【眠りの中で聞いておくれ】

「なにかを忘れている気がする」

電車を降りるとき。友達の家を出るとき。テレビを観ているようで、観ていないとき。ふとそう思う。

そういうとき、ぼくはキンモクセイの香りを忘れたかもしれない。雪の降った日に作った、白い滑り台のすべり心地を忘れたかもしれない。徹夜明けの朝に、食パンをかじったまま眠ってしまったあの時の眠気を忘れてしまったかもしれない。

でもそのなにかがずっとわからない。ベランダには大きな蜘蛛の巣に、小さな虫がひっかかっていた。


忘れることは川の流れ。自分を次の場所に運んでいく。良いことなのか、悔やむべきことなのかもわからない。


ぼくはもうすっかり海原へ飛び出してしまった。

山の麓では覚えていたことも、川の流れの中で削られていく。

ゴツゴツとした岩に。きりりと尖った木の枝に。デコボコと川底に敷かれた砂利絨毯に。あらゆるものに削られて、ついにぼくは海原にいることに気が付いた。

君もぼくを削った一員。ぼくも君を削った一員。

ぼくをシンプルになったと思うかな?

さてそれはどうだろう。

人生が単純化されて生きやすくなったと思うかな?

はてそれはどうだろう。

君の場合を考えてみてください。

はたしてどんな気分だい?

ライクあローリングストーンなのは。


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まぶたが「もう眠いよ。閉じたい、閉じたい」って主張するのをぼくは、「まだだよ、もう少し」って返して、これを書いています。

ぼくは君にこだわっている。

新しいページを書くことや、連載をただ続けることじゃなく、ぼくは君にこだわっているよ。

そのことだけ伝わってほしい。


伝わってほしいけれどもこんな時間には、君に眠っていてほしい。柔らかい布団に包まれて、誰にも邪魔されず、守られた部屋で、健やかに眠っていてほしい。もうちょっと早い時間に書かなくちゃなぁと思いながらこの時間が一番落ち着く。

明日の朝はどんな朝かなぁ。お茶がうめぇなぁ。満天の星空の下でカップヌードル食いてぇなぁ。

君は明日なにするのかぁ。なんでもいいけどさ。

罪深き男たちは今日も寝る前に、過去に思いを馳せているよ、きっとね。悔やむでもなく、浸るでもなく、許されるかなぁって。

ぼくだけがワケのわからないことをつらつらと語っているから、君の話も聞きたいなぁ。「わからないことづくし」って、なんだかお寿司のセット?パック?みたいだねぇ。


限りなく暴力から遠い言葉って、どんなだろう。

君から選ばれてぼくから出る。君がぼくの心からつまみ取る言葉なら、暴力ではなくなるかしら。

でも君はどうやって、まだぼくから出ていない言葉を知るの?結局ぼくは、一人一人が持つ「想像力のふるさと」しか、それを成し得ないんじゃないかなぁと思うよ。

暴力になるなら同じ分の力を持った優しさにだってなり得るだろう。拳を開いたり閉じたりできるように。ぼくはそれを諦めたくないんだ!


ぼくも眠るよ。

あなたの明日が平凡で平凡で、あるいは嬉しい事件に巻き込まれて、とにかく素晴らしい日でありますようにって、ぼくの胸、てるてる坊主みたいな気持ちだよ。

おやすみなさい。読んでくれてありがとう。