スタートアップの成長 vs 利益ディスカッションから思うこと

スタートアップをめぐる「成長と利益のどちらに重きを置くべきか?」議論について感じているところを書いてみようと思います。

そもそもなぜ利益が重視されるようになったか

少し時間を遡ってみると、2022年になって米国が急速な利上げに舵を切ったことにより株式市場全体のバリュエーションが急低下しました(基本的に金利と株価はシーソーの関係にあります)。特にそれまで成長期待でバリュエーションに加熱感のあったグロース企業ほどこの影響を大きく受けました。
金融引き締めによって世の中のマネーがタイトになり、未だ実現されていない将来への成長期待よりも、実現しているファンダメンタルズが重要視されるようになったというわけです。
リスクの高いオルタナティブ投資対象という位置づけのスタートアップにとってはもろに逆風です。
しばらく投資に慎重になる投資家が増えるので、むこう2-3年くらい思うように資金調達できなくても死なないようにランウェイを延ばす必要があるということで、いっせいにコストを削減してできることなら黒字化することで酸素を確保しなければならない、ということになりました。
もう2年前の話ですが、特に日本ではこのセンチメントがいまだに尾を引いていて、スタートアップであっても黒字化している会社に投資したいという投資家が依然けっこういる印象(特にミドルステージ以降くらいのVC)です。

いつから利益創出が求められるのか

スタートアップは所謂"Jカーブ"という成長軌道を描くので、PMFして売上が一定の軌道に乗るまでは赤字を掘るのが普通です。
ただ、いつまで掘り続けるのか、どの程度の深さまで掘るのか、というのはマーケット環境や業績の進捗などを見つつ、また投資家からも合意を得ながら経営が意思決定していくことになります。
つまるところ投資家はリターンを得ることが最終ゴールなので、黒字化までの道筋を見据えつつ、その先のエグジットのときに期待リターンがかえってくるであろうと納得する限りは成長投資を許容してくれるのではないでしょうか。
時にはマクロ経済や業界トレンドといった外部環境の急変によっても、アクセルを踏みたいけど踏めない、踏ませてもらえない、という状況は起きるのですが、マーケットのセンチメントが徐々に戻りつつある昨今の状況においてはアクセルを踏み込むことが再び許容されやすい(少なくとも前向きな議論ができる)状況になってきていると思います。
結局のところ利益最優先で小さくまとまってしまっては投資家のリターンも上がっていきません。

なるべく成長を犠牲にしない方が良い

スタートアップは「旬」がとても大事だと思います。例えが正しいかわかりませんが、人気絶頂のアイドルや有名人でもスキャンダルなどで一度好感度を失ってしまうとなかなか復活できないように、会社も成長モメンタムを一度失ってしまうと元のグロース軌道には戻れないケースが多いです。
なんだかんだで伸びているスタートアップは社内の雰囲気も明るいですし、勢いがあるので多少の困難があっても前を向いてチームの力で乗り越えていけたりします。かつてダイエー創業者の中内氏が「売上は全てを癒す」と言ったそうですが、スタートアップにとっては「成長が全てを癒す」のだと思います。
しかし一度成長モメンタムを失ってしまうと、つられて色々なものを失っていきます。「あの会社はうまくいっていないらしい」という噂が広まり、ブランドやイメージが低下、顧客も離れていきます。そうなるとそれまではみんな目をつぶることができていた些細なほころびが許せなくなってきたりして、優秀な社員も会社を離れていきます。会社をまわすためになんとか穴埋めで採用しようにも、そのような状態の会社が良い人材を獲得するのは困難です。
そうして負のサイクルが回転しはじめ、どこかのタイミングでまた心機一転、成長のための資金を調達したいと思ってももうなかなか投資もしてもらえません。
このような背景から、いったんしゃがんで利益を出そうということで成長を少しの間でも犠牲にすると、後で取り返しのつかないことになるケースが多いのです。

"Profitable Growth"というバランス

Rule of 40はSaaS企業の評価でよく使われる指標ですが、私は必ずしもSaaS
企業でなくても積極的に活用を検討したら良いと思っています。

もちろん業界やステージにもよるのですが、自社にとってcompsとなりうる企業をRule of 40にあてはめてみて、何等か示唆が得られそうであれば投資家とのディスカッションでもちかけてみてはいかがでしょうか。
たとえばペイメントなどのフィンテックもこういった指標がはまりやすいビジネスモデルだと思っています。フィンテックはユーザーの粘着性が高く、日々のトランザクションの中で使われていくものなので一度獲得すると離脱しにくい積み上げ型のビジネスモデルという側面があります。(ただしペイメントビジネスはテイクレートが低い傾向があるので、必ずしも"40"が適切ではないかもしれませんし、利益率もNet Revenueに対するGross Marginを使うとか色々と工夫が必要だと思います。)
いずれにせよ単純にRule of 40をそのまま自社にあてはめてみるのではなく、そのビジネスモデルに有意な形でちょっと手を加えてみたら面白い示唆が得られることもあるかもしれません。
そうすることで自社の置かれた状況を様々な観点で改めて分析してみると、成長vs利益という文脈においてもまだまだ自社は成長を加速させるべき!という説得材料になりうると思います。

スタートアップかスモールビジネスか

前回のnoteで、「本来は革新的なアイディアやプロダクトでマーケットをぶち抜き圧倒的成長を実現していくことがスタートアップの醍醐味であり存在意義だと思っています」と書きました。成長のモメンタムを失ってしまった会社は"スタートアップ"というよりも、"スモールビジネス"と呼ぶ方が適切かもしれません。
スモールビジネスが悪いと言っているのではありません。
中小規模でも魅力的なサービスやポジショニングで安定的に利益を上げ続けることができる会社は素晴らしいと思います。事業をそこまで築き上げるのは容易なことではありません。

IPOかM&Aか

スタートアップへの投資がVCなら、スモールビジネスへの投資主体はバイアウトファンドかストラテジックによる買収のほうがフィットすると思います。VCはつまるところ投資先のIPOまでの伸びしろからリターンを獲得するのに対し、PEや大企業による買収は安定した利益構造や外部事業とのシナジーを期待するからです。
起業家にとっても、それまでの人生を捧げて作り上げてきた事業のバトンを次のオーナーにしっかり託し、その経験値を生かしてシリアルアントレプレナーとしてまた次の起業をするという、ある種の割り切りのようなマインドセットがもっと普及しても良いと思います。海外ではこのような考え方はごく普通だと思いますし、VCもおそらくそういった経験値をもった起業家のほうがまた次の事業に投資しやすいことは間違いないと思います。
そのようなサイクルがどんどん加速していくことで、日本のスタートアップエコシステムも次のステージに進んでいけるのではないでしょうか。

いつやるか?今でしょ!

冒頭で2年前のセンチメントの大転換(成長バブルからの揺り戻し)について触れましたが、足下はまた次の転換点にあると思っています。好調な企業業績に後押しされて株価の最高値更新も続くなかで、米国の急速な利上げもひと段落しました。
そしてFRBの目標であったインフレ鈍化が一定の成果をみせていることなどを受け、先日のジャクソンホールではパウエル議長が"Time has come"と宣言しついに利下げ姿勢を明確にしました。
前述の通り、基本的に金利と株式はシーソーの関係にあるので、金利下降局面はグロース株には追い風になります。
これから仮に米国でリセッション入りしてしまうような状況になるとまたマーケットは荒れ模様になりますが、いまのところその強い兆しはなさそうです。ソフトランディングが期待される中においては、

グロース銘柄のバリュエーションが上がっていく ⇒ IPOバリュエーションも上昇が期待できる ⇒ VCも投資意欲が増す ⇒ これからまた成長に対する投資が勢いづいてく

といったポジティブサイクルに入っていける可能性が高まっています。

歴史は繰り返すものです。以前のような"Growth is king" "Growth at all costs"というような極端な風潮には完全には戻らないかもしれませんが、これからまたグロース株に対して追い風が吹く環境になるならば、いまは起業に良いタイミングかもしれません。

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