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あなたの事を知らない人が多いという事実と救い

超絶当たり前だけど時々確認しておいた方がいい事シリーズ第一回。

にんげんだもの、辛い時もあるさ。

自分も根は暗い方なので、気が付くと落ち込んでるとか、疲れてる事があります。

最近はそんなことなかったけど、ある日の夜、マンション7階の自宅のベランダに出て、ここからダイブした方が楽かもなんて考えたことが有りました。
そしてその時に気づいた、当たり前だけと自分を解き放った、とある事実。

「ああ、好きにやりゃあ、良いんだ。」という気付き

このベランダから見える無数の明かりの下には、必ず何人かの人が居る。
そしてその人のほとんどを、俺は、知らない。
そしてその人のほとんどが、俺を、知らない。
俺がどんなに仕事でしくじったり、逆に上手くいったりしても、ほとんどの人は無関係。どうでもいい。
何千、何万、何億と居る人間の中で、数十人のコミュニティ内で起こったことに一喜一憂、ウジウジ悩むなんて、なんてちっさい話だ。

好きにやりゃあ、良いんだ。


人間は、コミュニティに属してきた。

人間は、今までの種の記憶である生存本能が有るので、コミュニティに属して安心したがるクセがあります。人一人が活動できる範囲が現代の何百万倍狭いので、属して順応しないと種を守れない。
そのクセの名残りで、コミュニティ内で失敗し、嫌われると、勝手に追い込まれて、勝手に死にたくなる。

これが自殺の理由の殆どではないでしょうか。

いじめ、事業の失敗、などなど、それらは、

いま居る環境が、自分の人生においての唯一の選択肢だっていう勘違い。

選択肢は無限にあるはず。

現代において、人間がとれる選択肢や選べるコミュニティは無数にあります。
いじめにあってるなら、行きたくないなら、学校行かなくたっていい。
仕事で失敗したなら、反省してまた1からやればいい。

どこかで、こうでなければいけないと頑なになってしまい、自分で選択肢を見えなくしてしまう。
でも、自殺って、数多くある選択肢の中から勝手に、死ぬしかないって、自分で選んでるんですよね。

あの時の自分のように、どこかふんわりと、あー、死んだ方が楽かも、なんて思ってる人が居たら。

この当たり前過ぎる事実を、「思い出して」欲しいですね。

大丈夫、好きにやりゃあ、良いんですよ。

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