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「政治暴力を終わらせるのは我々一人一人」ウィットマーのトランプ銃撃声明

 ドナルド・トランプ前大統領の銃撃事件によって米政治はひとつの結束、政治暴力反対に向かっている。犯罪率の高い銃社会において、ひとたびそれを許容する空気になれば惨事がとまらなくなるおそれがある。2024年6月調査だと「トランプを大統領にするための暴力」を正当とした成人は6.9%、「阻止するための暴力」支持はさらに高い10%にのぼる。
 つぎつぎ繰り出される政治家の暴力反対声明のなか、個人的に際立っていたのは、未来の民主党大統領の呼び声も高いミシガン州知事グレッチェン・ウィットマー(ホイットマー)のステートメントだ。超党派で二期つとめるだけあって、わかりやすく多数派へ政治暴力と憎悪の問題、日常で実践できる対処法と希望を授けている。
 日本に米国ほどの危険はないだろうが、未遂ふくめた首相暗殺事件が連続した現在、選挙活動の妨害や混乱が増えつつある。党派敵対と政治不信はご存知のとおり。すくなくとも「政治が原因で誰かと話さなくなった経験」がある人なら、ウィットマーの言葉は一読に値するだろう。以下、意訳。

ウィットマー知事:トランプ前大統領暗殺未遂を受けた団結の呼びかけ

 忌まわしき暴力行為たるトランプ前大統領銃撃事件は、近年の政治トレンドの集大成でもありました。ほかの事件もご存知でしょう。(左派活動家が共和党議員を狙撃した2017年)野球練習銃撃。(同年、武装集団による)私ウィットマーに対する拉致殺害計画。(トランプ支持者が押し寄せた2021年)議会議事堂襲撃。(2022年極右陰謀論者による)元下院議長邸でのナンシー・ペロシの夫に対する暴行。
 すべての事件にはレトリックがあります。政敵への憎悪、攻撃、投獄の要求。不穏なインターネットの隅から生まれた暴力的陰謀論は、選挙演説へと組み込まれていきました。そうして、人々がお互いについて語りあうことが難しくなっている。
 年齢に関係なく、誰もがこうした傾向に影響されています。生活に侵食した悪意が、人間関係を、夫婦、友情、家庭を壊している。多くの人に政治が原因で誰かと話さなくなった経験があるでしょう。私はミシガン中でそうした人々を見てきました。根づいているのは深い怒りと政治不信です。

 子どもたちに想いを馳せます。今年はじめて投票する層が生まれたのは2006年。考えてみましょう。18歳はなにを見てきたのか。政治についてどう思っているのか。彼らにとって、政治とは、希望に満ちていて、刺激的で、情熱的に信条を議論できる領域でしょうか? いいえ。今のティーンにとって、政治とは生まれたときから暗いもので、レトリックの悪化と暴力によって定義づけられていました。子どもたちが将来に対して懐疑的で悲観的であることは驚きではありません。我々の前進に必要な新世代の情熱は、我々の言動によって消し去られるおそれがある。
 アメリカ合衆国の政治には、最良の状態においても議論をともなう性質があります。我々は誇り高く多弁な国民で、それぞれ独自の国家観を持っている。これこそ我が国の強さです。それでも忘れてはいけないのは、異なる立場にあろうと、求めるものはみな同じということです。我々の子どもは同じ学校に通っています。我々は同じ店で買い物をし、同じ町に住んでいる。国を愛するなら同胞も愛するのが愛国心というものです。
 リンカーン大統領の言葉に耳を傾けましょう。「我々は敵ではなく友である。激情に駆られても、親愛の絆を断ってはならない」。リンカーンは正しかった。もちろん議論は自由ですが、その際は共通の人間性を軸にしなければいけない。絶対に。我々に力を与える価値観を忘れてはなりません。アメリカが自由民主主義の灯台たる理由は、激しい意見の相違があろうと投票箱によって合意を形成することにあります。それが私たちのやり方なのです。
 私個人としては、基本的に楽観と希望を持っています。結局のところ、心の底で、アメリカが善良で親切な人々の国だと知っているからです。(憎悪が増す)現在に我々は自らの足でやってきました。だからこそ我々自身で抜け出すこともできる。すべては我々一人一人によって始まり、我々一人一人によって終わるのです。全員に役割があります。我々は選べます。言い争いに参加するか否か、論調を個人的、辛辣、過激にするのか。SNSであろうと対人であろうと、意見が合わない人にどのような態度をとるかも自分次第です。消費するニュースだって選べます──見る者を怒りで魅了せんとするアルゴリズムが提供していくコンテンツを、選択しないこともできるのです。
 代わりに選びましょう。ともなる前進を。良き政治的道筋を描きだしましょう。我々を引き裂かんとする非生産的な言葉と遭遇したら、相手が誰であっても指摘しましょう。同じ党派であっても責任を持ち合いましょう。子どもたちが受け継ぐこの国は愛するに足るのだと示しましょう。疎遠な親戚に電話して愛していると伝えましょう。スマートフォンを置いて、近隣の人々と話しましょう。この問題を始めて終わらせる者は我々──私たち全員なのですから。

リンカーンの演説

 ウィットマーの声明は、引用されたエイブラハム・リンカーンの初就任演説と結びついている。南北戦争危機を前にした交和の訴えで、だいぶ古めかしく宗教的なのだが、映画『アメリカン・ヒストリーX』にも登場する文化的に重要な演説でもあるから、当該のたたみかけだけそれっぽく意訳してみよう。

 不満を抱える同胞の皆さん。内戦という重大問題の命運は私ではなくあなたたちの手にあります。政府があなたがたを攻撃することはない。あなたがたが侵略しないかぎり争いは起こりえないのです。政府転覆はあなたがたの天命ではありませんが、私には厳粛な誓いがある:政府を保護し、護り、防衛する。
 この演説を終えるのが心惜しい。我々は敵ではなく友なのです。敵対してはならない。激情に駆られようと、親愛の絆を断ってはならない。神々しき譜のつらなりは記憶からいずる。あらゆる戦場、愛国者の墓から。その響きは広大な国土をめぐり、すべての生きとし者の心とハートストーン(炉辺)へといきわたり、やがて調和(Union)の合唱となるだろう。我々生来の善性にひとたび触れれば、必ずや。

*Unionは、連邦、国家統一、調和をかけている



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