【おはよう、おやすみ、昨日、明日】
明日が来る。
明日が来る!
その実感。
その恐怖!
ここは東京。東から登る太陽が明日の証。一日のページ。朝陽の熱は日めくりカレンダーの一番手前だけを、器用に焼き払う。その正確さときたら・・・。
だから西へ走る。ずっと今日に留まるために。明日から逃げたい。先刻すでに沈んでしまった今日の太陽を追いかけて走る。明日の太陽に怯えながら。
西へ、西へ。急げ、急げ。
明日が迫り上がる。
明日に捕まる!
その実感。
その恐怖!
ここはどこだ。まだまだ今日の太陽は見つからない。夜を走る西へ。電飾の織りなす美しい夜景、幻の宝石に目もくれず。
なおも走る。海を越えても走る西へ。どこまで行ってしまったんだ、今日の太陽よ。明日を遠ざけ、今日に近づきたい。遠ざかる今日を追いかけ、迫りくる明日から逃げたい。どれだけ離れてしまったんだ、あれだけ照っていたじゃないか、今日の太陽よ。
西へ、西へ。急げ、急げ。
遥か彼方、西の地平線に光を認める。
今日が見つかる。
今日でいられる!
その実感。
その安堵!
やっと見つけた。西の空、今日の太陽!今日を取り戻した!でも足りない。まだ足りない。昨日を。一昨日を。1ヶ月前を。1年前を。3年前を。10年前を。赤子の頃を!もっと!もっと戻らせて!
走る。今日を追い越して。
走る。昨日を追い越して。
なお走る。
西へ西へ、太陽をいくつも追い越して。
走りながらボロボロとこぼしている。心の中大事に包んであった思い出の顔たち。太陽を追いかけて、太陽を追い越して、そうしていくつの日を戻っただろう、落とす荷物もなくなった末に、足を止める。
「あれ・・・え・・・なにから逃げていたんだろう・・・」
それすら忘れてしまった。それすらこぼれてしまった。自分を確かめるものはもう、なにも残っていない。わっはっはっは!世界の勝者の気。
どこだ、ここは。
だれだ、おまえは。
自分がいつ生まれたのか。どこで生まれたのか。だれと出会ってなにをしてきたのか。ここがどこで、いまがいつなのか。一切合切、そっくりすっかり、ごっそり根こそぎ、まるっとぜんぶ、忘れてしまった。
すっからCAN☆
おもむろに振り返って、わけもわからず東へ歩き始めるんです。
嗚呼、東から西へ逃げ走る間も、時計の針はしっかりと右回りを続けていたんです。わたしはそれを見たんです!その正確さときたら・・・。
わたしは行く。
わたしに捕まる!
その実感。
その執念。
その際限!
おはよう、おやすみ、残念だけど。
昨日、明日、僭越ながら。
読んでくれてありがとう。