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忘れられない人⑪

奈美は就活に熱心に取り組んでいた。恋人だという贔屓目を除いても、あれだけ優秀ならすぐに内定が出るだろうと思っていたが、予想に反して苦戦していた。業界的に狭き門なんだと思った。何十社も受けたけど、結局2社しか引っかからず、中堅の出版社は最終面接まで、大手の出版社と2次面接を終えていた。『IT系のベンチャーも受けておこうかしら』そんな話をしていた。

その頃、奈美の弟が入院して、奈美はお見舞いのため何度か帰省した。奈美の弟は小児ぜんそくを患っていて、風邪や体力が弱ったときに悪化して入退院を繰り返していていた。入院するたびお姉ちゃんに会いたいと甘えてくるようだった。

奈美は「私が変わってあげれるなら」と何度も言っていた。

お見舞いには毎回日帰りで戻ってくる。
「1泊くらい実家でゆっくりすれば?」
「実家は落ち着かないの」
そんな会話をした。

ある日、奈美からメッセージで「今、弟のお見舞いに地元に帰ってます。最終電車で帰るから、君の部屋で待ってるね」と送ってきた。
バイトが終わってアパートに着くと、部屋の何処にもいなかった。携帯を鳴らすけど携帯は部屋に置きっぱなしだった。もしやと思って屋上に上がると霧雨の中、奈美は傘もささずに外をじっと眺めていた。後ろから声をかけた。
「奈美、おかえり」
奈美は虚な表情で振り返って
「光が反射して綺麗でしょ?」
と言った。確かに、霧雨が光を帯びて、道路が雨に濡れて信号やネオンを反射してとても綺麗だった。

僕は奈美を抱きしめたけど、奈美の服はビショビショで身体が冷たくなっていた。僕は慌てて
「奈美、寒くないの?部屋に戻ろう。」
そう声をかけた。

奈美は全く動かなかった。というより一歩も動けないようだった。

奈美を部屋に連れて戻って、風呂を溜めながら、奈美の服を脱がせてお風呂に入れた。
奈美の服は霧雨に濡れてものすごく重たくなっていて、脱がさるのに苦労した。いったい何時間雨の中にいたんだろうと思った。

「ごめん・・・・ ごめん・・・」
とそう言って奈美は泣き出した。

身体を拭いて、服を着せて、髪を乾かして、ホットミルクを飲ませてベットに寝かした。ずっと頭を撫でてあげるとスヤスヤと寝息をたてた。

僕は、一睡もせず奈美が見える位置で過ごした。

翌朝には元気を取り戻して、いつもの奈美に戻っていた。

その後、奈美は大手の出版社の役員面接を受けて、中堅の出版社は内定が出た。ショートケーキを2つ買って二人でささやかだけどお祝いした。

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