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バズらなきゃ新曲出せない? 半年がかりの音楽界TikTok仕込み戦略

 2022年5月、US/UK音楽ファンのあいだで話題なのがTikTok問題。ことのはじまりは人気歌手のホールジー。1月につくった曲を出したいのに、レーベルは「TikTokバズ」が仕込めるまでリリースはできないと言ってくる、と主張。さらに「なにもかもマーケティング。アーティスト全員この状態になってる」と語ったため、レーベル側が公式声明を出す大騒ぎに。

 でもって「ほかのアーティストもレーベルのTikTok義務に憤慨していた!」と騒ぎに(ただし、チャーリーXCXはジョーク投稿だったし、Fka Twigsの場合「レーベルにTikTok投稿が足りないって言われてる」旨だった記憶)。まぁ世界一売り上げるアデルですら似たようなこと明かしてますからねぇ。最近じゃ「レーベルからTikTok受けを命じられる」発言がつづきすぎてて「あの苦言自体も一種の話題作りマーケティング」みたいに受け取られる向きもあります。

 USポピュラー音楽で「必須」化するTikTok仕込みですが、その効用とメソッドについて、昨年、カイル・デニスさんが記事を書いています。2020年、ドージャ・キャットとかミーガン・ジー・スタリオン、ジェイソン・デルーロなど、TikTokチャレンジで撥ねたHOT100ナンバーワンヒットが多かったんですよねぇ。

 まず基本なのが、Rolling Stone Japan『ポップカルチャーを知るための25の新常識』でも紹介したスニペット=断片。ラップコミュニティから盛り上がっていった文化で、アーティストがSNSで「新曲の一部断片」を公開してリリース前から盛り上げていく……みたいな宣伝スタイルが多いです。つまりホールジーが言ってたのは「TikTokスニペット・バズ仕込み」。

この戦略を"TikTokSnippettoHit Single Pipeline"と呼びたい。基本的に、未発表曲のスニペットをTikTok投稿のサウンドとして投稿。それをバイラルさせられれば、リリースされる頃には、フル尺を心待ちにしているオーディエンスが形成されている。誰でもサウンドをアップロードできるTikTokだからこその戦略です
https://medium.com/the-renaissance/examining-the-tiktok-snippet-to-hit-single-pipeline-67ff80ea5294

 ここで出てくる「TikTokバズ仕込み」の王者が、この男。

 "Old Town Road"にてTikTokヒットの威力を世界に見せつけたリル・ナズ・エックスです。Billboard史最大級のブレイクスルーを遂げたあと行ったデビューアルバムのリードシングル"MONTERO (Call Me By Your Name)"の「TikTokバズ仕込み」は、なんと発売月まで9ヶ月にわたる長期計画だったそう。まず、リリース8ヶ月前にIGにスニペット投下。そしてリリース2ヶ月前には怒涛のTikTok投稿。

 バズ王リルナズの自曲PR投稿はあまりに多いのですが……"MONTERO (Call Me By Your Name)"の場合、リリース日までに約55個のビデオを投稿。カイルさんの21年6月記事によると、そのほとんどが100万再生を突破しており、初期ビデオだと2,000万超えしていたそう。お騒がせ迷惑ラッパー、6ix9ineの問題発言があがった際には(オープンリィゲイとして)反応するビデオをあげ、それを転載したTwitterは28万ライクを集めるなど、時事ネタも逃さない。ファンの動画やミームも転載してるので、リリース後のシングルPR期間も含めれば合計100超えていそう。

 リルナズの「TikTok仕込み」のポイントは、使用BGMに楽曲タイトル&フックが入っていること。そのパートをバイラルさせていくことで、リリース前からリスナー予備軍に実質的に曲名ふくめて記憶してもらえるわけです。元々、題名歌唱をハイライトにする楽曲は多いでしょうが、TikTok普及後は「バズったパートの歌詞をあとから捩じ込む改題」も行われているので、タイトルコールの重要性が増してるはず。

 9ヶ月にわたる努力の結果"MONTERO (Call Me By Your Name)"はものすごい話題を巻き起こし、リル・ナズ・エックス初のHOT100ナンバーワンデビューを達成。また「前例なきデビュー」とされたオリヴィア・ロドリゴ"drivers license"にしても、リリース前年から撒きつづけたスニペットで大成功したナンバーワンデビューとされます。ポロG"Rapstar"もリリース1年前のウクレレ演奏が広まっていったナンバーワンデビュー。すべて2021年の出来事でした。

 このように、悪名高い「TikTok仕込み」は成果を上げているのです。カイルさんいわく、同サービスが普及する前、HOT100のトップ10デビューをキメるアーティストは「①大規模ファンベースを持つアリアナ・グランデ等のメガポップスター/②圧倒的ストリーミングを稼ぎだすドレイク等のラップスター」に限られがちだった。それが「TikTokスニペット仕込み」によって、トップ10デビューを達成するブレイクスルーアクトが増えたのです。リルナズとロドリゴ、ポロGのほかにも、6ヶ月計画を行ったLilTjay&6LACK"CallingMyPhone"、バズったデモから作り上げていったモーガン・ウォレン"7Summers"がそれぞれ3位、6位をマーク。

 音楽ファンのあいだで忌み嫌われるTikTokマーケティングですが、カイルさんは褒めてもいます。「TikTokスニペットバズ仕込み」の強みは①巨大デビュー増加、②リリース前の親しみ育成、③リスナー層の確保。この戦法が普及する前のストリーミング時代はアルバム/楽曲のプロモーション期間がかなり短くなってしまっていたんだから、6〜9ヶ月かけて(オーディエンスの)楽曲愛をはぐくむのは長期的な試み。TikTokの場合、リスナーであるファン側もTikTokerとして「バズる曲を使って自分もバズりたい」欲求が働いているので、ある種共同作業なバイラルでもある。ダンスチャレンジ系を起こしたスニペット音源はリリースに行き着くまでに祭りが終わったりもしますが、それでもリスナー間で楽曲への愛着は残るのですから……と。もちろん、今回注目された「TikTokバイラル興味ないアーティストまで強いられてる」問題はまあ別でしょうが。

 個人的に、最近はもうTikTokよりもDiscordでの音楽シーンとかバズ仕込みが気になっているのですが(『ミラベル』もDiscordが先行してましたし)。レーベルからTikTok圧かけられてるFka Twigs先生なんかは、作風的にDIscordに仕込んだほうが撥ねる気もします。

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