引きの強さについて
友人とLINEをしていて面白い話になった。
「それ直感で判断しているんでしょ??」
っていわれたことに対して、たしかに直感で動くことは多いが論理で裏付けをしていることが多いということに気がついた。
私は嫌な予感というものはあまり感じない、ワクワクしたりドキドキしたり、そういう良い予感だけにアンテナがよく働く。
悪い予感がしたと思ってもそれが的中することはとても少なく、ただの妄想で済むことがおおい。
二つの予感には大きな違いがある。
嫌な予感がしたときと良い予感がしたときの、頭に思い描かれる情景の鮮明度はまるで違うのだ。
嫌な予感というか最低のケースの想像というのは、頭に浮かんだ時にそれらが「どこで」起こったことなのかということが鮮明ではない。
例えば、自分が近々車に轢かれるような気がしても、どこでどんなふうにどんな車に轢かれるのかということを、ありありと思い描くことはできない。
しかし逆に3年後の未来に自分がどんな服を着ているかとか、10年後にどんな家に住んでいるかとか、そういうことはカラー付きで、まるで写真が目の前にあるかのように、なんならその家に住んでいるような気持ちではっきりと思い描くことができる。
だからそういうリアルな想像ができた時は、未来の自分に手紙を書いたり、想像したことを「未来ノート」に書いている。
おどろいたことに2018年に自分の理想の1日のスケジュールを書いたものを今ほとんどその通りにできている、というかその時想定していたより更に良い形で現実となっている。
そのスケジュールにはこんなことが書いてある。
2年前にこんなものを書いていた。
【理想の平日】
7:00起床
カーテンを開けて「今日も自分のための人生を生きよう」とボソッと呟いてキッチンに向かう。
朝ごはんを食べ終わったら髪の毛をセットしてとっておきのワンピースを着る。
テロっとした布地の着心地のよいワンピース。
パソコンの入るバッグを持って家を出る。
8:30カフェに到着
メールチェックをし、返信する。
新しく予定がたくさん入り、PCにその予定を書き込んでいく。
9:00仕事を始める
自分のコンテンツを作る。
SNSやブログやメルマガの更新をする。
コンテンツについて常に考えていて知識集めを惜しみなく行っている。
18:00〜22:00電話対応
それまではコンテンツの内容充実やアクセス解析、新たな知識をインプット。
13:00から14:00には昼寝や休憩をしてもいい。
YouTubeでインプットしたり読書をしたりする。
22:00お風呂→就寝
自分で見ていて鳥肌が立った。
今の私の生活を見ているみたいな的確さで未来想像日記を書いている。
これを書いたときは大学を卒業して新卒で入った会社をたった4ヶ月で辞めて、一文無しで居た時だと思う。
次の仕事も決まっていなかったし、やりたいことも見つかっていなかった時だった。
だってこの理想の休日を書いた次のページに、やりたいことを見つけるための問いとその答えが書いてある。
その自問自答を通じて、今の発信活動を始めたんだ。
仕事を決める前から理想の暮らしというのがはっきり時間ごとに、そして着ているものの質感や仕事内容まではっきりと定まっていた。
そしてそういう未来がだいたいの場合早倒しで訪れる。
私は超能力者でもないし透視能力があるわけではない、しかし主観的な想像能力がとても強く、そうなりたいと強く思えばそういう未来が訪れるための行動を自然と取るようになり、いつのまにか夢が叶っている。
今がダメでも未来はこうなる、こんなふうに素晴らしい未来になっていると思うことができるから、根拠の無い自信に満ちている。
やっぱり根拠のないものだから、きっと叶っていないこともあるんだろう。
けれども、強く願ったことはだいたい叶ってきた、というか叶わなかったことがない。
すごく「引きが強い」というやつなんだろう。
でも一番引きが強くなる時はいつだって、死にたくなるような人生のどん底に突き落とされたような経験をした後だ。
この未来のスケジュールを書いたときも仕事を辞めて自律神経失調症になっていたし、親や上司からの叱責で心が死んでいた時だった。
だから、そんな飛躍の前には、毎度生きるか死ぬかの二択を迫られる。
そこで生きることを選択しさえすれば、私はその後ほぼ確実に一皮、二皮剥けて、面白い未来を手にすることができる。
周りがなんと言おうが私はそうやって幸せを引き寄せて生きてきたし、これからもそうやって生きるんだろう。
しかし、2年前の私が流石に言い当てられなかったことがあった。
それは去年の年末に長年付き合い一緒に暮らした人との別れだ。
これは想定外だったけれど、2018年に書いた下の画像ではなぜか当時の彼氏の名前ではなく、「彼氏」という書き方になっている。
それでそのあとに二重線が引かれて消しゴムで隠したところに彼氏の名前を書いていた。
この人ではない誰かと、と当時から察していたのかなと思うと少し怖い。
ママも妹もパパもじじもばばも猫もいとこも特定の人を思い浮かべて書いたものなのに、彼氏だけ妙に抽象的だ。
こんな変なところや予測不能なことももちろんあるけれど、概ね2年前の希望通りの未来を歩いています。
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