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忘れられない人⑫

最後の日について書かないといけない。

奈美はその日、弟が退院するから午前中の授業が終わってから実家に戻って2、3日泊まってくると言っていた。

昼に、奈美のアパートに行って駅まで車で送った。
「気をつけて。あんまり無理するなよ。」
「ありがとう。君も無理しないでね。」
それが奈美と僕との最後の会話だった。

僕は、そのまま大学に行って図書館で勉強した。その日が提出期限の必須科目のレポートがあって昨日から徹夜で書いていた。やっと書き終わって教授の部屋の前のポストに入れると、もうバイトの時間になっていた。慌てて帰って支度してバイトに出かけた。

バイトが終わって部屋に帰ってすぐに眠りこけてしまった。

翌日、携帯が鳴っているのに気付いて電話をとると警察からだった。
「落ち着いて聞いて欲しいのですが、今車の運転中とかではないですよね?」
「はい」
「奈美さんが部屋で亡くなっているのがわかりました。最後にメッセージを送っていたのが貴方だったので連絡をとらせていただきました。念の為事情をお聞きしたいので警察署までお越しいただけますか?」

内容を理解するのに時間がかかった。

理解したときには携帯を持つ手が震えるというか痺れて、ずっと高い音の耳鳴りがしていた。「携帯のメッセージ?」なんの事か気になって携帯をみると「大好きだよ、ごめん」と入っていた。


警察署に着いて受付で名前を告げると、すぐ横の応接室のようなところに通された。

警察官からは自殺だと思うが念のため事情確認をさせて欲しいと説明された。住所、氏名、生年月日、職業を聞かれて、奈美との関係と最近変わったことがなかったか聞かれた。
「僕は奈美さんの彼氏です」
そう答えると今まで我慢してきた涙が溢れて、嗚咽が止まらなくなった。

警察官は僕が泣き止むのを黙って待っていてくれた。

弟のことや就職活動のこと。実家での折り合いがつかないと悩んでたみたいだという説明をしたと思う。「奈美」という単語を言葉にする度に涙が出た。

応接室を出ると奈美の母親がいた。
「〇〇君でしょう?奈美の母親です」
そう声を掛けられた。
こんな形で自己紹介するとは思わなかった。
「何故こんな事になったんですか?僕は2、3日実家に泊まると聞いていたんです。」

母親によると、奈美は久しぶりに家族全員で食事をして、そのまま最終電車で帰ったようだ。明け方に母親に携帯に遺書のようなメッセージを送ってきた。それで、母親は慌てて奈美のアパートに向かったとのことだった。
「私達にも何故だかわからない」
そう言っていた。

「すみません。弟さんのことを心配していたけど退院されたし、就活もすごく頑張って内定も出ていたのに、何故だか僕にもわからないんです。でも、僕がもっとしっかりしていれば・・・」

そう答えたら、また涙と嗚咽が止まらなくなった。


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