるせえよ。いちいち」
女の子は手を引っ込めて、怒った顔をする。
「うるさいっていっちゃダメなんだよ!」
なんだこのガキ。母ちゃんか。幼稚園の先生か。そんなこと言うの。
ずっと怒って睨んでくる。
「あ、ああ。悪かったよ。もう"うるせえ"って言わねえよ」
「いいわ。ゆるす」
女の子が表情を解いて、安心する。なんだか変な展開になってきた。
「お前なあ、」
「ショウコ」
「ショウコなあ、」
「ショウコちゃん」
「ショウコちゃんなあ、ほんとにもう帰った方がいいぞ」
「どうして」
「そりゃ、あれさ。今、怖い人が多いだろ。だからさ」
「ひろしはこわい人なの」
俺は呼び捨てかい。
「俺は怖い人じゃないけどな」
「なら、いいじゃない」
「そうじゃなくて」
「ユーカイハンとまちがえられるのが、いやなんでしょ」
図星を言うな。その通りだ。ここに母親でも現れて誤解されたら面倒だ。
「あたしがいなくなったら、またひとりぼっちじゃない」
えっ。不意を突かれた。言葉がでない。そうか。そうだな。ひとりぼっちか。そう、会社の寮に帰って、出された飯食ってスマホいじって寝るだけか。そして一週間、組み立ての仕事。そして三ヶ月たったら首。また、三ヶ月雇いで違う場所に行く。友達もできない。仕事は退屈。将来の展望もない。ただ食って寝るだけの毎日。その通りか。
「そうだな」
「そうよ」
女の子を見る。にこにこ笑っている。
「じゃ、いてくれよ。少し話をしよう。いいか」
「いいわよ。わたしでよかったら」
「ジュース、奢ろうか。なにがいい」
「いらない。しらないひとから、ものをもらってはいけませんって」
「ああ、そうだな」
大事なことだ。親も幼稚園の先生も大事なことを言っている。その通りだ。
「でも」
「でも? なんだ?」
「でも、ひろしはもうしらないひとじゃないから、いいとおもう」
え、と思う。それは、ここ数年で一番嬉しかった言葉だった。
「じゃ、なにがいい」
「こーら」
「コーラ好きなんだ」
「すきなんだけど、あんまりのめないの。おかあさんがいつもオレンジジュースにしなさいっていうから」
「そうか。じゃ、今日は特別だ」
「うふふ。とくべつ」
席を立ってコーラを買う。おかわりのコーヒーも。そうして戻ってみると、女の子はもういなかった。
了
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