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Home Town

空港から電車へ乗り最寄り駅に降り立った瞬間に感じる、照りつける日差し。

この場所で浴びると、炎天下に晒され汗と血と涙を流した

あの時を巡るような心持ちになる。

電車の中には、精悍な顔つきで参考書をめくる見慣れた制服の高校生がいた。

迫り来る勝負の時に備え、虎視眈々と刀を研ぎ続ける様は

自分の足跡を振り返るような気持ちと、応援の言葉が湧き上がってくる。

最寄り駅からは、バスに揺られる。

1時間に2本。スカスカのダイヤ。乗客は自分一人。

道中の車窓から見える、何処までも広がった青空と山々の緑。

登ったわけでも昆虫採集に勤しんだわけではないが、

見ると安らぎを与えてくれる。

降車ボタンを押し、料金の支払いを済ませ降り立った場所には

金網一面に繁茂した朝顔の蔓と花。

人間が起きる時間と入れ替わりで、花は眠りにつく事を

不思議に思った頃もあった。

そこからは歩いて、潮の香りと船の燃料の匂いが潮風に乗って

運ばれてくる港を通り抜けていく。

活気あふれる朝市の後は、猫がまばらに行き来する程度だ。

その側には生活を感じられない程、人通りのない旅館街がある。

当然、客として泊まった事はなく、見慣れたのは外観のみ。

職業体験の一環で兄が行った時に

「休憩の時の飯が最高だったわ。普段食えねぇぞあんなの。」

なんて言ってたことを思い出す。

そんな記憶を染み染みと思い出しながら歩く道中、

黒く焼けた肌に絆創膏の目立つ、立ち漕ぎ自転車の少年とすれ違った。

当然彼の目的地など知る由もないが、希望と活力に満ちたその姿は

何だか微笑ましくもあり、羨ましくもあった。

この街を訪れたのは、4年ぶりだ。

嘗て遊び、集い、眠り、食い、学び、泣き、笑い、

そうして時間を過ごした帰るべき場所だ。

高校は隣町へ、大学・就職は県外へ、と言ったように

年を追うごとにこの街は遠ざかる。

もしかしたら、自らこの街を遠ざけているのかもしれないが。

近い時間の記憶の問題かもしれないが、

明らかに大学以降住んだ街の方が印象深い。

利便性、交友関係、仕事の都合。

そうして酸いも甘いも噛み分けながら、見慣れない街の光景を

少しずつ自分のものにしていく。

そうして時間を過ごしていると、帰る機会も減っていく。

そして数少ない帰る機会に変わらないものを振り返り、郷愁に入り浸る。

少年とすれ違った先にある嘗ての学び舎には

同級生の描いた卒業制作の絵や、自分が卒業した年度の記念品が並ぶ。

もしかすると彼も今通っているのだろうか、なんてどうでもいい事に

気が向くなんて事もある。ちょっとした一人部屋にいる気分だ。

一方で変わったもの、変わらざるを得なかったものを目や耳にし

経過してしまった時間の正誤を求めたくなる瞬間にも出くわす。

大学進学後、中学の同級生が母親と同じ職場に就職したという話や

成人式にまだ首も座らない赤子を連れて和装に身を包む同級生を目にした時。

今過ごしている時間は、将来どのように還元されるだろうか。

今取っている行動は、果たして正解なんだろうか。

まず、時間の過ごし方に正解が存在するのだろうか。

ふとそんな考えが、脳裏をよぎった。

そして、肉親と食卓を囲む時の会話も、それと対峙を強いられる時間と化す。

「母さん心配しとるぞ。飯食えとるか。」

「車の免許取ったんか。」

「バイトでやっていけとるんか。」

「恋人の一人や二人、顔くらい見せに来たらどうなんじゃ。

二人来られたら笑うけどのぉ。」

「中学の同級生のキョウちゃん、もうこんな腹でかかったぞ。

たぬきかと思うたわ。」

そうして振られる会話に、どうも言外の意味や含みを感じてしまい

露骨に嫌な顔をしては会話を止めることが多々あった。

「あんたの人生、好きなように生きりゃいい」

両親はそう言っていたが、あんな会話をされては

「本当に好き勝手に生きとるとかいいご身分やのぉ。」

と言われているような気がしたからだ。

それでも、「気にかけてくれるだけまだマシと思おう。」

と開き直り、これから来る時間と今に対して自分なりに真正面から

立ち向かっていった。

そうして夢中で茂みを分け入り、道の上を駆け抜けていく中で、

気づけば4年という月日が経っていた。

過ぎた時間は戻せないが、一言

「今はこれが正解やと思って生きとる。見とってくれ。」

と自信を持って言うこと。それだけでも変わってくるだろう。

そう決心して、目的地の玄関を開ける。

「ただいま。」

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